第百九十話 華円の上で2
2曲目が終わり、高い音の管楽器がやさしい音を奏でると同時に、先ほど折り重なるようにフィニッシュを決めた3組たちがゆっくりと動き出す。
その動き出す姿は気怠いと言わんばかりの動きだが、とても美しく優雅に見えた。
「素敵ね。本当は真上から見たらもっと奇麗なんでしょうけど」
「そうだね」
「でもちゃんと下からも奇麗に見えるようにしているのもすごいよ、うん」
「そもそもこの3曲、特に『百花繚乱の宴』を4組という少人数で踊るということ自体珍しいからな」
「ええ。でもきちんと大輪の花の型が作れていたと思います。是非上から見てみたかったですけどね」
「……」
何のことを話しているのかわからないんだけど。だれか説明してほしいんだが。
「ああ、『祝福の盃』の締めに4組が中央に折り重なるように集まっていただろう?」
俺の沈黙に気づいたヤンが補足をしてくれるようだ。ありがたやありがたや。
「正式な踊り順だと『祝福の盃』と『百花繚乱の宴』の間に何曲かあるんだが、それをすっ飛ばして踊っても物語が成立するように最初から作られているんだ」
「物語?え?踊りだろ?」
「さっきも話したでしょ。この踊りは元々伝承という名の物語から始まって、その物語を基にして演劇に、そして劇中の曲を編曲して舞踊曲になったって」
「おう」
ゴンドリアがヤンの言葉を引き継ぎ説明をしてくれた。
「そう。だからどんなアレンジを加えようと物語の構成は変わらないんだよ。そういうわけだからあの場面に沿って踊られている、どういうやり取りがあってこの場面に飛ぶのかっていうのが大体わかるんだ。ヤンが今言った物語が成立するっていうのはそういう意味なんだよ」
ゴンドリアに続きシエルが言葉を引き継ぐ。
「そういうことだ。ああ、多分さっきの真上から見たいと言っていたのも分かっていないだろうから言っておくが、『祝福の盃』の締めの型は蕾の形を表しているんだ。そして『百花繚乱の宴』の始まりの型は大輪の花の開花を表している。この大輪の花の開花の型は真上から見ると本当にゆっくり花が開花しているように見えるんだ。だからその瞬間を見たい人たちは挙って上からダンスが見える場所へ行くんだが、残念なことにこの会場には華円よりも高い場所がないから残念がっていたんだ」
最後にまたヤンが引き継ぎ説明を終えた。
「そういうことか。わかったありがとう」
そんなこと言われてもわかるかい!とツッコミたかったが、どうせ明日には忘れていそうな知識だったので大人しくお礼を言っておいた。
ついでにみんなこの説明をしている最中も、華円の上で繰り広げられている踊りを見落とさまいと視線はそのままだ。
かくいう俺も説明を聞きながらずっと華円のほうを向いていた。
4組ともゆっくりと優雅だがのびのびと踊っている。
ゆっくりなのだが、付け焼刃な俺のダンスの腕前では絶対に出来ないであろうステップを踏んでおり、それでいて華円の中を縦横無尽にまるで流れるように動き回っている。
奇麗だと感心しているとある違和感を覚えた。
先程までしていたものがない。
ステップを踏む足音がしないのだ。
先程の2曲はそれぞれ、ステップがまるで音楽を彩るパーカッションかドラムのように音をたてていたのにもかかわらず、この曲に関しては全く足音が聞こえない。
踊っている姿勢や状態もぶれていないので、床から少し浮きながら踊っているのではないかと錯覚する程の静けさだった。
「…足音が聞こえない」
「まるで浮いているみたいだね」
無意識に出た俺の呟きを聞き取ったようで、シエルが俺と同じ感想を呟く。
俺も同意しようとした瞬間、ダンスの種類が変わった気がした。
何が変わったのかは良くわからないのだが、ダンスの雰囲気が違う。
それに見た目ではっきりと違うものも目にとれた。
「いつの間に服が…それにマントも」
男の正礼装には必ず長短の違いはあれどマントが付いており、現に俺の正礼服にもついている。
俺の周りを見ても長さが左右非対称の物もあれば、片方の肩にしかついてない物、丸形や四角形、まるで引き裂かれたかのような形をしたマントなど様々だ。
華円の上にいる男たちも当然のようにマントをつけているのだが、先ほどまで動いて広がらず邪魔にならないように片方の肩の後ろに固定されていた。
しかし今はその固定が解かれ、動くたびに広がりを見せている。
「服の色が…」
ゴンドリアが呟きで分かったと思うが、華円にいるペアたちの服の色が、靴先からどんどんと変化していく。
白地のキャンバスに色を載せ、まるで本当に花が咲いているかのように彩られ、夜空に花火を打ち上げたられた瞬間をそのまま服に転写したかと思うほどの鮮やかさ、無色透明な水の中に錦の色を揺蕩えた魚が泳ぎまわっているかのような壮麗さ。
見ているだけでもその素晴らしさにため息が出てくるような光景。
その光景に涙を流す者さえ見受けられた。
ああ、まさしく百花繚乱だ。
色と色が重なり合って動くたびに幻想的な光景を作り出す。
会場にいるすべての人たちが、この光景を一瞬でも見逃せないよう忘れないようにと目を見開き、時が過ぎていることすら気づくことすらせずにただただ見入った。
俺もこの素晴らしい光景に集中していたのだが、会場中に光の粒が沸き起こっているのに気付いた。
最初はチラチラと目の端に映る光に気づかなかったのだが、どんどんと光の粒の数が増えていき無視できないほどの数になっている。
「なぁ、シエル」
「………」
「シエル」
「……ん?どうしたんだい?」
恍惚とした表情を浮かべているゴンドリアとユーリは、恐らく話しかけても気づいてくれないだろうと思い横にいたシエルに話しかけたのだが、どうやらシエルもかなり集中していたらしい。
それでも華円の上を見ながら俺の話に答えてくれた。
「光の粒が会場中に舞い上がってるんだが見えてるか?」
「?…ごめん見えない」
「俺のムーンローズの光の粒は見えてるか?」
「それは見えるよ」
「これとは違う光の粒がそこかしら中に見えるんだ。それでどうやら俺達…この会場にいる人達の体から沸き起こってるんだ。これってもしかして俺たちの魔力なのかもしれない。それで、あ…」
「?」
「光の粒が吸い込まれてる」
「吸い込まれてる?どこにだい?」
「会場中に……なんだ?あの模様は?」
「模様?どんな模様なの?」
「わからない。見たことがない。でもこの会場の壁や天井、床にいたるまで光の粒が吸収されて幾何学模様が連なってきてる。っ!!もしかしてこれって陣か?」
「陣?魔法構築の陣かい?」
「ああ。俺たちの魔力を吸って魔法陣が描かれつつあるっぽい」
「じゃあこの踊りは儀式の一環ということなのかい?」
「わからない。でもでデビュエタンは式典と最初のほうで言われてたよな?だとするとデビュエタン自体が儀式だとしてもおかしくはない」
ここでずっと華円の上の注がれていたシエルの視線が俺に向き、俺と目線を合わせた瞬間シエルが息をのんだ音が聞こえた。
「セボリー」
「ん?」
「眼が」
「目がどうした?」
「眼が…君の眼球の虹彩が模様を変えながら光ってる…」
そう告げられ、俺は確認しようとゴンドリアに手鏡を借りるために体ごと視線を移す。
「それに元々の紫の虹彩に金色が─」
シエルが先に続く言葉を言おうとした時、俺の目は四方八方に描かれた陣が一斉にまばゆい光を放つ光景を映し出し、そして華円の上で踊っていたペア達がフィニッシュを決めた。
華円の4組が踊り終わると、少しの間誰も音を立てず余韻を味わうかのように沈黙が支配する。
『(エルカムイ内におけるフェスモデウス聖帝国籍所持者の成人戸籍本登録の承認完了)』
光の陣が消え、光の粒も消えていく。
『(仮名セボリオン・ラ・サンティアスの真名登録及び真名追加の本承認が確認されました。これにより真名ベリアルトゥエル・セボリオン・クリストフ・ヴェルナー・グレゴリオール・ラ・サンティアス・レライエント・デュセルバードの名が世界の記憶に再び記されます。世界の記憶に記されたのを確認。フェスモデウス聖帝国成人戸籍取得。聖職者名簿の書き換え完了しました。尚、再度改名するためにはレイナーズを用いて誠実なる宝玉の使用が必要です)』
この言葉が俺の頭に流れ終えた瞬間、沈黙が破られた会場に割れんばかりの拍手が鳴り響き、会場にいる新成人の胸に刺さっているすべてのムーンローズが開花して俺の意識は闇の中へ潜っていった。
お久しぶりです。
あと数話で第六章が終わります。
予定としては第十章で完結予定なんですが、気分次第で増減しますのでどうかよろしくお願いいたします。




