第百八十六話 ムーンローズ二
目を開けて最初に見えた景色はやはり全体的に白かった。
ただダンスホールの至る所に獅子の紋章や像が散りばめられ、先程の白鳥の間とはかなり違い雄雄しい雰囲気の会場であった。
「白獅子の間かな?」
「多分そうだろう」
「明らかに白鳥の間とはつくりが違うね」
先程いた白鳥の間の床はフラットで段差が無いつくりをしていたのだが、この白獅子の間はフロアに段差が見受けられる。
改めて観察してみるとフロアの中心にある華円と華円に続く通路が1メートル半ほど競り上がっており、まるで歌舞伎の花道のようなつくりをしていた。
花道は反対側の扉へ続き、華円には段差の緩い10段の階段が付いており、宝塚歌劇団の大階段のような豪華さなのだが、華円へと上がる階段には赤いロープが張られており上にあがる事ができないようだ。
「なんでこここんなに競りあがってるの?」
「さぁ?踊るんでしょ?」
「ここでか?踊りにくくない?落ちたら大変だぞ」
「このつくりだと服の展示会が出来そうねぇ」
「ああ」
思わずゴンドリアの言葉に頷いてしまった。
でも確かに花道と華円はランウェイとして使えるな。
会場の貸し出しってやってるのだろうか…
「あ、あの踊っていただけませんか?」
可愛い声が聞こえ振り返ってみると、そこには水色の髪の毛をした長身の女の子がダンスのお誘いをしていた。
シエルにな。
クソ!イケメンは滅びろ!!
「シエル折角のお誘いだ。踊って来い」
シエルが俺達のほうを見て迷っているそぶりを見せたので、俺は悔しさの歯軋りを隠しながらシエルに声を掛けた。
「そうかい。じゃあそうさせてもらうよ。ではお嬢さん。喜んで」
シエルがボウアンドスクレープ式の挨拶をすると、女の子は一瞬見蕩れた後慌ててカーテシーを返し、シエルのエスコートで一緒に歩いていった。
ボウアンドスクレープとカーテシーはこの世界でも通じるようで、公式の場非公式の場を問わず良く使われてる。
シエルが言うにはボウアンドスクレープは平民や聖帝国貴族、または他国の王侯貴族にまで使える一般的正礼式だが実はもっと格式高い礼式があるようで、他国の貴族は聖帝国貴族に対しては殆どボウアンドスクレープをせず、その格式高い礼式をするらしい。
勿論女性の礼式でもカーテシー以上の礼式があるようで、男性式の礼式と含めてシエルが教えようかと言ってくれたことがあるのだが、俺は覚える気もないしどうせ使う機会もないと思ったので遠慮している。
「私といかがでしょうか?」
「喜んで」
ああ!そんな事言ってる間にヤンも売れていきやがった!!
「わたくしと踊っていただけなくて?」
「ええ。是非」
ええ!?次はゴンドリアが!!
「踊りませんか?」
「よろしくお願いします、うん」
今度はフェディが!!
「セボリーさん。私も相手探してきますね」
「…ああ」
ユーリはそう言ってその場を離れると、すぐ20メートルほど先にいたゴッツイ体つきのあんちゃんに声をかけてる。
おお!しかもあんちゃんが了承したっぽい!
手を繋いでダンスフロアへ一緒に歩いて行ってる!!
あんちゃん、あんた勇者だよ。
あれ?って言うか俺だけ売れ残ってるよね?
何で他のやつらが完売状態なのに俺だけが売れ残ってるんだよ!!
割引シールでも貼るから誰か手に取ってくれ!!
「…………」
いつでも声掛けオーケーです状態で待ってるのに誰も声を掛けてくれないんですが?
ねぇ、泣いて良いですか?
畜生!やっぱりこの花か!?この花がいけないのか!!?
こんなに光りやがって!!どうせ光ってるんなら田舎のコンビニの街灯みたいに虫でも何でも寄って来やがれ!!
…ごめん。やっぱり虫は嫌です。
もう良い!!
俺はここで見物してる!いや!みんなの踊りをチェックしたる!!粗探しや!!
寂しくなんて無い!!辛くなんて無い!!悲しくなんてない!!さっき踊ったから少し疲れて休憩しとるだけや!!
「あの…あの!ちょっといいかしら?」
「え?ああ!ごめん。考え事しててボーっとしてた」
「いえ」
お!お目が高い!ここにいる男はそんじょそこらの男じゃないよ!
ちょっとシャイだけどナイスガイ(自称)だよ!
俺が自分を売り込もうとすると女の子は俺の胸元を見た。
「なんで胸元が光ってるんですか?ちょっと気になったもので」
「あー…実はこれが原因」
「わぁ。素敵」
胸元を隠していたマントを捲り光り輝くムーンローズを見せると、女の子は目をキラキラさせながら観察してくる。
「私芸科で植物学を主とした園芸を学んでいるんですけど、こんな見事なムーンローズ初めて見たわ。あなた相当高い魔力を持ってるのね」
「え?この光って魔力と関係があるの?」
「ええ、そうよ。ムーンローズ然りオルフェデルタ山脈に咲く一部の花の中でアルスフェルシルヴィスという場所に咲く花は特別なの。魔力や精霊石の力を吸収して各々違った個性の花を咲かせてくれるのよ。アルスフェルシルヴィスと言う地名も素敵よね。だって『最愛のシルヴィアの花床』よ。ああ!なんて素晴らしいの!きっと素敵な男性が名付けたに決まってるわ!行ってみたいけど一般人の立ち入りは固く禁止されてるし、研究資料として持ち帰ることも禁止されてるから今回こんなにたくさんムーンローズが集まるなんて思ってもいなかったわ!なんて運が良いのかしら!!もっと見せて頂戴!!」
うわぁ。なんか俺地雷踏んだっぽいんですけど。
あわよくば一緒にダンスを踊らないかと誘うつもりだったけど、俺こういった子は遠慮しておきたい。
だって後々面倒くさそうだからな。
「すごいわ。あなたもしかして全ての魔力基本属性を使えるの?」
「え?ああ…一応…」
やばい。メッチャぐいぐい来られるんだけど。流石の俺も引く…
「でも光の感じから言って土属性と水属性が得意のようね。その次が風属性で無属性闇属性光属性と続いて火属性が一番苦手のようね」
「なんでわかるんだよ!」
何この子!?エスパー!!?
「この七色に輝くムーンローズの光の配色の具合でわかるわ!!惚れ惚れする程の素晴らしさね!この素晴らしさは最早口で表す事なんて出来ないわ!!見てこの大輪の花弁の艶やかさと瑞々しさ!芳しい香り!完璧なまでの美しさよ!!」
ちょ!?近い近い!顔を俺の胸元にそんなに近づけるな!
何この子!本当に怖いんですけど!?マジで訳の分からない恐怖感があるんですけど!!
誰でも良いから助けて…お願い…
ああ!周りの人に目線で助けを求めてるのに目を背けられてるぅ!!おい!離れていかないで!!二人っきりにしないで!!お願い!!ねぇ!!
「何やってるの?うん」
「フェ、フェディ!!助けてくれ!この子ずっとこの調子なんだ」
あれ?フェディが戻ってきてる。もうダンス終わったの?
もうそんな時間たったの?マジで?じゃあこのダンスの時間ずっとこの状態だったの!?マジで!!?
もう過ぎた事はいい!お願いだからこの状況を止めてくれ!
「素晴らしいわ!」
「リリー。リリーシャ。聞こえてるかい?うん」
「…あら?フェデリコ君じゃないの。どうしたの?」
「どうしたのって、君がセボリーの花に夢中になってて周りが見えてなかっただけだよ、うん」
「あらま。私ったらまたやっちゃったわ」
「え?知り合い?」
何?このヤバメな女の子とフェディ知り合いなの?
「そう。同じ研究会に所属してる子だよ、うん」
「研究会?薬学のか?」
「そっちじゃなくて植物学のほう、うん」
「ごめんなさいね。私植物の事になると熱中して周りが見えなくなるのよ。自分でも治そうとは思ってるんだけど、治らないのよねぇ。改めてよろしく。私の名前はリリーシャ。リリーシャ・アルマよ」
「…どうも。フェディの友達のセボリオンです」
「ああ!あなたがあの噂のセボリオン君ね」
「は?あの噂?」
「だってあのロイゼルハイド卿の弟子でしょ?」
「へ?」
「あら?違ったかしら?ロイゼルハイド・ランカスター・フィッツゼラール・ド・ラ・サンティアス様が初めて弟子をお取りになられたって聞いたのだけど」
いや、確かにロイズさん弟子みたいな感じだけど、なんで知ってるの?
「いや、違わないけど。やっぱりロイズさんって有名なの?」
「当たり前でしょ!!!あの方はすごい方なのよ!!初等部の時に絶滅植物の再発見と繁殖の方法を見つけて学会に発表、中等部では新種の植物を続々発見、高等部では今まで活用できていなかった植物の薬化と食用方法を提言して偉大なる功績を残してる方なのよ!!普通なら秘匿するような効率的に成分を抽出できる方法も余すことなく公開してくださっているし、しかもその後も新発見や新たな活用方法を次々と発表し続けてくれている神様のようなお人よ!!功績が認められて勲章も数えきれないほど貰ってるし、尚且つ司祭枢機卿と第一騎士の称号もお持ちで偉大な功績もあるのに威張ったりもせず謙虚な方で、あまり表舞台には顔をお出しにならない生きる伝説のようなお方よ!!!まさに私の神様よ!!!というかあなた今ロイゼルハイド卿の事をロイズさんって言った?失礼な!!ロイゼルハイド様でしょうが!!!今まで弟子入りを志願する人がたくさんいても首を縦に振ってはくださらなかったのよ!!なのに何その友達気分!!それでもあんたはあのお方の弟子か!!?」
あ。やべぇ。やっぱこの子やべぇ子だわ。
おい!ムーンローズ!!虫より厄介なモノを引き寄せるんじゃねーよ!!
誰か助けてくださーーーーーい!!!




