第百七十九話 扉二
扉を通り抜けるとそこは扉だった。
うん。皆俺が何言ってる良く分らないと思うんだけど、言ってる俺もちょっと混乱してるんだよね。
扉の奥の暗闇を過ぎたと思ったら、急に眩しい光があふれ出してきたんだ。
ちょ!照明たきすぎぃ!目がぁあ!目がぁぁあああ!!のヤバ過ぎ痛過ぎムスカ過ぎの三連発ってやつ。
最早凶器の域に達してる光量で俺の視界はお陀仏寸前よ状態だったぜ。
目を開けようとしても開けられないし、頑張って開けても前が白く霞んで何にも見えないわけ。
手探りで前に進もうと思っても、どっちが前でどっちが後ろなのかも分らない前後不覚状態。
しかも何も聞こえないし声を出しても反響しないから、恐らく壁は近くには無いと推測できた。
それから多分3分くらいかな?何とか視力が回復してきて見えた景色が扉だったんだよね。
そう。だから扉だよ。これ以上何を説明すればいいって言うんだよ。
そうだなぁ。言うなればさっき潜ってきた扉と同じ位、いや下手するとそれよりボロッちい扉だ。
しかもさっきの扉よりももっと装飾が少なくて所々ニスが剥げてる。
改めて辺りを見渡してみると、文字通り扉以外何もない。
壁紙とか床とか天井とかそう言う問題じゃなくて、本当に何も無い白い空間にボロッちい扉が一つポツンあるだけの空間。
俺は意を決してゆっくりとだが扉の前に歩いて行き、ドアノブを回そうとした瞬間……何処からとも無く声が聞こえる。
『客人よ』
「うお!!?誰だ!!?」
素で吃驚した俺はその場から3歩程飛びのいて辺りを警戒したが、やはり扉以外何も見えない。
『私はここにいる』
「何処だ!?」
『おぬしの目の前の扉だ』
「…へ?もしかして精霊道具?」
『如何にも』
マジですか。
普通精霊道具なんて生きているうちにお目にかかることなんて無いってのに、一体俺はいくつの精霊道具出会うんだろう。
この出会う確率を女の子の確率にしてくれたらどれだけ嬉しかったものを、どうしてこんな欲しくも無い出会いの確率に恵まれるんだよ。
というかコレの反応を見て普通に精霊道具って分ってしまった俺はもう毒されすぎていると思う。
純真だったあの頃の俺を帰してくれ。
『私はアルグムン付き精霊道具、理想郷への門のウルムヴル』
「理想郷への門?悠久の扉じゃないのか?」
『悠久の扉とは即ち私を模写した物に過ぎず似て全く異なる物』
「つまりウルムヴルが悠久の扉全ての親って事か」
『間違ってはいない、だがあんな紛い物と一緒にされたくはない。私は私だ』
あ、こう言ったプライドの高そうな奴にこれ以上掘り下げていくとかなり面倒臭い事になりそうだから、ここは素直に同調しておこう。
「へぇ。そうなんだ凄いですね。で、その理想郷への門のウルムヴルさんは何でこんな所にいるの?と言うかここは何処?何が目的?」
『質問が多い。聞きたいことは一つずつ言え』
「うぃーっす。じゃあまずここは何処ですか?」
『この空間は私が作り出した空間』
「で?その空間はどういったものなの?」
『理想郷への門たる私が作り出した空間』
「…うん…それは分った。だからそのあんたが作った空間はどういった空間なんだって聞いてるんだよ」
『私が作り出した空間だ』
「いや…だ・か・ら!!あんたが作り上げた空間は分ったよ!だからその空間を何のためにどうして作ったかって聞いてるんだよ!!」
「聞きたいことは一つずつ言え」
「………」
扉しかない空間のその扉に向かって俺はヤクザキックを連発させた。
「キィィイエエエエエ!!お前はスーファミ次代のRPGに出てくる村人Aかなんかか!!?勝手に家に入られて箪笥開けられて家財を持ち逃げされる村人Aか!!?同じ事繰り返してるだけじゃお前の夜のおかずのちょっとエッチなパンツだって持ち逃げされた挙句プレイヤーにイラネって捨てられるんだぞ!!んでもしかしたら消去不可能アイテムの可能性もあるから勇者兼盗人の鞄の中で永久に不要な肥やしになって経年劣化でちょっとエッチなパンツが黄ばんで染み付きのちょっとエッチなパンツに堕ちていくんだぞ!!悔しくないのかこの野郎!!!お前のおかずだぞ!!!」
『おい。こら。止めろ。それに何を訳のわからない事を言っている』
一通り暴れた後すっきりした俺は体育座りをしながらウルムヴルに質問をしていった。
その後途中で何回か諦めかけ挫けそうな心を奮い立たせ、苛立ちを扉にぶつける事早十数回。
俺は何とかフルマラソンのゴールテープ目の前まで程の場所まで来る事ができた。
心なしかさっきより扉のボロさ加減が増してるような気がするが気のせいだよ。目の錯覚として捉えろ。
貴重な遺物の精霊道具?んなの関係ねー!遺物じゃなくて異物か痛物だ!!
俺の胃と頭と心を痛めつける単なる痛い物体だ!!それに昔の古いテレビだって丁度良い角度と強さで叩くと動くだろ?あれと同じだから気にすんな!!
それに本当は魔法で木っ端微塵にしたいところだったけど魔法が禁止されてるし、もしここで木っ端微塵にしてこのまま閉じ込められるのも嫌だから自重したんたぞ。
俺を褒めろ。盛大に褒めろ。
その後非常に面倒臭いやり取りを繰り返し話を纏めると、先程潜った扉はウルムヴルが創り出した分身のようなもので、痛物が作り出したこの真っ白い何も無い空間を中継地点として活用しているのだという。
しかもその分身は今現在聖帝国で行われているデビュエタンの全ての会場に作られているらしく、凄いだろと自慢してきたのでとりあえずもう一発蹴っておいた。村人Aの癖に自己主張すんじゃねーよ!
まぁそれで実は先程の分身の扉、あの扉は聖帝国に悪意のある者はこの中間地点に来る事ができないという選別会場のようなものらしく、ここにこれなかった奴等は強制的に排除またはご帰宅状態になり、聖帝国国籍を所持している者の場合観察処分に、また他国人は強制送還か犯罪奴隷になるらしい。
原理としては学園の門の悪意のある者や要注意人物を入れなくする通過承認の門のような代物のようだ。
まぁ痛物がいうにはそれよりも凄いものらしいがな。
「じゃあその悪意がある奴はここに来れないのはわかったけど、悪意の無い奴等がここにいないのは何でだよ。何で俺はボッチなの?」
『選別されたから』
「なんの選別だ?」
『魂の選別』
「魂の選別とは?」
『魂の選別とは即ち特別な魂を選別し振り分ける事』
「何のために?」
『遥か昔に交わされた約束を守るため。約束を違わなくするため』
「約束の内容は?」
『世界の理により教えることは出来ない』
「世界の理とは?」
『即ち世界の記憶。過去とこれから起こり得る未来の種。森羅万象への道標』
訳が判らない話になってきた。
世界の記憶?なんだそれ?
「世界の記憶の内容を知る方法は?」
『記録する者もしくは記憶する者の許可が必要』
「それは誰だ?」
『現在記録する者と記憶する者は一人だけ。その御名を口にする事は出来ない』
「何故だ?」
『尊き方の真名のため。その御名を口に出せる者はそうはいない』
話が怪しくなってきたぞ。兎に角これ以上この世界の理とやらを掘り下げて、良くわからない人物の事を聞きだそうとしても堂々巡りっぽいな。
とりあえずさっきの話に戻って先を進めよう。
「分った。じゃあどうやって魂の選別をするんだ?」
『扉を通る時におぬしらの胸に刺さっているムーンローズが媒介となり選別する』
「それってウルムヴルが凄いんじゃ無くてムーンローズが凄いだけだよね?」
『断じて違う。ムーンローズの力を私が十全に引き出す。私あってのムーンローズである』
「へぇ。そうなんだ凄いですねー。それでなんで俺はここにいるの?」
『約束を守るために必要だから。在りし物在りし場所へ帰るための鍵。おぬしがこの場所に入った瞬間、古の堅固たる封印の鍵が開く準備が始まった』
おいおいおい!知らないうちに重要な事が起きたっぽいですけど!
俺何もして無いよ?
これってあれだろ。メールが来たと思ったらいきなり『当選しました。豪華商品を送るので住所と電話番号をお答え下さい』的なマルチ商法だろ!!
それかセールス販売で俺を嵌める気か!?
俺はそんな物に騙されたりはしないぞ!!
「あ、間に合ってまーす」
『何が間に合ってるんだ』
「だから結構ですので」
『何が結構なんだ』
「兎に角お帰り下さい。うちはセールスお断りです」
『何を訳のわからない事を言っているんだ』
「え?だってマルチ商法でしょ?詐欺的な」
『違う』
「違うって言う人に限って違わないんだよねー」
『だから違うと言うておろうが』
「はいはい。で、俺はこれからどうすれば言い訳?」
『このまま私を通って扉を潜ればそれで良い』
「じゃあもう行くわ。もうぶっちゃけ疲れた」
うん。冗談抜きで疲れたわ。
まるでボケた老人と話しているかのような感覚で、気を遣うは神経すり減らすわで疲れました。
これから大イベントが待ち構えているのに、その前に疲れ果てられないっすわ。
と言う事でここから出ましょうかね。
「じゃあ遠慮なく通らせてもらうわ」
俺は立ち上がり扉のドアノブに手を掛けると、何の躊躇も無く扉を開けた。
そして扉を開いた瞬間、冗談ではなく本当に扉の奥に吸い込まれていった。
☆
『約束は果たした。さぁ星よ動き出す瞬日を始めよ。王の帰還は間も無くだ』
セボリオンが扉の奥に吸い込まれていった後、白い空間はまるで風化するかのように消えて行き、同時にウルムヴルの独り言のような囁きも一緒に消えて行くのであった。




