第百六十一話 目指せ
「お願いだ!!助けてくれ!!」
男が一人涙を流し喚いている。
男は体は大きいもののその顔はまだ少年の域からは抜け切れてはおらず、彼がまだ未成年だと言う事を物語っていた。
彼の周りにいる者達も彼と同年代かそれ以下の年代であるが、泣き喚く彼を冷ややかな目で見下している。
「この通りだ!どうかこの通りだ!!」
必死で懇願する彼の姿を他人が見たのであれば同情するだろう。
しかし彼の周りの者達の目にはその感情は一欠片も宿ってはいない。
あるのは呆れと怒りの感情だけであった。
「頼む!!どうか!!」
「諦めろ」
彼の目の前にいた少年は苛立ちを隠そうともせず彼にそう言いはなった。
「なぁ!俺達友達だろ!?一緒に育ってきた兄弟だろ!?お願いだよ!!」
「もう何もかも終わりよ」
その少年の右横に立つ蜂蜜色の髪をした少女も苛立ちを隠そうとはしない。
少女の綺麗な顔は鋭利な刃物のように尖っていた。
「お願いだ!!」
「無理だよ」
少年の左横に立っていた黄金の髪の毛を持つ美少年は優しい口調で処刑人之剣を振り下ろすように彼を突き放す。
「た、頼む…」
「なんでこんなになるまで放って置いた」
黒髪の少年は心底呆れたと言う顔で彼に問いかけた。
「…それは」
「「「「「お前いい加減にしろ!!!」」」」」
言葉を濁す彼に、その場にいる全員が彼に向けて叫ぶのであった。
☆
「本当にお前いい加減にしろよ!!お前もう卒業に必要な単位全部取ったって言ってたよな!?ぁあん?アレは俺の聞き間違いか空耳だったのか!?」
セボリーは正座をしながら泣いているルピシーに怒りを飛ばした。
「いや、俺も全部取ったと思ってたんだよ。でも計算違いでそれが間違えだって事に今日の授業で気付いて…」
「計算違いも何も指折り曲げながら数えれば直ぐ気がつくことだろうが!!お前卒業試験まで後どのくらいだと思ってんだ!!馬鹿野郎!!!」
「試験って何時だっけ?」
「…もう良いや。留年おめでとう。そしてさようなら」
「待ってくれ!!何時あるか思い出すから!!」
「そう言う問題じゃねー!!!」
はい。皆さん。セボリオンです。
今俺はとってもお冠なんですよ。
なぜかって?それはね。
ルピシーが卒業に必要な単位を全部とっていなかったからだ。
しかも卒業試験までもう半月を切っているって言うね。
卒業試験は卒業単位を取っていないと試験自体受けさせてくれない。
だから中等部学生は皆必死になって学生生活の3年間を使って講義を受け単位を取得していく。
勿論俺達も迷宮に潜ったり商会の仕事や自分達の研究なんかをしながらも講義を受けて単位を取ってきた。
そして俺達は卒業をする半年以上前に卒業に必要な最低限の単位を貰い、後は卒業試験を受けるだけと言う気楽な学生生活を送ってきた筈だった。
そう。その筈だったんだ。
でも今日の朝に行われた卒業試験を受けるための説明会で、明らかにルピシーの様子がおかしかった。
顔色が悪いし、顔からダラダラと汗が出まくっていて普通の状態ではなかった。
ユーリが心配して医務室に連れて行こうとしても拒否するし「大丈夫だ」の一点張りだったのだが、説明会が終わり商会事務所についた時にとんでもない手榴弾を投げつけてくれたのだ。
「俺卒業単位全部取ってなかった」
その言葉にその場にいたメンバーが「はぁ?」と聞き返してしまったのは言うまでも無い。
「どうすっかなー。あ、でもどうにかなるだろ?」
しかもあいつは何も悪びれる事は無く、まるで明日何処へ行く?と言うようなテンションで返してきた物だから、思わずルピシーの顔面にドロップキックをしてしまったのは罪にはならないだろう。
そして懇々と30分ほど事の重大さを全員で説いて冒頭のシーンへと戻るわけだ。
「どうしよう!時間が無い!後6単位どうしても足りない!!」
「先生に頼んで補講させてもらえば?うん」
「数ヶ月前に私の授業をいつも寝ているか欠席している君には受けさす事ができないって言われた!」
「先生に土下座でも何でもして貰って来い!」
「もう既に土下座もしたし単位くれって付け回した。何個かは貰えたけど、今残ってる教科の先生はどうやっても単位くれなかったんだよ!2週間も粘ったんだぞ!!」
「そんなことしてたんかい!!お前他の教科の単位でそんな事して単位貰ってはいないだろうな。あ!目を逸らすんじゃねー!!」
「他に取るのが簡単な単位は」
「俺が取ってきた単位がその簡単な単位なんだよ!」
「もう良いよ。お前死ね」
「うわーーーん!!!」
もうコイツ馬鹿!本当に馬鹿!!
ちょっと考えれば分って2ヶ月あれば余裕で取れていた残りの単位を取り逃すって。
しかもコイツが取れなかった単位が殆ど俺達と重複していない授業の単位ってのも痛い。
その先生との面識が余り無いのでこちらとしても頼みにくいし、頼んでもさっきコイツが言ったように補講を拒否されているので救いようが無いってきている。
マジで詰んでるんですけど。
しかし2週間もコイツに付け回された先生方、本当にご愁傷様です。
「なぁ!助けてくれよ!!」
「助けられるならもう助けてるわぃ!!でも完全に詰んでる物をちょっと待ったは出来ないだろうが!!盤面遊戯じゃねーんだぞ!!しかもこれ待ったじゃなくて勝たせてくれって言ってるようなもんだろうが!!ここは諦めてもう1年中等部で勉強しろ!」
「嫌だ!!!」
「我儘言える立場か!!!」
「大丈夫よルピシー。1年くらいなら留年してるって誰も気付きはしないわ。それに留学生なんかはもう成人している人が中等部に入学してきたりするじゃない」
「あ、そうか」
「でもルピシーの場合色々と有名だから即バレると思うけどね」
「あ!こらシエル!!折角騙せそうだったのに!!」
「うわーーーーん見捨てられだぁああ!!!」
考えろ!考えろ俺!!
どうやったらコイツを闇に葬れるか…じゃなかった。コイツに卒業できるだけの単位を貰う事ができるかだった。
う~~~ん………あ、思い浮かんだけど、コレってワイルドカードじゃね?いや、むしろジョーカーだ。
しかも協力してもらえるか分らないし、本当に出来るかもわからない。
でも一応聞いてみるか。
「ん?急に手紙なんてどうしたんだセボリー」
「ちょっと知り合いにあたってみる。良し出来た。公星!」
「モキュ?」
「コレをあの人に届けてくれ」
「モッキュー」
俺は公星にお駄賃のお菓子と共に手紙を持たせると、公星は行ってきますと右手を上げながら虚空へと消えていった。
「皆さんお茶が入りましたよ」
「ありがとうユーリ」
「お!ありがとなユーリ。ってあれ?コレひとつ水しかはいってねーぞ?」
「ルピシーさん用です」
「え?俺にも茶をくれよ!!」
「ルピシーさん?私も今回の件については本当に怒ってるんですよ。だからお水で良いですよね?」
「…え、あの。その…でも」
「良いですよね」
「……はい」
こぇー。
普段怒らない分ユーリの笑顔の怒りが恐ろしいわ。
俺達はユーリが入れてくれたお茶を飲んで口の中を湿らせる。
ルピシーも相当喉が渇いていたらしく、出された水を一気に飲み干した。
「あがががががががががががが!!!」
「何!?」
「何が起こった!!?」
「え!?倒れた!!?」
水を飲み干したルピシーが奇声を発しながら痙攣した後、まるで棒のように固まってそのままの状態で床に倒れこんだ。
「このままルピシーさんの話を聞いてても結局はいつもと同じように平行線だと思ったんで、フェディさんから貰った悶絶するほど苦くて酸っぱい液体を一滴いれたんです」
「あ~あれか。毒性自体は無いから安心して良いよ、うん。ただ今日一日は口の中が苦いし、酸味のせいで唾液も凄い事になって味覚も正常には働かないと思うけど、うん」
「いや。それよりも何でそんな物をユーリにあげるのかが分らないんだが…」
「それはね、うん。フェルディアーノ君が面倒見てる子達がいたでしょ?」
「フェルディアーノ?誰それ?」
「トリノ王国大公爵パラディゾ家嫡男のフェルディアーノ・ジョルジュ。ジジ君のことよ」
「ああ!そう言えばジジのファーストネームそんな名前だったっけか?あれ?セカンドネームってジャンとかジョンとかじゃなかった?あ、ジャンはシエルのセカンドネームか。え?違ったっけ?おい!人を残念そうな目で見るな!」
長ったらしい名前のほうが悪い!!
大体にして貴族の名前って皆長ったらしいから駄目なんだよ!!
シエルの名前だって長いのに、これで爵位継承したらもっと称号名とか付くんだぜ?
もうファーストネームとファミリーネームだけで良いじゃん!!
「で、話が逸れたけどジジがどうしたって?」
「うん。そのフェルディアーノ君の面倒見てる子達。僕もあの子達の名前は忘れたんだけど」
「ああ、何だっけ?ジジがゴミとか屑とか呼んでるから名前が出てこない。まぁ良いやそれで?」
「実はセボリーがいない時とかたまにここに来るんだよね、うん」
「え?まじか。あとでジジに言っておかないと」
「大丈夫よ。あたしがちゃんとジジに報告しているから」
「お、ありがとさん」
「それでフェルディアーノ君から依頼でエゲツナイものを作ってくれって言われて作った試作品がこれ、うん」
「エゲツナイって…」
「完成品はこれより酷いんですよね?」
「うん、そう。それで完成品をフェルディアーノ君に渡して、残った試作品をもしあの子達が来たらお茶に入れて出して良いって依頼主から許可を得たからユーリに渡したんだ、うん」
「…」
ジジ。お前はどこに向かってるんだ。
「モッキュ!」
少し黄昏ていたその時、公星が虚空から現れお使いから帰ってきた。
「お、ありがとな。どれどれ」
俺は公星の頭を撫で返信の手紙を受け取ると、ペーパーナイフで封筒を開き便箋を取り出した。
「やっぱりな。はい。終~了~」
「誰に手紙送ったの?」
「ロイズさん」
「で?なんだって?」
俺は皆に見えるように手紙を前に突き出すと、全員の目が手紙に集まる。
そこにはお手本のような綺麗な字で『目指せ奇跡の6年生』と書かれていた。




