第百十三話 有名人への道(2017.12.22修正)
俺は少し諦めの混じった溜息を吐いた後、ロイズさんに魔法構築式の授業を請うた。
実は今朝のウィルさん拉致事件からずっと気になっていたのだが、ロイズさんはウィルさんよりも強いと言っていたし、ウィルさんにずっと魔法構築式を教えていたのはロイズさんだというのだ。
これはロイズさんに教えを請わない手は無い。
ロイズさんも暇だったのか快く受けてくれて講義を行ってくれる。
「だからなんでそう難しく考えようとするの?魔導陣と同じように簡単に考えれば良いじゃないか」
「はぁ?それが出来ないんですよ。俺としてはどうしてそうなるのかもう理解不能です」
「だからここの式がややこしすぎるから簡単なものに置き換えれば良いだけでしょ?それでこっちの式の装飾文字も簡単にして繋げてやれば一気に簡単になる」
「そこ!どうやってそれを見極めるんですか?」
「見て分らない?」
「分りません」
うん、やっぱりこの人天才だわ。
教えていたウィルさんの方が半年後には教えられてたって聞いた時はびっくりしたが、この人の講義聞いてるとそれが物凄く分る。
前世でも数学の問題を式も書いていないのにパッと見ただけで答えが分る人間がいたが、この人は正にそれだ。
しかも魔法構築式を複数重ねた陣でそれをやってのけてるのだから化け物としか言いようが無い。
陣は重ねれば重ねるだけ複雑になっていき、魔力やコントロールの難しさが増してくる。
例えば移転の術を発動させるのに100の魔力と100の精神力が必要だとする。それをこの人は日本語を使わずに10の魔力と10の精神力で書き換えて見せた。
俺も最初簡単な魔法構築式を日本語に置き換えた時は物凄く時間が掛かった覚えがある。
それなのに同じアルゲア語でここまでシンプルにして、尚且つ威力が上がるような陣を作り出すこの人は凄まじいとしか言い様が無い。
この人の陣を見て自分の才能に絶望する人結構居ただろうなぁ。
実際今見た俺も自信無くしている最中だもん。
「最初ウィルもそうだったんだけどさ。魔法構築式って技術を盗まれないようにワザと複雑化させてるの。だからその複雑化してるものを取り払っちゃえば良いんだよ。複雑化しているから魔力やイメージの伝達率が下がって威力も低くなるし魔力も食う。そんなの良い事無いんだよねぇ。皆深く考えすぎなんだよ。文字を削りすぎて発動できないのなら、発動できるような文字を書き込めばそれで良いだけの話でしょ?」
「普通の人はそれをやりたくても出来ないんですよ…なんかイラついてきたわぁ」
「ん~、でもセボリーの場合それ以前に魔力のコントロールがなってないね。今は魔力のごり押しで術を発動させてる感じだけどもっとそっちを鍛錬した方がいいかも」
「どうやってですか?」
「こうやって」
ロイズさんが指を立てた瞬間、宙に動物の絵がスタンプされた。だがそのスタンプは色んな動物の形に姿を変えていく。
約0・5秒の間隔で変わるスタンプに俺の目は釘付けだ。
前にも言ったように指でなぞり魔法陣を描く方法とスタンプのように魔法陣を出す方法とは難易度に大きな差がある。
そのスタンプをこんな短い間隔で変形させるなど見たことが無い。
「まずイメージしてみよう、出したいと思ったものの形を。それに魔力を加えるような形で変形させるんだよ。こんな方法もある」
そう言って小さい水の玉を手から生み出しどんどんと分裂させていく。
50個ほどに分裂した水の玉は全て違う動きを見せ部屋の中で舞い踊る。やがて繋がりあい一つの玉となると、震えだし一気に弾け出す。
水の玉は弾けたが部屋に濡れた所はなく、先程まで乾燥していた部屋が少し潤った気がした。
「セボリーの場合こっちのほうが良いかも。魔力も使うし水魔法の鍛錬にもなるからねぇ」
呆然としている俺にロイズさんはそう言った。
コンコンコン
「どうぞ」
あっけに取られていたが気を取り直して俺も試そうと思った瞬間、ノックの音が聞こえてくる。
そして開かれたドアから出てきた人は知らない男とアデーレさんだった。
「…世話になった。済まなかったな、黒夢の」
「会って行き成りそれ?久しぶり、とかもう少し普通の挨拶くらいすれば?」
「ロイズさんが普通を語るなって思うのは俺だけでしょうか?」
「俺もそこの坊主に賛同する」
「あたしもよ」
「ん~~。なんだろうこのアウェー感」
ロイズさん。ここでマイノリティはあんただけだよ。
どうやらアデーレさんと一緒に入ってきた男が裏社会の首領のジルストさんらしい。
まだ完全に体が回復していないのか杖を突いているが威厳が半端ない。
ジルストさんがアデーレさんに助けられつつソファーに座るとロイズさんが口を開く。
「アデーレにも言ったけどあなたに倒れられるとまだ僕も困るんだよ。死ぬのならもっと優秀な奴等育ててから死んでね」
「おいおい、俺は今しがた半身不随から回復した死に損ないだぞ?病み上がりの人間に随分酷い事を言うな」
「だって今あなたが死ぬと下の馬鹿達が株を取り合って争いになるでしょ?そうなれば政府としても黙っていられないしぃ?」
その言葉にジルストさんが全身の体の力が抜けたように背もたれに体を預けた。
「なんでそこで疑問系なんですか…ぶっちゃけてかなり深刻そうなんですけど」
「だって奔走するの宰相閣下とその部下だもん。僕関係ないし」
「あれ?ロイズさんって宰相さんから依頼受けてませんでした?」
「受けてるけどあれはお願いであって強制ではないよ。本当に嫌だったら断っても何も言われないもん。だって僕政府の人間じゃないし」
本当に自由だなこの人!いくら自分が政府の役人じゃないからってわざと掻き混ぜるような無責任な事言うか?
しかもそれをさらっと言えるこの人が羨ましいわ。
あれ?でもこの人一応聖職者だよね?ならもし教団からの依頼だったらどうするんだろう。
「じゃあもしアルゲア教団からの依頼だったらどうするんですか?ロイズさん聖職者ですよね?」
「僕の場合名ばかりだの聖職者だからねぇ。一応聖職者名簿には司祭の位で登録されてるけど聖職者として動いた事なんてただの一度もないし。聖職者の年金もいらないから返してるしねぇ」
「え?本当ですか?じゃあ俺もそれで行こうかな」
え?この人司祭なの?嘘。あらやだ、こんな胡散臭い司祭様初めて見ましたことよ。
つか今流しそうになったけど何だって?年金返納できるの?そんなことできるのか!という事は俺も成人した時に俺の懐に入るって言われている聖職者年金を返せばこんな風に自由の身になれるのか?
あれ?なんか希望が湧いてきた!あ、でも最大の癌がおった…
「セボリーの場合は色々と逃げられない状況にさせられると思うな」
「テンション下がるような事言わないでくださいよ」
「だって自分でも思うでしょ?」
「……………」
確かにあのおっさんが居る限りそうなる可能性が高い。
ならばあのおっさんを亡き者に…いや、それは犯罪だからやめておこう。この頃思考がどんどんと危ない考え方になってくる。病んでいるんだな…俺。
「成る程。この坊主がセボリオンか」
「へ?」
え?俺名乗ったっけ?何で俺名前知ってるの?
アデーレさんから聞いたのか?
「何で知っているのかと言う顔だな」
「……正にその通りですけど」
「俺はサンティアスの養い子で宰相閣下の部下だ。それでわかるだろう?」
「………もしかしてサンティアスの連絡網で俺の事が書かれていたとか…」
「当たりだ。正確に言うのなら宰相閣下に資料を渡されてそれを見たんだ」
「なにしとんの!!?宰相!勝手に俺の情報流すなや!!」
新たなる咎人を発見したぞ!悪の元締めの一人見ぃっけたぁ。宰相!お前だぁ!!
何俺の情報を方々に回してくれとんのじゃ!!
糞!さっき初めて合間見た時に攻撃魔法でも打ち込んで置けばよかった!!
あ、あそこは魔法禁止でしたよね。そうでした。
ふ・ざ・け・ん・な!
「今お前の事は政府の上層部の間では有名だぞ、セボリオン助祭」
「その称号で呼ぶのやめてぇえええぇえ!!」
「よっ。助祭セボリオン。パフパフパフ~」
「中途半端なテンションで煽るんじゃねーよぉぉおおおお!!!」
この時俺は知らなかった。
ロイズさんは司祭は司祭でも司祭枢機卿の位を持っており、現在最年少の枢機卿だったことを。
そして後に行われる事になる大司教選定会議で、見事に大司教候補者達を引っ掻き回すことを。




