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ざまぁ系

婚約者と噂になっている男爵令嬢から庇護の義務を説かれました

 さらっと読める薄味ざまぁ系のお話です。

 自分的な解釈で書いてみました。

 楽しんでいただけたら幸いです。

 

「あのっ! フレンさま!」


 学院の廊下で食堂へと移動している途中、わたくしは背後から呼び止められた。

 振り向くと、ゆるいカールをふわりと揺らしたピンクブロンドの髪が目に入る。

 その少し不安げな表情は保護欲を掻き立て、美少女としての印象をいっそう愛らしくしている。

 握りしめた両手を胸の前で合わせ、体を小刻に震えさせる彼女は、最近人気のある商会を経営しているルビニーク男爵家の一人娘で、2年ほど前に引き取られた元平民のクラリーヌ・ルビニーク男爵令嬢だ。


 クラリーヌはこのミネルバ貴族学院の生徒で、ある意味有名な人物だった。

 それは元平民だったことや、商会のことではない。


 彼女が有名なのは、この国の第一王子である王太子と特に親密だからだ。

 そしてその王太子の婚約者がわたくし、フレン・レスターク公爵令嬢である。


 つまり、わたくしの婚約者と親密だと噂になっている彼女が、男爵令嬢でありながら殿下の婚約者であるわたくしに話しかけてきたのだ。

 同じく食堂に向かう途中だった周囲の人達も、この状況に興味を惹かれてこちらを見ている。


「あの……、あのっ、これからお食事なのに申し訳ありません。私、クラリーヌ・ルビニークと申します。……私のような身分の者からお声をおかけしたことをお許し下さい。ど、どうしてもフレンさまにお話したいことがあるのです!」


 勇気を振り絞ってわたくしに話しかけてきたのか、少し青い顔色で小さく震えていた。

 男爵令嬢から公爵令嬢に話しかけるなど、普通はしない。

 それほど明確な身分差があるのだ。

 けれどクラリーヌから話しかけてきた。

 何か理由があるのだろう。


「あ、貴女! 王太子に付きまとっている男爵令嬢じゃない!」

「よくも王太子の婚約者でもあるフレン様に話しかけたりできたわね!身の程を知りなさいよ!」


 わたくしと一緒にいた公爵家の分家の2人が、話しかけてきたクラリーヌに憤る。

 それをそっと片手を上げてみせれば、2人はすぐに口を閉じた。


「お二人ともおやめになって。……わたくしにお話があるとのことですが、お伺いいたしますわ」

「ありがとうございます!」

「サロンへいきましょう?」

「はい」


 そのまま4人は女性専用のサロンへと移動する。

 食事は簡単なものをサロンへ運ぶように伝えておくのも忘れない。

 いくら話があっても、食事を抜かせるわけにはいかないからだ。






「それで、お話とは?」


 4人が端の少し離れたテーブルに座り、お茶で喉を潤してからわたくしから話し出す。


「……はい。私の家、ルビニーク男爵家は商家を営んでおりまして、ありがたいことにとても繁盛しております。

 おかげさまで何不自由することなく暮らすことができ、こうしてミネルバ貴族学院にも楽しく通わせていただいております。

 …始まりはこの学院に入学してから半年ほど前のことです。

 始めは私の持ち物がなくなるようになったんです……。

 身の回りのこまごまとした物だったので、家の商会で買い替えればいいだけですし、買い替えても負担にはならなかったので誰にも何も言わずに買い替えておりました」

「ちょっと! まさか貴女、フレン様が……」

「お話の途中ですわ。最後まで聞きましょう?」

「……フレン様がそうおっしゃるのでしたら……」


 フレンの右に座っている少女が窘められ口をつぐむ。

 それを見たクラリーヌは小さく微笑んで頭を下げた。

 

「ですが、最初はなくなっていた身の回りの物が、いつの間にか破損した状態で残るようになったんです。

 先ほどもご説明させていただきましたが、家は男爵家でありながら商会は高い収益をあげていますし、父からそれなりにやっかまれているので気を付けるように言われておりましたので、騒がずひそかに対処していたんです。

 ですが、ある日、王太子殿下から何か困っていることはないか、嫌がらせされてはいないかと話しかけられたんです」

「あら」

「話しかけられた当時は隠しておりましたから、王太子殿下には何もない、楽しく学院生活を送らせていただいているとお話しました。

 ……ですが、その後から急に壊される頻度が多くなり、なぜか王太子殿下からしょっちゅう話しかけられるようになって、いつの間にか私が王太子殿下に言い寄っていると噂が流れるようになったんです。

 私から王太子殿下に近づいたことなどないと言うのに……」


 そこまで話してクラリーヌは、俯くと肩を丸め両手を強く握りしめている。

 その様子に、わたくしは少し考えるように持っていた扇を広げた。


「では、ご自分からは王太子殿下に話しかけたりはしてないと、おっしゃるのね?」

「はい……。父から身分差について、家の商売に影響があるので言動や行動には十分注意するようにと、厳しく言い聞かせられていおります……」

「……そう」

「最近は建物の横を通った時、鉢植えが落ちてきまして、たまたまその近くにいらっしゃった王太子殿下に助けていただきました」

「……」

「つい先日などは階段を降りている時、誰かから背中を押されまして、階段からは落ちたりするほど強い力ではなかったので問題はなかったのですが……、振り返った時、走り去っていく長い金髪の女性の後ろ姿が見えました……」


 そのクラリーヌの言葉に、左の席に座っていた少女が口を開こうとしたところを、扇がわざとパチンと音がするように閉じれば、わたくしを一度見て言いたいことを察したのだろう。

 すぐにそのまま口を閉ざす。


「その状況からすると、わたくしが嫉妬にかられてクラリーヌ嬢を害したようにも見えますわね」

「……はい。ですが見えるだけです。父から子爵令嬢が婚約者のいる侯爵子息に近づき、家をつぶされたことがあると聞いております。

 上位貴族は自分の手を汚すことなく、権力を使って相手を排除するだけだと教育を受けました。

 もし、私に起きていることが本当にフレンさまがしたのなら、頻度を考えると……あの、その……暇人……えっと、じ、時間を使い過ぎてると思うんです!」


 何とか言葉に問題ないように話せたことが嬉しいのか、クラリーヌは顔を上げ、得意げな表情をしている。

 そんな様子がおかしくて、ついわたくしも微笑んでしまう。

 クラリーヌは素直な性格なのだろう。

 表情があけすけすぎる。


「ふふ……わたくしのお友達にお願いしたのかもしれませんわよ? ねえ? お二人はもしわたくしがお願いしたらそれを叶えてくださるかしら?」

「「もちろんです!」」

「ね?」


 クラリーヌはわたくしの左右にいる令嬢が誰なのか、紹介を受けていないので知らない。

 それでも自分よりは爵位が上なことは着ている服やつけている小物でわかっているらしく、2人を気にしながらも口を開いた。


「それでも何かあった後、王太子殿下がタイミング良く現れることまではお願い出来ませんよね?」

「……そうですわね。殿下はタイミング良く現れますの?」

「はい」

「そうでしたの。それで?」

「はい。いつも王太子殿下は、しつこく誰かに何かされてないかと聞かれるんですが、何もないとお返事しても何かあれば王太子の自分が守るから相談するようにおっしゃるんです。

 ですから先日、もし何かあれば父に相談すると申しましたら、親に心配かけるのは良くない。学院内の問題は王太子である自分の管轄なので自分に相談するようにおっしゃられて……。

 いくらなんでも未婚の令嬢である自分が、婚約者でもない異性に守ってもらうのはおかしいですし、男爵家の娘が王太子殿下に相談するのは恐れ多いことだと申しましても、自分はかまわない。平民出の慣れない女性を守るのは将来国王になる者の義務だと言って譲らないのです。

 とりあえず今のところは嫌がらせなどはないと言って話を終わらせましたが……王太子殿下が身分的にちょっとおかしな申し出をしているというのは、いくら私にもわかります」

「そうね」


 わたくしの同意を得られて嬉しかったのか、クラリーヌが笑顔で二度頷く。


「ですから、私考えたんです!」

「まあ、なにかしら?」

「王太子殿下の婚約者で、この国の王妃さまになる公爵令嬢のフレン・レスターク公爵令嬢から庇護を受ければ問題はないですよね?」

「あら……」


 いきなりの申し出に公爵令嬢として教育を受けてきたわたくしも、嬉々としたクラリーヌの申し出には驚きは隠せなかった。

 左右にいた2人の少女も、口を少し開けて驚いたようにクラリーヌを見ている。

 クラリーヌは気づいていなかったが、上の者が下の者を守ること自体は問題はない。

 しかし、下の者が上の者に庇護を申し出ることは、貴族としてありえないのだ。

 けれどその申し出にフレンは微笑む。

 

「確かに、殿下がクラリーヌ嬢を保護するより、わたくしが保護した方がよろしいわね」

「はい! 王太子殿下のおっしゃる通り、親には心配かけませんし、将来王妃になることが決まっている義務として、同性のレスターク公爵令嬢に守ってもらうのは問題ないですよね?」

「ええ、そうね」


 わたくしの賛同を得たと思ったのか、クラリーヌは安心した様子でカップに手をつけている。

 王太子の言葉を素直にそのまま受け入れれば、王妃になるわたくしにも自分を守る義務が生じるとクラリーヌが思ったのだと理解できた。

 だが、問題はそこではない。

 そのことにクラリーヌは気づいていなかった。


「殿下ともよく相談しておきますわね?」

「はい! よろしくお願いいたします」


 晴れ晴れとした表情でお茶を飲むクラリーヌを見ながら、わたくしは小さく微笑みながら誰にも聞こえないような小さな囁きをそっとこぼした。


「……本当に、気持ち悪いわ」







 クラリーヌの話を聞く限り、彼女は誰から嫌がらせをされているかわかっていない。

 男爵という爵位のせいもあるが、2年前まで平民だったクラリーヌは、ありのままを受け止めて、そのまま信じてしまうほど素直な性格なのだろう。


 ルビニーク男爵家の稼業の商会はこの国で大きな利益を上げている。

 たしかにやっかまれることもあるだろう。

 けれどその嫌がらせが、なぜ学院内にいるクラリーヌにしか起こらないのか……。

 彼女はそういったことを深く考えようとはしない。


 そこから数日間、わたくしの側にはいつも笑顔のクラリーヌが付き従い。

 どこにでもついて来た。

 そのおかげもあってか、物を壊される被害は続いているものの、王太子に付きまとっていると言う噂は立ち消えていった。


 常にわたくしのそばにいつもいるせいか、その間、殿下の姿は見ていない。

 しかし、それも一か月も過ぎるころになると、とうとうわたくしの目の前に殿下が姿を見せた。

 学院の中庭で、相当憤慨している様子で殿下が声を荒げている。

 その様子をわたくしとクラリーヌ、いつも一緒にいる2人の4人で殿下と向かい合って見つめていた。


「フレン! そなたはなぜクラリーヌを付き従えているんだ!」

「まあ、そんな付き従えているなどと……、クラリーヌ嬢はお友達でしてよ? 彼女がわたくしと仲良くしたいとおっしゃってからお話しするようになったんですの」


 頬に片手を添えて少しだけ驚いたように小首をかしげて見せれば、婚約者でありながら殿下はわたくしを嫌なものでも見る様な目を向ける。


 殿下とは幼い時に政略で結ばれた婚約だ。

 4大公爵家の中で、殿下の年齢に近い女性がわたくししかいなかったせいでもあるけれど、王族と貴族の絆を繋いでいくための大切な婚約でした。

 将来はお互い国王と王妃として、国を支えるべき良きパートナーになれるよう、わたくしも努力を続けてきました。

 けれど殿下は権力に酔い、自分の私的感情で権力を身勝手にも振るって傲慢な態度を取り続けてこられた。

 殿下との間には不快な感情しか育たなかったのはむしろ、しかるべき結果と言えるのではないでしょうか。


 つまり、こうした殿下の態度には慣れているのです。


「あんなに必死に願われましたら、わたくしも情がわくというものですわ。ねえ、クラリーヌ嬢?」

「はい! 私からお声をおかけするのは失礼だとわかっていましたが、勇気を出して良かったです! フレンさまにはとっても仲良くしていただいているんですよ」

「ふふふ……、わたくしもクラリーヌ嬢に仲良くしていただけて嬉しいですわ」

「えへへ」


 クラリーヌと楽しげに笑い合ってみせれば、殿下がクラリーヌに近づき、優しく声をかける。


「そなたは嫌がらせを受けていたのだろう? その嫌がらせはフレンがしていたとは思わなかったのかい?」

「え? 何度も申しましたが、私は嫌がらせを受けていませんし、公爵令嬢のフレンさまはそのようなことをされるような方ではありません」


 きっぱりと言い切ったクラリーヌに、殿下の表情が歪む。


「殿下はなぜクラリーヌ嬢は何もされていないと再三にわたって申していますのに、嫌がらせを受けていると言われますの? その上、なぜその嫌がらせをしているのがわたくしだと決めつけられるのですか?」

「それは……」

「ルビニーク男爵家が巨額の資金を持っているからですか?

 それともクラリーヌ嬢が庇護欲を掻き立てるような美しい容姿をしているからです? 

 ……ああ、両方ですか」

「あ、浅ましい嫉妬をするな!」

「嫉妬? なぜわたくしが嫉妬する必要があるのでしょうか? わたくしと殿下は政略で結ばれた婚約ですし、殿下からも関係を築くようなことはなさらなかったではありませんか。それなのになぜ嫉妬するような感情をわたくしが持てるとお思いなのです?」

「なっ! 私は王太子だぞ? 誰よりも見た目が美しく地位もあるんだ」

「いやだわ。それだけじゃないですか。それにご自分で自分の魅力は容姿と地位だけだとおっしゃってることに気づかれてます?」


 わたくしの言葉に殿下の顔色が赤くなる。

 いつものわたくしは殿下の言葉をさらりと流していたが、今日はすべて反論していることに、周囲にいた生徒ははもちろん、殿下自身も瞳を大きく見開いて驚いていた。


「お……、王太子である私に不敬だぞ!」

「不敬? いいえ、殿下はもう王太子ではありません。それに、……すぐ王族ですらなくなる殿下に敬意を求められても困りますわ」

「……何を言ってる」


 屈辱に赤くなっていた殿下の顔色は少し青みを帯びたものへと変化していく。

 赤くなったり青くなったり、王族でありながら顔色がすぐに顔に出るなんて、あまり褒められたものではありませんわね。

 いつも殿下は王族らしくなく、自分のことが一番で、周囲の者の気持ちなど少しも考えることがない方だった。 

 わたくしは殿下のその傲慢さが大っ嫌いでしたわ。


 中庭で休憩していた周囲のざわめく生徒たちの見守る中。

 逃げ場のない場所で、わたくしは殿下に告げる。


「先ほど王宮から殿下との婚約が白紙になったと連絡がありました。

 殿下が王太子の称号を陛下の命によって剥奪されたことによる契約の不履行が理由です」

「なんだ……と……」


 制服のポケットから用紙を出して殿下に見えるように開く。

 そこにはわたくしとの婚約の白紙と、殿下の王太子位取り消しについての王命が明記され、最後に陛下のサインと王印が入っていた。


 持っていた婚約白紙の用紙から手を放すと、その用紙はするりと殿下の足元へと滑り落ちる。

 その用紙を殿下の視線が追う。

 殿下は足元に落ちてきたその用紙を、震える手で拾って文章を確認する。

 その様子にわたくしは扇を広げて顔を隠す。


「権力には責任が生じます。ですが、王太子の権力は気に入った女性を自分の言いなりにするために使うものではありません!」

「そっ……」

「クラリーヌ嬢からの申し出を受け、わたくしはクラリーヌ嬢の身の回りで起きていることや、殿下のことを徹底的に調べあげましたの。

 迷惑行為を自ら演出し、それを理由に恩を売る。

 さらにその犯人を仕立て上げようとなさいましたわね?

 このレスターク公爵家の娘であり、殿下の婚約者でもあるわたくしに!

 ……それらすべて陛下に奏上いたしました」


 わたくしの言葉を横で聞いていたクラリーヌは、驚いた表情で殿下を見たまま両手で口を覆って動かない。

 クラリーヌは元来の素直な性格もあるが、自分に起きていることをあまり重く受け止めず、物事を深く考えていなかったのだ。

 だから殿下が自作自演するなどと考えることなく、自分の身に起こったことを騒ぐこともなかった。


「わ、私が王太子ではない?」

「ええ、本日付けで王太子は第二王子となりました。

 殿下は数日後、王籍を離れ、子爵として生きることになりますわ

 これが殿下のした権力を使ったことに対する結果です!」

「私は……」

「男爵令嬢という権力では弱い立場であることを利用し、自分に貢がせることが出来て、見た目も側に置くのにふさわしいおもちゃが欲しいから命令する……でしたか?

 ふざけないでください。クラリーヌ嬢はおもちゃではありません!」


 普段から柔らかく聞こえるように、気品と柔和さを心がけて話してきたのは、わたくしが公爵家に生まれた公爵令嬢として、また、高位の淑女としての正しい在り方を守ろうとしてきたからだ。

 けれど、これだけは許せなかった。

 王族として守るべき国民を、おもちゃにしようなどと次期国王が取るべき行動ではない。

 声を大きく張り上げる。


「これはこの国の国王陛下、そして上位貴族の総意である!!」


 わたくしの言葉にただの第一王子になった殿下は顔色を蒼白にし、がっくりと膝を折って座り込む。


「私は……、私は、次期国王になる者だったのだ。……なら私にふさわしいと思うものを手に入れて何が悪いと言うのだ……」

「それは、殿下が思い違いをなさっていたことが原因ですわ。

 王にふさわしいのはおもちゃなんかじゃありません。

 この国の民の生活を豊かにし、敬愛を一心に受けることこそ国王にふさわしいのです」

「フレン……」

「ずっと傲慢な殿下の婚約者は苦痛でした。……ですがこれでやっと解放される。その原因を作ってくださった殿下にそれだけは感謝しておりますわよ」

「くっ……」

 

 座り込んでいた殿下は、悔しそうな表情を浮かべている。

 何を言っても殿下は反省なさらないだろうと言うことはわかっていた。

 彼はただ持っている権力を、自分のために振るっただけだと考えていたのだ。


 そして、男爵令嬢のおかげでこの国は傲慢な者が王になることを未然に防げた。

 その事実がある。


 殿下が後からやって来た騎士に大人しく連れて行かれると、周囲の傍観者も安堵する雰囲気になる。


 王宮に上がる権利の無い者にとって王族は遠い存在だ。

 第一王子が傲慢であっても、外から見ていた者には容姿の優れた立派な王太子に見えていた。

 しかし同じ学院で学びを共に過ごしていれば、王太子の人となりをそれなりに感じることが出来る。

 学院の生徒の大半が、第一王子の王太子としての資質に疑問を持つほど、第一王子の行動は目に余るものがあったのだ。


 つまり、結果的に王太子でなくなった第一王子の存在に、周囲もほっとしているようだった。

 けれどわたくしの心は、喜んでいる周囲とは別にふさぎ込んでいる。


「……婚約者がいなくなってしまえば自分の身の振り方に困るとわかっていても、それでもわたくしはこの国の公爵令嬢なのですわね……」


 誰にも聞こえないように、小さな声でつぶやかれた言葉は、そっと空気に溶けていった……。







 後日、婚約者を失ってどこかに後妻として嫁ぐか、もしくは修道院に入りこの国の行く末を祈るようになると思われていたわたくしの身は、クラリーヌから持ち込まれた縁談によって人生が決まった。

 相手はクラリーヌの男爵家の商会と取引のある国の王族。


 西にあるイザーヌ国の第二王子が病気で婚約者を亡くしてしまい、ちょうど新しい婚約者を探していたところ、今回の話を聞き、ルビニーク男爵家を通じて話が舞い込んできたのだ。

 年齢も近いということで会ってみれば、好みや価値観が驚くほど一致しており、すぐに打ち解け合って、話はあっという間に婚姻へと進んだ。

 今では愛らしい息子と娘に恵まれ、夫と喧嘩することもなくその国で幸せに暮らしている。


 クラリーヌとは家族ぐるみの付き合いが続いており、この世界で一番大きな商会の奥方になった彼女は世界中を飛び回りながら商売をしている。


 王族の籍を抜けて一代限りの子爵になった元婚約者の第一王子は、王都からもっとも遠いところに領地をもらい受け、あれから一度も姿を見ていない。

 王太子になった第二王子は、素晴らしい政策を次々打ち出し、今では沢山の国民から敬愛されている。


 まさに収まるところにすべて収まった感じだ。

 わたくしは今日も息子と娘の小さな手に引かれ、庭を駆け回っている。

 もしわたくしが元婚約者と婚姻し、王妃になっていたらと考えると、今のこの幸せは大切な宝物のように輝いていた。


 自国の王妃にはなれなかったけれど、わたくしはイザーヌ国の王子妃として生きていく……。

 




                                       ◇END◇

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 活動報告やXでもつぶやきましたが、連載中の長編の再開にはもう少しだけお時間を頂きたいので、まず書き終わっているこちらを投稿することにいたしました。

 年内は、もしかしたらもう一本短編を更新して、おしまいになるかもしれません。


 良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。

 感想がなくても、ブックマやちょっとポイントを入れてくださっても励みになりますので、読んで良かったと思ったら足跡残していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
最終的に庇護勝ち取ったのもすごいけど、初手無許可名前呼びの不敬から話し続けさせる空気持たせた男爵令嬢凄い。 > そこにはわたくしとの婚約の白紙と、殿下の王太子位取り消しについての王命が明記され、最後…
商店は小規模商業の店舗を指す言葉(つまり小さいお店という意味)なので、男爵家が王族とも繋がりがあるような大規模な経営をしているなら商業上の組織を意味する商会を使った方がしっくりくると思います。
まぁお花畑じゃない真っ当な男爵令嬢であれば、色々おかしいことに気付くよね〜(ㆁωㆁ*)頭の良い子で良かったね(ㆁωㆁ*)国を救って公爵令嬢も救った!偉いよ(ㆁωㆁ*)
感想一覧
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