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86:忍耐の時間

「そんなに身がまえなくたっていいのよ。私だって警察官なんですからね。護身術だってちゃんと覚えてるし、その辺にいるか弱い女とは違うんだから」

 郁美は自信満々に言ったのだが、

「あんたね。自分は強い女だって、男の前で主張するのはどうなのよ?」

 北条に突っ込まれてしまった。

 確かに。


「と、とにかく……」

「郁美さんの思う通りになさってください。僕は全力でサポートします」

 思いがけない返答だった。

「僕はあなたを守ると決めました。その決意に変わりはありませんから」


 綺麗な顔をした年下の男の子からそんなふうに言われて、ときめかない女子がいるだろうか。

 郁美は頬が熱くなるのを感じた。

 ついでに、面白そうにニヤニヤとこちらを見守る特殊部隊の隊長の嫌な笑顔にも気付いてしまった。


 それはさておき。

 これは奴らにとって【爆弾】だ。

 爆発物の取り扱いは慎重に。

 決して刺激してはならない。


 自分の身を守るためにも。



 ※※※※※※※※※


 コンフォートヴィーナス。

 その高級クラブは今夜も静かなざわめきとピアノの音が響き渡っている。


 和泉は扉を開け、出迎えたキャバ嬢を押しのけるようにして奥へと歩き進めて行く。

 それから迷わず、この店のママである滝本香蓮の元へ向かう。


「……あら」

 カレンは眉間に皺を寄せ、迷惑だとはっきり顔に出した。

「早急にお尋ねしたいことがありましてね。あなたと、あなたの大切な人のこれからがかかっていると言えるので、嫌だとは言わせませんよ」


 すると彼女は着物の袂で口元を覆い、くすっと笑う。

「なぁに、それ」

「とにかく、どこか場所を貸してください」

「そこに座ったら?」

 指し示されたのは目の前のボックス席。

 和泉はソファに腰を下ろし、周もそれに倣った。


 それから彼女は周の顔を見ると怪訝そうに「リク? 今日はお手伝い頼んでいないけど」


「彼はリク君ではありません」

 周は気まずそうにうつむく。


 それから急に、カレンは笑いだした。

「ふふっ、知ってたわよそんなこと」

「……なんですって?」

「それで知りたい情報は手に入れられた?」


 和泉は滝本香蓮の顔をじっと見つめた。

「あなたは葛城陸氏に、何か恨みでもあるんですか?」

「なんのこと?」

「ヴィーナスクラブというプールバー、ご存知ですよね。そこに渡邊の遺体があることも。忘れ物をしたから取りに行って欲しい、そう彼に連絡しましたね?」

 するとカレンは、怪訝そうに眉根を寄せた。

「知らないわよ、そんなこと」

 その表情に嘘をついている様子は見られなかった。


「リクさんのために弁護士を呼んであげたって言うのは……?」

 周の台詞に和泉は驚く。思わず彼の横顔を見た。

「ああ、それ。なんか勘違いで逮捕されたって聞いたから、知り合いの弁護士に連絡をとったのよ。だいたい、おかしいじゃない? 私がリクをはめるつもりなら、弁護士なんか呼ばないわ」

「だから、俺もそう思って……」


 と、言うことは。

 誰かが彼女の名をかたって連絡したのかもしれない。

 てっきり電話がかかってきたのかと思っていたが、実はメールだったかもしれない。

 そう、それこそ愛人の小野田ならば、彼女のフリをして勝手にメールを送ることだって可能なはずだ。

 まぁいい。

 その件は後回しだ。


「……ところで。あなた方がお客の情報を漏らしたりはしないとわかっていて、敢えてお訊ねしますが。この男性はこの店の常連客ですよね?」


 和泉は管理官の幡野の顔写真を見せた。

 彼女は曖昧に微笑んだだけだったが、恐らく肯定の意味に違いない。


「この男はこの店の常連客で、この店で働いている工藤八重子さんをひいきにしていた。2人は不倫関係にあり、関係を清算したい男と、結婚を望む女……いわゆる痴情のもつれですよ。こういった時、起きうる事件と言うのはほぼ刃傷沙汰です。感情は時に、理性を凌駕する……それは真理です」


「あら、それじゃ刑事さんは八重ちゃんが殺された理由は、痴情のもつれだって言うの?」

 滝沢香蓮はクスクスと笑いながら訊ねてくる。

「そう考えています」

「仮にもあの人警察官よ? 人殺しなんてできるかしら」

「良心の腐った、いえ錆ついた警察官(やつ)なんて、一部とはいえ確実に存在します。それでもバレるのが怖い。だから他人に依頼した」

「……他人?」

「渡邊義男ですよ、あなたもよく知っている……ね。今から15年前にもやはり、依頼されて殺人を犯した。その時はしかし、上手く隠しおおせた。そしてつい先日……」


 本当に狡猾な人間は、誰かに殺害を依頼したりすれば、後になって脅しのネタにしてくることを考えて自ら実行する。

 それは長い刑事生活を経て感じたことだ。

 そして小野田も幡野も、どちらかというと【狡い】だけで【賢く】はなかった。


 15年前には上手く隠し通せたとしても、今回もまた同じようにできるとは限らない。

 その点を渡邊は危惧したのかもしれない。


 あるいは。

 脅迫のネタになることを危ぶんだ小野田か幡野のいずれかが、渡邊を殺害した。


「……渡邊義男の遺体発見現場に落ちていた、なんて言ってアンクレットを葛城陸君に渡し、交番に届けるよう指示したのは、あなたではありませんか? 滝沢香蓮さん」


 ※※※※※※※※※


 ママ、と呼ばれている女性の顔色が変わった。

「……どうして私が、そんなことをしなければいけないの?」

 周も疑問だった。

 和泉の口から何が語られるのか、興味を抱いてその横顔を見守る。


「まぁ一種の自爆テロといいますか、ここらへんで1つ爆弾を落としたら、もしかしたら彼だって少しは心を入れ替えてくれるのではないか……そんなふうに考えてみました」

 何の話だ?


「あなたは小野田と長い間、付き合いがあるそうですね?」


 それって……もしかしなくても不倫ってやつじゃ。

 周は思わずえっ、と声が出そうになるのを抑えた。


「もし僕があなただったら、というふうに考えてみました。とはいっても男なので女性の心理にどれほど近付けたかどうか疑問は残りますが」

 和泉は近くにあった椅子を引き寄せて腰を下ろす。

「こちらの彼……リクくんではありませんよ、藤江周君と言います。彼とはもう3年以上の長い付き合いでしてね。ハッキリ言って一目惚れでした」

 なんだそれ。

 周はむずがゆい感覚を覚え、視線を逸らした。

「初めて会った時からずっと夢中でした。可愛くてかわいくて、本気でお嫁に来て欲しいと思いました。ところが彼と来たら、トンデモないツンデレでしてね」

 ツッコミたいところが山ほどあるが、今は黙っていよう。


「彼だって僕と気持ちは同じはずなのに、未だに手をつないで歩いてくれないし」

 当たり前だろ!!

「そうかと思えば時々はごろにゃんと甘えてくれたりして、ホントに可愛いんですよ」

 俺がいつあんたに甘えたよ?!

 周は思わず手近にあったソファーに爪を立てた。


「そんな彼とのじれったい関係性を一歩先に進めるにはどうしたらいいか。この方程式と言うか理論をあなた方の関係にもあてはめて考えてみました。小野田は既婚者だ。あなたとの関係が遊びなのか本気なのかわかりません。けど、あなたはきっと結婚を望んでいたはず」

「……それで?」

「小野田を困らせてやろうと考えた。渡邊の遺体発見現場に、小野田の指紋が付いたアンクレットが落ちていたなんてことになれば、間違いなく疑いの矛先は奴に向きます。サスペンスドラマなんかでよくありますよね。遺体を埋めた場所に、犯人の遺留品が残っていた……でもそれは、誰かを罠にはめるための細工だったと」


 するとカレンは、

「男の人がアンクレットをつけたりするのかしら?」

「まぁ、つける人だっているでしょう。あるいは、彼があなたの足にアンクレットをはめてやった時に付着した……僕もかつて、とある女性にはめさせられたことがありましてね」


 えっ、誰?!

 周は思わず和泉の顔を見上げた。


「とにかく。あなたは小野田を罠にかけるというか、困らせてやりたかったのではありませんか? いつまでも煮え切らない態度の男に愛想を尽かして」


「ふふ、そうね……どうもこの県警の刑事はポンコツばっかりだって、小野田が言ってたことがあったから。捜査を撹乱させてみようと思ったの」

 カレンはおかしそうに言って立ち上がる。

「で、そのアンクレットは今、どうなってるの?」


「小野田が隠滅しましたよ、当然でしょう」

 さらりと和泉は答える。


 何の根拠があってそう言うのか、一瞬だけ疑問に思ったが、証拠品が失くなったのは事実だ。

 でもまさか、小野田課長が隠したとはどういうことだ?



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