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85/86

85:何でもいいなんて言う料理は存在しないのよ

すみません……今は完結させることだけを考えてます。

なので……(T_T)/~~~

 何が食べたい? と、訊かれると『何でもいい』としか言えない。


 昔、姉にそのことでたまに溜め息をつかれたものだ。

 そんなこと言ったって、思いつかないものは仕方ない。


「じゃあ、僕の行きつけのお好み焼き屋さんでいい?」

 和泉は笑って歩き出した。


 本通り商店街は今日も大勢の人で賑わっている。

 勤務中ではないのに、気がつけば周は不審者を捜して視線を泳がせていた。

「もう立派な地域課の警察官だね、周君は」

 なぜか急に恥ずかしくなってきた。

 

「……と、思ったんだけど。その前に寄り道していいかな?」

「寄り道?」


 そうして和泉が向かったのは流川のとあるビル。

『BOYSBAR MYA』と書かれた店だった。


「……ボーイズバーって何?」

「周君も風営法を覚えてるでしょ? あれにはあてはまらない店」

「誰か、和泉さん好みの子でもいるの?」

「僕の心はいつでもすべて、周君だけのものだよ」

 訊くんじゃなかった。


 細い階段を上って2階へ向かう。

 いらっしゃいませー、の声に出迎えられて中に入ると。


 あっ、と言う顔でこちらを見ていたのは、リクと呼ばれていたあの男性。


「こんばんは」

 和泉がにこやかに話しかけると、彼も営業スマイルを浮かべる。

 気まずさを覚えた周は、どこを見ていいのかわからず、とりあえず俯いた。まだあまり他の客はいない。


「ご注文は?」

「僕は生にしようかな。周君はソフトドリンクじゃないと、だよね?」

「……ジンジャーエール……」


 カウンターの上に生ビールとジンジャーエールのグラスが置かれる。

「ねぇ、こないだはありがとう。それからごめんね」

 和泉が話しかけると、リクは驚いた顔をする。

「……何がですか?」

「あんまり大きな声で言わない方がいいでしょ」

 店内には既に何名かの女性客が入っており、カウンター越しに若い男性店員と楽しそうにしゃべっている。


「ところでエビ太君は元気?」

「……エビ太って、誰ですか?」

「間違えた、ほら。あのちびっ子。君の甥、みたいな」

「もしかして瑛太のことですか……元気ですよ。あの面白いオジさんにまた会いたい、って毎日言ってます」


 何の話だ?


「ねぇ、妙なことを訊くんだけどさ。君が手伝いで行ってるコンフォートヴィーナスって言うお店。もしかして、常連客にこの人、いたりしない?」

 和泉がスマホを取りだして見せた写真を、周も横から覗き込んだ。

 そうして驚きに声が出なくなる。


「……ええ。カレンさんの彼氏、です」

「彼氏?」

「大きな声じゃ言えませんけど、不倫ですよ。既婚者らしいですから」


 ますます驚いて何も言えない。

 なぜならその写真に映っていたのは直属の上司、小野田課長の顔だったからだ。


「最後にもう一つだけ。君が交番に届けてくれた落とし物、あれって遺体を発見したあの時に見つけたの?」

「……いえ」

「そうだよね。もしその時に持っていたなら、身体検査で取り上げられたはずだから」


 するとリクは、

「警察に持っていけって、渡されたんです」


「……誰に?」


 しばらく返事はなかった。


 しかし和泉は、

「どうもありがとう」

 そう言って飲み物にまったく手をつけず、料金だけをカウンターに置いていきなり店を出ていく。

「ど、どこ行くの?! 和泉さん!!」

 周は急いで後を追いかけた。


 無言のままスタスタと歩き進めている後ろ姿に迷いはない。

 和泉はきっと何かをつかんだのだ。


 やがて、和泉は先日、周がリクと間違われて連れていかれたクラブの入るビルの前で足を止めた。



 ※※※※※※※※※


『こんなところにまで姿を出すな』

『へへっ、一緒にいるところを誰かに見られちゃマズイって?』

 

 画面に映る2人の男の遣り取り。

 1人は小野田課長だ。

 一緒にいるのは、どう見てもチンピラとしか思えない中年の男。


『約束のものを受取にきたんだよ』

『……こないだ、振り込んだだろう?』

『あれしきの金、一晩キャバクラで豪遊すりゃ、あっという間になくなっちまうさ』

 小野田はチンピラの胸ぐらをつかんだ。


『忘れたとは言わせないぜ? あんたに頼まれて、俺があの広瀬って男を始末してやったおかげで、今があるんだぜ?』

『名前を出すな!! 誰が聞いているかわからないだろう?!』

 チンピラは鼻を鳴らす。

『仮に誰が聞いてようと、あんたなら大好きな署長さんが、握り潰してくれるんだろう? 聞いたぜ、署長さんってのは絶対的な権力を持ってるんだそうだな。ヒラの警官一人が騒いだところで、犬の鳴き声程度だろ』


『……広瀬の息子の姉だという女が、中に潜りこんでいる』

『へぇ?』

『抜け目のない女だ。あの聖ともつるんでいる、油断がならない』


『で、俺にその女を消せって?』

『……』

『いいってことよ。俺とあんたの仲だ、兄弟』


 上村が震えだす。

 郁美は彼の手を握りしめ、肩を抱き寄せた。


 本当は心のどこかで覚悟していた。

 皐月はたぶん、もう生きていない……と。


 チンピラ男は続ける。

『その代わり、だ。カレンを幸せにしてやってくれよ。あいつ、いろいろ苦労してきたし。もう30も半ばだぜ? いつまでも水商売を続ける訳にもいかないだろ』

『ははっ、お前みたいなクズの口から、そんな台詞を聞くとは思わなかったな!!』

 小野田が哄笑する。

 チンピラはさっと気色ばんだ。

『てめぇ、カレンを粗末にしたらあのこと、全部バラすからな』

「証拠がない」

『ふん。甘く見るなよ? お前が署長様と組んでやってる商売のこと、きちんと記録につけてあるんだからな。未成年の女の子を嫌らしいオヤジ達に引き合わせて、マージンとってんだ……おっと、俺の口を塞ぐ前に消したい女がいるんだろ? そうやって、都合の悪いことにはみんなフタして消し去ってよ……警察ってとこは腐ってんな』


 なんということだろう。

 郁美は慄然とした。


 人当たりの良い笑顔で食事に誘ってくれて、甘い言葉でこちらを気分良くしてくれたあの人。

 初めから恐らく、上村皐月に似た自分を見て、まさか本人じゃないかと恐れたんだわ。

 それで探りを入れるために。


「……何よ、これ」

 北条の声で郁美は我に帰った。そういえば一緒にいたのだった。

「聖に伝えた方がいいわね。あ、あんたも今は監察官だったか」


「ほ、北条警視は、小野田課長を知っていますか?」

「噂にはね。ロクでもないナンパ野郎だって」


 郁美は迷わずスマホを取り出し、上司の番号にかけた。


 それと同時に頭に浮かんだ考えがあった。

 もしや岩淵は、この秘密を知っていて小野田に口を塞がれた……?


 彼女はこの動画を見たのだろうか。いや、でも。

 皐月は聡明な女性だ。あんな噂好きのオバさんを、信用したりはしないと思う。

 だとしたらどうやって情報をつかんだのか。


 盗み見た。

 それしかない。


「……どこへ行くの、上村?」

 気がついたら上村が、今にも部屋を飛びたそうとしている。それを北条が取り押さえていた。

「決まってます!! 課長……小野田に……」

「少し落ち着きなさい」


 気持ちはわかる。

 冷静でなどいられない。


 だけど今は、まだそのタイミングではない気がする……。


「ねぇ、これ……コピーをとって鑑識に預けてもいい?」

 郁美はSDカードを手に上村へ訊ねた。

「……どうするつもりですか?」


「たぶん敵はそのうち焦り出すわ。私に、皐月のことをこれ以上調べるなって脅してきたぐらいだもの。こんな重要なものを私達が入手したってもし、奴らが知ったら……きっと実力行使で私を襲ってくる。その時に現行犯逮捕するのよ」


 上村は首を横に振る。

「郁美さんをそんな危険な目に遭わせるわけにはいきません」

「あら、柚季が守ってくれるんじゃなかったの?」

 すると彼は少しばかり頬を染め、俯いた。

「それは……そのつもりですが」


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