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69:可愛い子ばっかり

 驚いたのか、ハっと顔を上げた彼女は、真帆と遜色ない美少女だった。


「相談があるのって、そのリクとか言う人のことか? 悪いけど俺は何も知らないし、答えられないんだ」


 隠している訳でも嘘を言っている訳でもない。

 周はリクと言う人物がその後、どうなったのかを知らない。証拠不十分で釈放されたこと以外には。


「そうじゃないよ。それもあるけど、他にも……ね?」

 真帆は葉月を見つめる。

 見つめられた美少女は再び俯いたかと思うと、覚悟を決めたように顔を上げる。

「少し、その、困ったことがあって……」

 ハキハキとしゃべる真帆に対して、葉月の方はトロトロとリズムが悪い。意外にこういうデコボコな方がコンビとして成り立つのかもしれない。


「困ったこと?」

「……その、えっと……」

「……ボディーガード、して欲しいの!!」

 苛立った口調で真帆の方が話し出す。「最近、葉月につきまとうキモい男がいるのよ。この子ほら、綺麗な顔してるから人気が高いんだけど……中にはストーカーめいた真似をする奴がいてね……待ち伏せされたり、高価なプレゼント送ってきたり。こないだなんて家まで後をつけられそうになって……」


 ストーカーに関する取締法ができたのは2000年。2017年に法改正が行われ、非親告罪になったため、本人以外の通報でも届け出は受理されることになった。

 しかし……。


「俺に直接言わないで、専用窓口があるから相談する方がいい。#9110にかければ管轄地区の警察署が受理してくれて、相談に乗ってくれるから。君、どこに住んでるの?」

「……舟入、です……」

「そしたらその近くの警官が、特に君の家のまわりを重点的にパトロールしてくれるようになるからさ。舟入だと俺の受持区域じゃないんだ」


「何それ、信じらんないっ!!」

 真帆が突然叫び出し、席を立つ。


 まわりの客がなんだなんだ、と振り返る。周も恥ずかしかったが、葉月も相当恥ずかしいのか、首まで真っ赤に染まっている。


「周がいいの!! だからわざわざ頼んでるんでしょ?!」

「いいから座れって……」

 そこへ救いになったのかどうかは不明だが、

「お待たせしました~……チーズケーキセットです」

 ミズキがケーキと紅茶を運んできてくれた。


 少し落ち着いたらしい真帆は座り直し、

「ねぇ、スマホ返してよ」

「……なんで」

「写真撮るに決まってるでしょ?」

「で、それをSNSにアップするって?」

 周は取り上げたスマホの上に手を置き、隠すようにした。


「当たり前じゃん」

「そんなことしてわざわざ、ストーカー野郎に友達の居場所を教えるのか?」

 真帆は黙り込んだ。それから彼女はやけっぱちのようにフォークを持ち、ケーキを口に運んだ。いい食べっぷりだ。


 するとその時。某大手通信企業がCMで使っているあの軽快なメロディが店内に鳴り響く。


「あ、電話!! 外に出なきゃ」

 素早い動きで立ち上がると、真帆は周が手元に伏せておいた自分のスマホを急いで取り上げ、外に出ていく。


 残された葉月の方は、どうしたらいいのかという感じで俯いてしまう。


「……ごめんな。でも、民間の警備保障会社ならいいかもしれないけど、俺は公務員だから。そういうのって特に、きちんと筋を通さないと……かえって君たちの方に良くない結末が降りかかる可能性だって……」


「いえ、すみません。私も本当はわかっていたんです。ただ、真帆が……」

 潤んだ瞳で葉月が見つめてくる。


 どきん。

 なぜか心臓が高鳴る。


「それにしても……本当においしいですね、このチーズケーキ」

 上品に少しずつケーキをフォークに乗せて口に運ぶ様子は、なんとなく育ちの良さを感じさせた。


 そう言えば。彼女達が通う学校は偏差値も授業料も高い、いわゆるお坊っちゃまお嬢様が通う私立高校だったはずだ。先日の万引きでつかまった高校生は、親が無理して入れたとぼやいていたが。


 そこで連鎖的に思い出した。

 昨日聞いた話。


『秘かにヤバいバイトしとるんじゃないかって……クラスメートの狩野って……』


 確か先ほど、彼女は狩野と名乗ったはずだ。

「ねぇ君、もしかして何かアルバイトしてたり……する?」

 え? と、紅茶を飲みかけていた葉月の手が止まる。


「いや、深い意味は……」

 白い顔が真っ青になる。

「すみません、私……これで失礼します」

 彼女は急いで立ち上がり、カバンから財布を取り出そうとする。


「支払いはいいよ。それより、ストーカーの件は本当に近くの警察署に……」

 そこへ真帆が戻ってくる。

「忘れてた~、これからピアノのレッス……葉月、どうしたの?」

「ごめん、帰ろう……」


 まるで周が何か悪いことをしたかのように睨みつけ、生意気な女子高生は友人の肩を抱きながら、

「また連絡するからね!!」

 と、捨て台詞のように言い残して店を出て行ったのだった。


「……大変ですね」

 ミズキが席にやってきてグラスに水を注いでくれる。


 それから彼女はちらちらと出入り口の方を見ると、

「あの女子高生達、何かその……深い関係があるんですか?」

「え? い、いえ。そうじゃなくて、仕事の関係でちょっと聞きたいことがあったから……なんていうか打ち合わせみたいなもんです」


「もしかして、どこかに和泉さんがいらっしゃったりします?」

「いえ、いません……」

 たぶん。ただ突然、どこかに隠れて和泉がこちらを見張っているのではないだろうかという不安が周の胸をよぎった。


「どうしようかな……」

「どうしたんです?」

 ミズキは少し悩んだ素振りを見せたが、

「こないだお話ししたこと、覚えてます? 例のパパ活とかママ活の話」

 思い出した。もしそういうカップルを見かけたら通報して欲しい、と頼んだことを。


 あの後、周もインターネットで【パパ活】などの記事を読んだ。気軽なアルバイト感覚で利用する若い子達がいるが、危険であり、場合によっては児童買春に当たる違法行為だと。


「ええ、覚えています」

「お連れの女の子……たぶんそれなんじゃないかな。何度かウチの店で、かなり年上の男性と待ち合わせして、お茶を飲んでから出て行ったのを覚えています」

「え……っ」


「それと、こないだほらニュースで言ってた殺されたっていう……男の人、あの人がここで、さっきの女の子達と面接みたいなことしてたの、見ました」


 ものすごい情報じゃないか。

 どうしよう。


 ほぼ無意識の内に周は、和泉の番号にかけようとしていた。しかし。

 ダメだ、まずは交番長に相談。


 それから課長……いやでも。さっき北条はそれでもいいって言ってたし。


 どうしたらいいんだ?!


 悩んだ末に周はまず、交番長の小橋に連絡した。

『お前さん、本当に持ってんな……』と、あきれたような声で言われた。

「それとあの、やっぱりこの件、小野田課長にも連絡した方がいいですよね……?」

 

 するとなぜかしばらく沈黙があった。

『いや、待て。俺から伝えておくからお前は黙ってろ。というか、俺がいいって言うまでは誰にも話すな。いいな?』


 そっか。それならいいや。

 周は安心して電話を切った。


 交番長の意図はわからないけど。


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