63:メダルみたいなもの
「左足にはまっているそのアクセサリー、綺麗ですね」
和泉が言うと、
「ああ、これ? ママの手作りよ。この店の女の子は皆持ってる」
キャバ嬢の返答に、つい辺りを見回す。
確かに女性たちは一様にアンクレットを装着している。
ふと、和泉には気づいたことがあった。
「あなたのは銀……あの辺りを歩いている女性は、金ですか?」
「よく気づいたわね。そう、これって素材でランクづけしてるのよ」
【ユナちゃん】は面白くなさそうに膨れっ面をする。
「ランクづけ?」
「たくさん指名がとれた、売り上げが良かった、そういう子は金色。もう少し頑張りましょう、は銀色。次が銅」
「まるでオリンピックだな」友永は笑う。
「そ。ママの方針なのよ。皆を競い合わせて、より良いサービスを提供するためですって」
そんなの。
女同士の醜い争いに発展するだけだろうに。
そう思って和泉はウーロン茶を一口飲んだ。
「ランキングなんて、大人の事情とか忖度とか、いくらでも操作できそうなものですけどね」
「そう、それ!!」
びっくりするほど強い反応があり、驚いてしまう。
「聞いてよ!! 元々は私のお客さんだったのに……タケヤマさんも、ハタノさんも!!」
いずれもどこかで聞いた名前だ。
確かタケヤマというのは、今の北署長だったはず。こんな高級クラブで遊ぶ余裕があるらしい。
そしてもう一人、ハタノ?
「誰に盗られたって?」
「あ、ごめんなさい……変なこと言って」
まずいと思ったのだろう。キャバ嬢は口をつぐむ。
「もしかして、あなたよりも後から入ってきて接客も下手なのに、いきなり金や銀のアンクレットをもらった女性がいましたか?」
それぐらいならいいか、と思ったのだろう。
【ユナちゃん】はうなずく。
「求人広告を見て来たっていう女子大生。男の人って、働きながら学校に通う女の子に甘いみたいね。その子、音大の生徒で、留学費用が欲しかったらしいわ」
まさか。
「ひょっとしたらその女性、この方ではありませんか?」
和泉は工藤八重子の顔写真を見せた。
「そう、この子よ!!」
当たりだ。
和泉は彼女が最期に言い残したこと、それはもしかしたらこの店のことを言っていたのではないかと考えた。
ただ。そうだとすると『S』の説明がつかない。
いったんその件は保留にするとして。
この店の誰か、例えば今のキャバ嬢には工藤八重子に恨みを持っている。
もちろんだからと言って即犯人と結論は出せないが。
そこへ、
「こんばんは」
和服姿のママ、滝本香蓮があらわれた。
「ユナちゃん、ここはもういいわ。2番テーブルに向かってちょうだい」
はいっ、とキャバ嬢は飛び上がるようにして席を立った。
「大変ね、刑事さんも。経費で落ちるの?」
香蓮は袖で口元を覆いつつ、クスクスと笑いながら和泉の隣に腰かける。
変装は意味をなしていないようだった。
「少し話を聞かせてもらったけど、リクのこと、探りにきたの?」
「……盗み聞きとは、悪趣味ですね」
あら、と彼女は大げさに目を見開いてみせる。
「たまたまよ。それにね、あの子は虫も殺せないような優しい子よ。警察のお世話になったことは……ああ、そう言えば学生時代に補導されたことがあったって言ってたわね。たいしたことじゃないのよ。コンビニで缶ビールを買おうとして通報された、って言うそれだけの話」
「ママ、あんたも一杯どうだい?」
友永がビールの瓶を差し出す。一応、グラスは2人分用意されていた。
「あら、じゃあ頂戴しようかしら」
香蓮はグラスを手に取る。
「彼……葛城陸氏は、渡邊氏の運営する出会い系サイトでサクラをやっていましたよね?」
和泉は問いかけた。
美味しそうにビールを一気飲みした彼女は、その件については知らないわ、と首を横に振る。
「森本君江さんから聞きました。彼とはサイトを通じて知り合い、幾らかお金を融通してやったけれど、売上金のほとんどを渡邊氏に吸い上げられていたと」
「あら、そうなの? いかにもあいつのやりそうなことね。お金に汚い業突張りだもの」
和泉は質問を続ける。
「彼の経済事情はどうだったんでしょう? リク君の」
「……お給料は充分、支払ってるつもりだけど」
やや空気が険悪になってきた。
「なぁ、ママ。この店は何年になる?」
友永が何の関係もなさそうな話を振る。
「そうねぇ、もう5年になるかしら。前はねぇ、プールバーでバーテンダーをやってたんだけど。自分のお店が持ちたくて一生懸命働いたわ」
「じゃあこの店は、ママの血と汗の結晶なわけだ? 偉いなぁ……」
そうでもないわよ、と香蓮は嬉しそうだ。
「店の名前を決めたのは?」
「もちろん、私よ。昔、付き合ってた彼がね……ふふっ、私のことを女神だなんて言ってくれたのが忘れられなくて。安心感、快適をもたらしてくれる女神ですって」
なるほどねぇ、とニコニコしながら相槌を打つ。
友永が何を考えているのかわからないが、和泉はこの際、彼に任せることにした。
「そいつ、日本人? なかなか言えないぜ、そんな口説き文句は」
「そうねぇ。日本人だけど、よく外国人に間違えられるって言ってたわよ。彫の深い顔立ちをしたイケメンだから。元を辿ればラテン系の血を引いてるらしいけど……」
そこまで話して香蓮はなぜか口を閉じた。
「ねぇ、ところであなたも刑事さん?」
「……なんちゃって、だけどな」
「そんなことないわよ。すぐにわかるわ、目つきが全然違うって。私ね、実は警察に知り合いが何人かいるの……偉い人とか」
何だろう。
その気になれば圧力かけてやるわよ、的な脅しのつもりだろうか?
そこへ新しい客がやってきた。
それじゃごゆっくり、と香蓮は去っていく。
やれやれ、と友永は首を振る。
「班長の胃が痛む理由がわかるぜ。お前、あんなキツい眼で睨むんだもんな。ケンカ売ってんのかって話だ」
「……僕、そんな顔してました?」
「今度は鏡を見ながらしゃべってみろ。つーかお前、俺よりもよっぽど刑事歴が長いだろうに」
お前は考えていることが時々顔に出すぎる、と聡介に言われたことはある。
気をつけているつもりではいるが。
「それにしてもあのママ、何だか探れば探るほどいろいろ出てきそうだな」
友永は彼女が去って行った方向を見つめて呟く。
「そうですね……ところで友永さん」
「なんだ?」
「店に入った時、タケヤマさんの紹介だって北署長の名前を出しましたよね。ハッタリだったんですか? それとも根拠が?」
今日の相棒はボリボリと髪の毛をかき回しながら溜め息をつく。
「……流川には檀家が何人かいる。だから確かな情報だ」
なるほど。
警察官がキャバクラで遊んでいることの是非はともかくとして、この店のママである滝本香蓮が言っていた『警察に知り合い』と言う話は真実のようだ。
面倒だな、と思ったのは一瞬のことだ。
今回は正式な捜査ではないし、せいぜい好き勝手にやらせてもらおう。
尻拭いは聡介を越えて長野にやらせればいい。
※※※※※※※※※
早朝5時すぎ。
他の係員は仮眠中である。
夜明け前のこの時間帯が一番、眠くなる。周は欠伸を噛み殺しながら交番カウンター前に座っていた。昨日もとにかくバタバタと忙しかった。
この時間帯、時折車は通りかかるが、歩行者はほとんどいない。無線機も静かにしている。新聞配達のバイクが眼の前を通り過ぎた後時だった。うっすらと人影が見える。
この季節、まだ辺りは薄暗い。
街灯と交番の灯りで辛うじて姿が確認できるのだが、男女の区別はつかない。この時間帯に仕事に出かけるとしたら市場関係者だろうか。
それとも学生なら部活動だろうか。
何か考えていないと上の瞼と下の瞼がくっついてしまいそうだ。
そう言えば。昨日のあの若い男性はあれからどうなったのだろうか。
和泉は何も教えてくれなかったし。
自分は犯人ではない、と必死で訴えていたが……。
ダメだ、眠い。
通りかかる人なんていないだろうけど立番しよう。
周はコートをとってきて羽織り、外に出た。




