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48:どこまでもマイペース

 署と道路を挟んだ向かいに、真っ赤な建物の、いかにも中華料理店と言った感じの店がある。

 制服姿のまま店に入って行く上村の父親を見て、郁美は驚いた。本来なら昼食時は服を着替えて外に出るか、出前を取るのが規律である。


 でもきっといつもそうしているのだろう。そしてまわりも、恐らく暗黙の了解なのだ。


 こういった田舎町のあるあるであり、決して好ましいとは言えない傾向でもある。


 向かい合って腰かけるなり、上村の父親は水を一気飲みすると、

「こないだ卒業したかと思ったらもう結婚か。まぁそりゃ、早い方がええけどな」

「……はい?」

「ユズ。お前、年上が好きじゃったんか。知らんかったわ……」


 どうやら上村の父親は何か勘違いしているようだ。


「何か勘違いしてるようだが、そういう報告じゃない」

 口調は厳しいが、上村は頬を赤く染めている。


「そういや、富岡嬢は元気か?」

「え……?」

「北署の地域課におるじゃろ。事務員の女性だ」

 ああ、と上村は頷く。

「あの人だけは怒らせたらいけんぞ。本気で備品をストップされるけぇの」


 そう言えば。北署に査察へ行った時のことを思い出す。

 資料室に入る時、何か言いたげな顔で、でも無言でこちらを見ていた中年女性。確か名札に【富岡】と書いていなかったか。


「あの人は……」

「彼女は広瀬の同期じゃ」

「……そう」


 話が逸れたが、早いうちに誤解を解いておこう。

 郁美は口を開いた。

「あの、実は私……上村皐月と昔、廿日市南署住吉東交番で一緒に働いていた仲間なんです。彼女とは親しくしていて、だから……行方がわからないって聞いて……」

 こちらの話を聞いているのかいないのか、ラーメン3つと餃子3人前を勝手に注文し、上村の父親は郁美を見つめてきた。

「……それで?」


「探そうと思っています。そして、彼女が何を調べていたのか……」


 水、とだけ店員の女性に呼びかけ、

「警察官は自分のために捜査はできん」

 上村の父はそう告げた。はい~、と店員の女性がすぐに水のお代りを運んでくる。


 彼女が去ったのを見届けた後、郁美は答えた。

「それはわかっています」


「なら……」

「だけど私は、皐月の友人です。そして監察官です」


 自分が何を言おうとしているのか、正直、郁美自身もあまり深く考えてはいなかった。ただ。綺麗な言葉を並べたてるよりも、今は。


 込み上げてくる想い。そして自分を突き動かす『何か』を伝えたい。


「彼女はもしかすると、彼……柚季君のお父様が亡くなられた事件について調べていたようなのです。もし、そのことがきっかけで誰かに命を狙われたのだとしたら? それに。彼女の周辺では何かと不審な出来事や、良くない噂も流れていたそうです。でも。私は上村皐月という女性をよく知っています。彼女はとても真っ直ぐで優秀な女警でした。だから彼女の汚名を晴らしたいし、もしどこかで生きているのなら、探し出したい。それに万が一にも、彼女の失踪に内部の人間が関わっているのだとしたら、それは監察官としても見過ごすことなどできません!!」


 一気にしゃべって、郁美は水を一気飲みした。


「……」

 隣に座る上村の視線を感じる。


「僕は平林さんに……郁美さんに協力するつもりだ」

 彼はまっすぐに父親を見つめて宣言する。

 しかし、

「卒配を終えたばっかりのヒヨっこが、大きな口を叩くな」


 何も言えなくなった息子は俯いてしまう。

「そんな言い方……」

「……勝手にせぇ。ただし、ワシは何も協力せんからな」


 ラーメンと餃子が運ばれてきて、上村の父は箸を割り、それきり何も言わなくなった。


 郁美も黙って食べることにした。

 この店が近くにあったらきっと、定期的に利用するだろうな、と思うほどの味だった。


 郁美が半分も食べ終えないうちに、上村の父はすっかり平らげてしまっており、立ち上がって伝票を取り上げた。


「待ってください、自分の分は支払います」

「ふん。たかがラーメンと餃子ぐらいで接待になるもんか」

 そう言って彼はレジに向かっていく。


「……すみません。あんなので……」

 父親の態度に息子は恐縮しきっている。

「気にすることないわよ」


 さて、と立ち上がって店を出る。すると、どういう訳かまだ上村の父は店の入り口付近に立っていた。


「1つだけ言っておく。聖を疑ったり、恨んだりするのは筋違いじゃ」

「……え?」

「詳しいことを知りたければ本人に訊けばええ」


 果たしてその本人がどう回答するのか。


 ※※※


 その後、郁美と上村はフェリーで尾道に渡り、再び山陽本線に乗った。

 時刻は午後4時過ぎ。地平線に沈む夕陽が車窓から見える。


「綺麗ね……」

 思えば自然を見てこんなふうに感想が出るのなんて久しぶりだ。


 3人掛けのドア付近の席。しかし上村は俯いていた。


「疲れた?」

「……い、いえ。付き合わせてしまって申し訳ないと思っています」

「だから~……もう、そう言うの一切禁止!! いいわね?!」

 納得したのかしていないのかわからないが、はいと小さな声で返事がある。


 三原の駅を過ぎた頃、急にぽつりと皐月の弟はこぼした。

「あの、姉は……地域警察官としてはどうでしたか? 父は何も教えてくれませんし、自分で調べるのは少し気が引けます。何か賞を取ったとか……」


 郁美は何年か前のことを思い出そうとして記憶を辿った。


 2人で繁華街に出て職質をかけたことは何度もある。思えば女性警官だというだけで全面的に男達は舐め切っていた。それでも。

 日頃はニコニコと温和な印象のある皐月も、外に出ると表情が変わった。一歩も引かない強さがあったように思う。


 訳のわからない理屈をこねてカバンの中を見せることを拒む輩に、彼女は忍耐強く、かつ理論的に接していた。

 職質はちょっと苦手、と敬遠しがちだった郁美に比べて、皐月はわりと積極的だったと思う。


 そう。彼女は気になることがあるととことんまで追い詰める、そう言うタイプだった。


 だからこそきっと、弟の父親の死に関して気になり始めたから……。


「郁美さん?」

「あ、ごめんね。皐月は職質に積極的だったわよ。熱心だった。シャ……」

 シャブといいかけて覚せい剤、と言い直す。「覚せい剤を所持してる人間を何人か挙げたわね。あれはすごかった」


 すると上村はなぜか悄然とした表情をする。

「……どうしたの?」

「僕は……警察学校で習った通り、言われた通りにやっているつもりです。でも、あまり上手く行きません。同期はもう何件か検挙しているっていうのに」


 なるほど、そういうことか。

 男の子ってそう言うものなのかしら、と郁美は思った。ライバル意識はもちろん、女性だって持っているけれど、どちらかと言えば男性の方がより強いイメージがある。


 特に同期だと余計にそうだろう。それこそ皐月と同じ交番にいた時の交番長が、今の地域課長は自分の同期だと悔しがっていたことを思い出す。


 やっぱり高いところに昇り詰めたいものなのかしら……?


 郁美にはあまり理解できない。

 焦っても仕方ない、巡り合わせっていうこともある。


 そんな言葉が浮かんだが、下手な慰めにしかならない気がする。


「……ごめんね。なんか、良い言葉が浮かんでこないわ」

「別に、謝られるようなことは……」


 ふと思い出した。

「そうだ。誰に聞いたか忘れたけど、職質はあらゆる言葉の遣り取り、コミュニケーションだって言ってた。いろんな人に接して、いろんなパターンを把握しろって」


「いろんなパターン……ですか?」

 不思議そうに首を傾げる上村の仕草が子供みたいで、つい可愛い、と思ってしまった。

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