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ホテル



 

「はあ、疲れた……」


 私は京都のホテルに着くと、ばったりとベッドに倒れ込んだ。


 あれから私達は来てくださった方たちを見送り、両親と別れ、衣装を返し、新幹線に乗って京都へ着き、今ようやくチェックインをすませて部屋に入った。


 現在時刻、夜の8時。


 ちょっと予定を誤ったかも知れない。


「お疲れ様。夕飯どうしましょう」

「お腹、空きました。朝から何も食べていないので、倒れそうです。……でも、外に行く元気がありません」

「ですよね。ルームサービスを頼みましょう」

「……有り難うございます」


 ちょっと高くつくけど、そうも言ってられないほどの空腹と疲労だった。


 誠さんはカレーを。

 私はうどんとコーンスープを頼んだ。


 お腹は空いたけれど、緊張した後のせいかお腹に優しい物を食べたい。

 うどんとスープという組み合わせもどうかと思うが、これならば喉を通ってくれそうな気がしたのだ。


 ほどなくして、料理が届く。


 私達は部屋の小さなテーブルで向かい合わせに座って、食事をすることにした。


 いやっほー。

 今日、はじめての食事だ!


「いただきます」


 私はうどんの汁をすする。

 お腹の中がじんわりと温かくなって、ほっとした。


 京都のお味で、繊細だぁ……美味しい。


「まどかさん、顔がとろけています」


 誠さんが、私の顔を見て笑っている。


「だって、本当に美味しいんだもん」

「良かった。ルームサービスで申し訳ないと思ったけれど、喜んでくれて」

「誠さんと一緒の食事なら、なんだって美味しいんです」


 私は相変わらず惚気けた言葉をつぶやくと、誠さんは嬉しそうに微笑んでくれた。


「僕もです」


 結婚式の日の晩に、カレーとうどんを食べる新郎新婦。

 これでいいのか? と言われそうだけれど、私達はこれでいいのだ。


 私はゆっくりと、うどんをすすっていく。


 あー、美味しい。


「結婚式、終わりましたね」


 誠さんが感慨深げに、そう呟いた。


「無事に終わりましたねー。ほっとしました」

「本当に。肩の荷が降りました」

「結婚しましたね。私達」

「結婚しました。あらためてよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人して頭を下げる。

 そして、ふふっと笑った。


 何か不思議な安堵感。


 籍を入れたり、結婚式を挙げただけで、生活は何も変らないはずなのに、今までと違う空気と言うか、関係と言うか。


 今までは、それでも他人だったのが、何か家族になったような。


 まあ、家族なんだけど。


 なんて言えばいいのかな……。


「今までと変わらず一緒なのに、安心感が何となく違いますね」

「まどかさんもですか? 僕もです。なんでしょうね、この感覚は」


 誠さんも感じていたんだ。


 誠さんが、その感覚を自分なりに説明してくれた。


「あらためて、結婚したんだな。夫婦になったんだ、と思いました」

「夫婦……そうですね。夫婦か……」


 何となくピンと来ないけれど、でもじわっとその言葉が胸に広がってきた。


 そうか、夫婦か。


「何となく、嬉しいような、恥ずかしいような」

「ですね。でも僕は、まどかさんと夫婦になれて、すっごく嬉しいです」


 すっごく、ですか。

 誠さんにしては、心のこもった素の言葉ですね。


 有り難うございます。


「私もです」


 私達はそんな話をしながら、それぞれの食事を口に運んでいた。




 誠さんがしばらくの沈黙の後に、こんな質問をしてきた。


「あの、気の早い話かも知れませんが、子供のことはどう考えていますか?」


 おぉ、そうです。

 大事な話です。


 夫婦として初めての話し合いですね。


「私は、子供が欲しいです。二人ぐらいかな……。仕事もしたいので、たくさんは産んだり育てたりはできないと思うので」

「そうですね。私も出来れば、二人いて欲しいです。一人はやっぱり寂しかったので」

「あ、解ります。私はお兄ちゃんが欲しかった」

「僕は妹……かな」

「一人目が男の子で、二人目が女の子だといいですね」

「ですね。こればっかりは授かりものだから、多くは望めませんが」


 確かに。

 そもそも、今は不妊の方も多いと聞く。

 一人でも授かったら、喜ばないと。


「あとは、時期ですね」

「はい」

「学生の間か、仕事をして少し落ち着いてからか」


 難しい質問だ。


「誠さんはどう思います?」

「僕は……自然に任せようかと」

「自然に?」

「はい。いつでも、授かったら有り難いと。いま作ろうと焦ることはないと思う一方で、なかなか妊娠できないことが後で解って後悔するのも嫌だな、と」

「ああ、なるほど」

「ですから、自然に任せようかと。どうでしょう」

「はい、それでいいと思います」

「じゃあ、それで」

「はい、それで」



 結婚したし、もういつ妊娠してもいいよね。



 子供は好きだし…………って、ん?…………あれ?



 ……ということは、これからは避妊しないでコトをしましょう、ということですね。



 そして、今日は結婚初夜。



 もしかして、はねむーん・べびーですか?!



 私はまたしても、天然でやってしまったのでしょうか。



「まどかさん」

「はいっ!!」


 私の大きな声で、誠さんがびっくりして少し後退りしている。


「あっ、ごめんなさい。なっ、なんですか?」

「いや、その、綺麗な夜景ですね、と思って」

「あっ、ええ……そうですね」


 ああ、私ひとりエッチな事を考えて焦っていたなんて……恥ずかしい。


 私はあわてて、窓の外を見た。


 そこには、京都の落ち着いた街並みの光が広がっていた。


「綺麗ですね」


 そうだ。

 一泊だけの新婚旅行だからと、高級なホテルの良い部屋にしてもらったのだ。

 真穂さんと誠さんが探してくれたのだけれど、私はこんな豪華な所に泊まったことがない。

 誠さんもそうらしいけれど。


 予想していたよりも広い室内に、高級そうな調度品。


 でも、落ち着いた雰囲気で、とても心地いい。


「いいホテルですね」

「寝るだけではもったいないかも」

「ですね。明日の朝もゆっくりしましょう」

「そうですね。それがいいかも」


 そうと決まれば、次にすることは……お風呂?


 そうだ、お化粧を落として、楽な格好をしてくつろぎたい。


「お風呂どうぞ、先に入ってください」

「時間がかかりますから、誠さん、先にどうぞ」

「ゆっくり入ってください。夜はまだ長いですから。僕は本でも読んでいます」

「……そうですか。ではお言葉に甘えて」

「はい」


 私は身支度を整えて、お風呂場に向かった。



 ……何と素敵なの。


 全体が大理石調で、落ち着いた照明に……窓から外が見える!!


 あっ、憧れだった、ビューバス!


 まさかこんな所で叶うなんて。


 ……いけない、こんな所で泣いてどうするの。


 女は気安く泣いちゃだめ……でも、嬉しい。



 私はバスタブにお湯を入れて、洗面台でゆっくりと化粧を落としはじめた。


 ちょっと鼻歌なんか歌ってしまって、浮かれてしまう。


 アメニティーも素敵だし。

 ああ、こんな家に住みたい。


 私はお化粧をきれいサッパリ落として、さっさっと服を脱いで、ざっと身体をシャワーで洗うと、早速バスタブの中に身体を沈み込ませた。


 はぁ……とろける。


 何この心地よさ。


 一日の疲れとか、空腹の満たされ具合と言うか、この景色と言うか。


 全てがきっちりはまりました、とも言うべき完璧なシチュエーション。


 たまらない……、このままお風呂で暮らしたいぐらい。



 あったまるぅ……ああ幸せ……。



 そうしてぬくぬくと身体を温め、お風呂を楽しんでいた私は、いつしか意識が途絶えてしまったことに気づかなかった。



 ぐぅ……。



 ごめんなさい、誠さん。


 私はバスタブに浸かりながら、夢見心地のまま寝てしまった。



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