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部屋を決める


 その日の夜遅くに、誠さんから電話がかかってきた。


「ごめんなさい。まどかさんの意見を聞かずに勝手に決めてしまったことに、いま気づきました」


 気づきましたか……。

 でも、ちゃんと電話してきてくれて、嬉しいです。


「いえ、私も同じ気持ちですから大丈夫ですよ。でも、ちょっとびっくりしました」

「何がですか?」

「いや、同棲なんてまだまだ先のことと思っていたんじゃないかと」

「そうですね。確かに」

「じゃあ、なぜ?」

「いや……その……」


 電話の向こうで、誠さんが何となく恥ずかしがっているのが伝わる。

 見えなくても、何となく表情が思い浮かぶようだ。


「まどかさんとずっと一緒にいたいから……です」


 素直な言葉に、私まで頬が熱くなってきた。

 いつまでたっても温かい気持ちを伝えてくれる誠さんにも感謝しているが、何度聞いても胸がきゅんとなってしまう私も相変わらずかな。

 嬉しさで、ちょっとにやけてしまうのは許して欲しい。


「私もですよ。誠さん。楽しみですね」

「はい」


 驚きはあったが、今は楽しみのほうが大きい。

 二人で暮らすというのは、どんな毎日なのだろうか。



 私は早速、動き始めた。

 年末年始で不動産屋がやっているわけではないが、今はインターネットというものがあって、物件の検索ぐらいはできる。

 自分の部屋にあるノートパソコンを開いて、私は少し調べてみることにした。


 場所は大学に通いやすい所が良い。

 治安や防犯も大切だ。

 できればスーパーが近くにあって欲しい。

 値段は安くて……家賃はいくらあたりで探せばいいのだろうか。

 部屋……は、えーっと2部屋? んんっ? 同じ部屋で寝るの?

 いやいや。


 部屋を借りる件をひとつとっても、意外と考えるべき点が少なくない。それ以外にも、誰かと相談しないといけないことが多々あることに気付いた。

 とりあえず、いくつか候補をプリントアウトして、他の人の意見を聞いてみようかな。



 母に相談してみると、すっかり乗り気になったようで、真穂さんと連絡をとって新年早々にも一緒に部屋探しをすることが決まった。

 双方の母親が、子供達の同棲部屋を決めるってどうなのよ……と心のなかだけでつっこみながら、感謝の気持ちで一杯だった。

 信頼を裏切らないように生活しなくては、と改めて感じる。


 ただ、真穂さんならば、


「信頼を裏切らない、っていうのは、結婚して早く子供を見せてくれることよ」


 と言いそうで、言葉にして伝えることは控えたけれど。



 新年のお参りに、私はこの1年の無事を祈った。

 去年も大学合格に新しい大学生活など激動の1年だったけれど、どうやら今年は更にいろいろな事がありそうだ。

 こんな人生が待っているなんて、思いもしなかった。

 私はこれからの未来を想像して、ちょっとワクワクしていた。



 三が日が終わり、私達はようやく開き始めた不動産屋を訪ねた。

 何故か主導権は母二人が握っていて、誰の部屋を借りるのか解らなくなるほどだった。


「ここ綺麗で、素敵な部屋だわ」

「なんといっても大事なのは防音。外に音が聞こえないことが大切よ」

「素晴らしいキッチンね」

「オートロックがあるし、防犯性が良さそう」


 注文が増えるに連れて、何かどんどん高い部屋になっていく。

 不動産屋のお兄さんも、嬉しそうに魅力的な部屋を勧めてくるのがいけない。

 私や誠さんは不安になっていくが、お金を出してくれるのは両親なので、予算は大丈夫なのだろうけれど。


「あの……あまり高くないほうが……」


 私は思わずつぶやいてしまったら、母が笑いながら答えてくれた。


「大丈夫よ。小学校から高校まで公立で、塾も家庭教師代もかからずに大学まで進んで、しかも車がいらないと言うし。この数年間の費用ぐらいは何とでもなるわ。少しぐらい甘えなさい」


 両親というのはありがたい存在だな、と改めて感じた。

 私も誠さんも申し訳なく感じながらも、部屋は両親の好意に甘えることにした。


 最終的に3つに絞り、見学に行くことになった。



 1つ目は大学からは少し離れているが、自転車で行ける距離。

 築年数は6年でまだまだ新しい感じがする。

 オートロックもあって、防犯も悪くなさそうだ。


 部屋に入ると、母二人の歓声が上がった。


「わあ、いいじゃない」

「うんうん。綺麗だし、日当たりもいい」


 確かに南向きに面した窓からは陽がさしていて、冬だというのにほんわかと暖かい。

 全室フローリングで、綺麗に掃除されている。

 思っていたよりもしっかりとしたキッチンがあり、その1室が10畳ぐらいあってなかなか広い。

 さらに、小さな部屋がもう1つある。

 学生の部屋というよりは、新婚さんの新居という感じかな。


 そんな想像していたら、何となく頬が熱くなってしまった。

 新婚さん……ね。

 うわぁ……。


「うん。壁もそれなりに厚そうだし、防音もしっかりしてそう」


 真穂さん、いやに防音にこだわりますね。

 今の住んでいるところで何か困っているのでしょうか?


「そうですね。ここは、防犯と防音には力を入れている部屋です。今までそうしたことでの苦情は聞いていません」


 案内をしてくれている店の人が、嬉しそうに説明を加えてくれた。


「もうここで決めちゃってもいいんじゃない?」

「そうね。いいかもね」


 1つ目でいきなり母達が決めてしまいそうだったが、誠さんがようやく口を開いてくれた。


「せっかくだから、他の部屋も見ておきましょう。それに、ここはちょっと高くない?」

「このぐらいはいいわよ。でもそうね、他もせっかくだから」


 すっかりテンションが上がった母二人を引き連れて、残りも見て回ることにした。


 しかし、1つ目の印象が良かっただけに、残りの2つも悪くはないが、何となく決定打に欠ける。

 広さだとか、防犯だとか。僅かな差だけれど、それならばと1つ目の部屋に戻ってしまう。


 私もいつの間にか、1つ目の部屋での妄想が膨らみ始めていた。


 冷蔵庫は何にしようか。

 木の机がいいな。

 観葉植物もひとつぐらいは……。


 何かちょっと楽しいぞ。


「うん、1つ目で決まり。二人ともそれでいい?」


 真穂さんが笑顔で聞いてくる。

 誠さんの表情をうかがってみると、視線があってやっぱり私の表情を確かめている。

 私はちょっと笑顔を浮かべて、うなずいた。

 私の中ではすでに、あの部屋での生活が始まっていた。


 誠さんもうなずいて、母親に答えてくれた。


「はい。そうさせていただきます」


 店の人は嬉しそうな笑顔を浮かべて、


「それでは店に戻って、契約の手続きをしましょう」


 と話を進めてくる。


 年明け早々、部屋はあっさりと決まってしまった。


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