結婚式の準備
結婚式は大変だと聞いていたが、意外にそうでもなかった。
というのも、私達は「ないないづくし」と言えばいいのか。
まず、招待したい人の数が少ない。
共通の友達が多い、仕事をしていないので気を使って呼ばなくちゃいけない人もいない、それぞれの親族もあまり多くない。
結局、全員入れても50名を切ってしまいそうだ。
無理に増やそうと思うこともないし、それでいいのだと思う。
ちなみに誠さんのお父様は呼ばないことになった。
無理をさせて、何か迷惑がかかっていもいけないので、と言う事のようだ。
その代わり、二人で事前に報告に行くことにした。
私も初めてお会いするので、緊張するけれど、どこか楽しみでもある。
誠さんと似ているのかな?
将来の誠さんとか?
ちょっと想像して、ぐふぐふと萌えている。
そして、新婚旅行がない。
日程的にも長期の休みが取りにくいし、親のお金で海外旅行に行くのも、私達は嫌だった。
翌日に一日だけ京都を散策しよう、と言う話で落ち着いた。
そして、もう1つ。
新居を考えなくていい。
結婚しても、そのまま今の部屋に戻るだけだから。
籍を入れるのは、結婚式の少し前に二人で行くことになった。
修正があるといけないので、ちゃんと役所が開いている時間にした。
結婚指輪について。
実は二人とも、1つだけバイトをしている。
バイトといっても家庭教師なのだが、まあ私達らしいと言うか、得意分野と言うか。
週に一回だけで、私は女の子の、誠さんは男の子の。
しかも、同じ曜日のほとんど同じ時間にお願いしている。
そうやってほそぼそと貯めたお金で、結婚指輪を買うことにした。
ずっとはめておくものだからシンプルなものがいい、とかなり細めでほとんど装飾のないものを選んだ。
裏に互いの名前と、結婚式の日取りだけ刻印していただいた。
ある意味、月給3か月分どころではないな。
大事にしないと。
結婚式そのものもシンプルだ。
父から言われた「感謝の気持ちを伝える」ために、私達は料理がおいしい所を考えた。
いわゆる結婚式場ではなく、私達も食べてみて「美味しい」と感じたレストランを貸切ることにした。
そうすると、キャンドルサービスもお色直しもないけれど、代わりにそれぞれのテーブルに行って、話をする時間を十分にとることができた。
来ていただいた何名かにお話をいただいたり、父や誠さんだけでなく、私もみなさんに向けて話をすることにした。
エンターテイメントは無いけれど、アットホームな雰囲気と、話を大事にしてみたのだ。
さて、みなさんに喜んでいただけるだろうか。
そして、衣装合わせ。
私は産まれて初めて、ウェディングドレスというものに袖を通した。
何だろう、この感覚は。
「綺麗!」
一緒に来てくれた真穂さんが、本当に嬉しそうに言ってくれた。
恥ずかしながら、鏡に写る自分の姿を見て、私もそう思ってしまった。
衣装のためだと思うけれど、何となくいつもよりは自分もちょっと可愛く見える。
ただ、いわゆるAラインというスタイルなんだけど、これだと肩とか首元とか露出が多くて、その……胸が……。
「まどかちゃんは胸が大きいから、すっごい似合ってる」
エロっぽくないですか? 大丈夫ですか?
幸か不幸か、胸は高校時代と比べて更に成長してしまった。
やっぱり高校ほどは運動していないのが原因だろうか。
まさか、よく揉んでもらっているからではないよね。
結婚式までに少しダイエットしなくちゃ。
マーメイドとか、プリンセスとか、いくつかのスタイルを試したが、結局シンプルなものに落ち着いた。
何となく、それが自分に一番合っているような気がした。
髪型や髪飾り、ブーケなど、決めることは多い。
全体的にグリーンとオフホワイトが基本の色合いとなる。
真穂さんが私以上にウキウキしてくれていて、私は思わず言ってしまった。
「真穂さんが楽しそうで、私も嬉しいです」
それに対して、真穂さんがその理由をこう説明してくれた。
「私がほら、結婚式を開いていないから」
あっ……そうだった。
「ごめんなさい」
私は思わず頭を下げて謝る。
でも、真穂さんはまったく気にした様子ではなくて、笑って私の手を取る。
「この歳になって、今更ウェディングドレスを着たいとは思わないわ。似合わないし。でもね、まどかちゃんが着てくれると、何となく自分のことみたいに嬉しい」
「真穂さん……」
「まどかちゃんはほんとうに可愛いし、綺麗だし、スタイルがいいし。ウェディングドレスを着ている姿を見て、なんかもう感動しちゃって」
私は何となく胸が苦しくなってしまった。
「有り難うございます」
真穂さんが取っていた私の手をぎゅっと握ってくれた。
「私の方こそ。息子を選んでくれて、私の娘になってくれて、こんな綺麗なウェディングドレス姿を見せてくれて、本当に有り難う」
「…………」
「あなたでよかった。安心してあの子を任せられる。これから私の代わりにお願いね」
夫もいなくて、息子と二人ぐらしの生活を19年。
多分、いろんな苦しいこともあったと思う。
それでもきっと誠さんには弱音を吐かずに、乗り越えてきた、守ってきたのだろう。
誠さんを心の支えとしながら。
私は浅はかだった。
同棲を勧めてくれた時、そんな寂しさや決意を抱えていたなんて、思いもしなかった。
今、一人の生活でどれだけ寂しいかなんて、想像もしていなかった。
私が一人で泣いた時間を、真穂さんはどれだけ重ねてきたのだろう。
私は、泣けてしまった。
何だか、泣けて泣けて仕方がなかった。
気付いたら真穂さんまで泣き出していて、衣装合わせのお店の中だというのに、私達は抱き合って泣き続けてしまった。
店員さんは少し困ったような顔をしていたけれど、黙って席を外してくれた。
「まどかさん? 母さん?」
別の部屋で衣装合わせをしていた誠さんがやって来て、何が起きているのか理解できずにおろおろしている。
でも、いいの。
今は、今だけは、誠さんより真穂さんが大事なの。
大事な、大事な、私の新しいお母さん。
一人で寂しい思いを抱え込まないで欲しい。
家族が増えたのだから、寂しさも悲しさもみんなで抱えれば重くないから。
きっと。
真穂さんが優しく頭を撫でてくれるから、私も思わず真穂さんの背中をさすってしまった。
「これから……宜しくお願いします」
「私の方こそ。宜しくね」
私達はそっと離れて、視線を合わせた。
何となくお互いに恥ずかしくて、笑い顔になってしまう。
うん、泣き顔より笑顔のほうがいい。
「えーと……」
「ああ、まだいたの? ああ、いいんじゃない、それで」
「……それだけ?」
「男の衣装なんて、別に面白くとも何ともない。着ていてればいいのよ。花嫁をひき立てれば十分」
あまりの対応の差に、私は隠れて「くくくっ」と笑ってしまった。
実の息子の晴れ姿ですよ、真穂さん。
「誠さん、格好いいですよ」
誠さんもオーソドックスなタキシードで、よく似合っている。
高校の時よりも体格がしっかりしてきていて、男らしいと言うか。
「まどかさんも似あっています」
「有り難うございます」
「こんな綺麗なお嫁さんもらって、誠も幸せね」
真穂さんの言葉に、誠さんも私を眺めながらうなずいている。
店員さんもお世辞だろうけど、一緒になってうなずいてくれて、私のほうが恥ずかしくなってきてしまった。
さあ、結婚式の用意はこれでほとんど終わった。
まだ招待状の発送とか席順とか、細かいところはまだまだあるのだろうけど、ウェディングドレスを着てみて、心の準備が整ってしまった。
誠さんと結婚する。
それに真穂さんと家族になる。
それがとても自然なことのように、心に落ちたのだ。
当日はどうなるのだろう。
私はだんだんとその日を楽しみにし始めていた。




