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両親への報告


 スーツを着た誠さん。


 その向かいには、緊張した面持ちの父。


 ……何とも言えない緊張感です。




 数日前、私は母に「今度の日曜日。誠さんと挨拶に行きます」と話した。


 わずかな沈黙の後、


「ふふふ……解ったわ。待ってる」


 と、母は不気味な笑い声を残して電話を切った。


 母、いつもとキャラが違います。


 ただ、それですべてが通じたようで、いまのこの状況となっていて。


 額からうっすらと汗が見える誠さん。

 向かい合い、腕を組む父。


 横で落ち着かない私。

 一人はしゃいで料理を作る母。



 なんとも言えない緊張感と沈黙に、助け舟を出したい気持ちになるけれど、ここはひとつ誠さんに頑張って欲しい。


 誠さんを見ると、喉元まで言葉が出かかっているのがわかる。

 でも、父の硬い表情を見て、言葉を出せずにいるようで。


 同棲を許可してくれた時点で、父も決して誠さんに反対ではない。

 でも、娘を嫁に出すには早すぎる、という思いもあるはず。


 駄目、とは言わなくとも、素直に祝福してくれるかどうか。



 ……ああ、何か誠さんの緊張が私にまで伝わってきた。



 思わず握った手に汗をかいてしまった。


 それなのに、なんで母はあんなに陽気に鼻歌を歌っていられるのかな……。


「まっ…」


 おっ?!


「まどかさんとっ!!」


 わっ、誠さんがしゃべった!


 よし、行け! 誠さん!



「まどかさんとっ、結婚させ……させて下さい」


 ちょっと噛んだ!

 でも言った。言い切った。



 誠さんが深く頭を下げると、額の汗がぽとりと机に落ちた。


 その一生懸命さに、私はちょっとだけ胸がきゅっとなる。


 有り難うね、誠さん。



 父は黙っていた。


 なかなか一言をかけてくれなかった。


 言おうとはしている。

 でも、言いづらそう。



 ぱこーんっ!!



 場違いな音に、何事かと見てみたら、母が父の後頭部をはたいていた。


 父も思わず振り返り母を見上げると、母は目だけで「早く返事するの」と脅していた。

 やっぱり母、いつもとキャラ違います。


 父はため息をつきながら、渋々といった様子でつぶやいた。


「解った……娘をよろしく頼む」


「はい!」


 おおぉっ! クリアしました。

 母の一撃のせいで何となく感動が薄れてしまったけれど、でも1つ目の挨拶が済みました。


 1つ目……というのは、実はすぐそこに真穂さんも座っているわけで。


「どうせなら一度で、全てをすませましょう」


 と母は、それぞれの両親への報告だけでなく、家族の顔見せまでやってしまう、という荒業に出ていた。


 と言うことは、次は私の番、ということかしら。


 えーっと、この場合は何ていうの?


 息子さんを私に下さい……ではないよね。


 嫁がせて下さい。でもないか。


 あれ?



 私が悩んでいる横で、誠さんが一言。


「母さんは、もちろんいいよね」


「当たり前じゃない。大歓迎よ」


 と話をあっさり進めてしまった。


 ここに緊張感はなかったのね。



「よっ、よろしくお願いします」


 私は何はともあれ、真穂さんに頭を下げる。


「こちらこそ。ようやくまどかちゃんが本当の娘になってくれて、私も嬉しい!」


 真穂さんが私の手を取って、喜んでくれた。


「私も嬉しいです。有り難うございます」


「まさか自転車の縁からここまで来るなんてね」


 そうだ、真穂さんの自転車のチェーンが外れたのが、そもそものきっかけだ。

 私も忘れかけていたけれど、あれが無かったら出会いはなかったのかも知れない。

 本当に人の出会いって運だったり、縁だったり、不思議だ。


 誠さんと本当に結婚することになるなんて、最初は思いもしなかった。

 時を重ね、言葉を重ね、経験を重ねる中で、この人と一生いてもいいな、という思いが芽生えた時、結婚という言葉を意識した。


 それはあの、クリスマスイヴに指輪をもらった時かも知れない。

 私はあの時、初めて結婚というものを意識して、そして嬉しいと思った。

 それからだいぶ時が経ってしまったが、結局誠さんも私もその思いが変わることはなかった。

 だから安心して、一歩を踏み出すことができる。


「おめでたいけれど、これからが大変よ。結婚式の準備、手伝うけどいろいろと決めなくちゃね」


 大変と言いながら、母はどこか楽しそうだった。


「まだ学生だから会社の上司や来賓を呼ばなくてもいいし、二人らしくやりなさい」


 真穂さんが優しく助言してくれた。


「学生らしく慎ましく、いままでお世話になった人達に感謝の気持ちを伝えなさい」


 父が静かに考えを伝えてくれると、誠さんが


「はい」


 と返事をした。


 誠さんも父親が出来てどこか嬉しそうなのは、きっと私の気のせいではないはず。


「まどかちゃんのウェディングドレス姿、楽しみ。そうだ、試着は一緒に行かせて!」


 真穂さんが嬉しそうに聞いてくるので、私は


「もちろんです。お願いします」


 と返事をした。


 ウェディングドレスか……。

 ちょっとワクワクする。

 昔はズボンばっかりだったのに、私も女の子だな……。


 誠さんはタキシード?

 似合いそうだけど、もしかしてウェディングドレスの方が似あったりして。

 あっ、いけない。

 想像したら笑えてきてしまった。


 私の笑顔を、たぶん勘違いしている誠さんが手を握ってくれた。

 互いに視線を合わせると、ほっとした表情の誠さんにも笑顔が戻っている。


 そうだね。

 大変かもしれないけれど、いろいろ楽しみだ。


 これもまた勉強しながら、良い結婚式を一緒に楽しみましょう!


 ねっ、誠さん。




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