40.夏祭り 後編
(はぁ……私、何してるんだろう)
沙織ちゃんから今日の事については軽くしか聞いていないけど、どう言う意図があるのかは流石に分かっている。でも、どうしても決勝戦後のあのシーンが頭に浮かんでしまって彼の顔をマトモに見られない。
自分から告白しておいて、その返事を恐れて逃げ回るなんて失礼にも程があるのに………。
『俺、あの子と付き合う事にしたんだ』
なんて言われたらもう耐えられない。考えれば考えるほど悲観的になっていく自分が情けない。
(どんな結果でも受け入れるって覚悟したじゃない。うん、しっかり向き合おう)
少し落ち着けたかな。みんなの所に戻ろう。そう思って歩き出そうとした際、すぐ近くに人がいた事に気が付かずぶつかってしまった。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?……っ!」
「あぁ、大丈夫…………あれ、四条?四条じゃね?」
「マジ?これがあの四条?めっちゃ可愛くなってんじゃん!」
どうしてこの2人が、こんな所に………!もう関わる事は無いと思っていたのに。忘れられたはずだったのに。
明らかに染められた似合わない茶髪にピアス。ニヤニヤとした軽薄そうな笑みと態度。全てが嫌悪感を掻き立てる。
「久しぶりだなぁ!……お前があの時高橋の奴に泣きついたせいで大変だったんだよなぁ。親にもボコボコに怒られてさぁ」
「お詫びとして俺達と遊ばねー?そしたら昔の事は水に流すからさ!ほら!」
「や……っ!」
腕を掴まれて強引に引っ張られる。振り解きたいのに、体が動かない……!
(助けて、高橋君!!)
不意に、私を掴んでいた手が緩んだ。何があったのかと目を開ける。すると、今まで見たことがない程の怒りの形相を浮かべた高橋君が、2人の手を捻り上げていた。
「お前ら、相変わらず最低だな」
「「あぁ!?」」
「嫌がる女の子を無理やり連れて行こうとしておいて、何が水に流す、だ。それはやられた側が使う許しの言葉だ。間違ってもお前らみたいな加害者が使っていい言葉じゃねえよ」
「チッ…正義の味方気取りかよ。くだらねぇ」
「気取りじゃねぇ、俺は四条の味方なんだよ。分かったら失せろ。二度と目の前に現れるな」
流石に敵わないと思ったのか、掴まれた手首をさすりながら彼等は去って行った。それと同時に、緊張が解けたのか力が抜けて倒れそうになった所を、高橋君は優しく支えてくれる。
「大丈夫か、四条?」
そう言って心配そうに顔を覗き込んで来るが、あまりにもカッコよくて直視できない。我ながらなんとチョロいことか。
「うん……おかげさまで平気だよ。ちょっと、怖かったけど。それよりも、どうしてここに?」
もしかして、私を心配してくれたのだろうか。そうだったら嬉しいな。
「その…えっと……2人で花火が観たいなと思って」
照れたように目を逸らしながら言われた台詞にフリーズしてしまう。
「私と、2人で?だって、あの後輩の子と付き合うんじゃ………」
「えっ?」
「えっ?」
《晴樹視点》
まさか、あの時の告白を四条に見られていたとは。つまり今日のアレは、俺があの子と付き合うことにしたから振られるんだと不安がっていた、と。
これは俺の落ち度だ。まだ返事もキチンとしていないのに、あの子に押し切られ連絡先まで交換していたら不安になって勘違いされるのも仕方がないかもしれない。
そのせいで四条は一人になり、怖い思いをさせることになった。もうそんな思いをさせたくない。問題は、どう伝えるかだが……
『これより、花火の打ち上げが始まります。まずはプログラム◯◯番、スターマインです』
しまった、もうそんな時間か!今からあいつらの所に戻る時間はないな。ちょっと計画と違うかもしれないが、仕方ない。
「四条。あそこに座って、一緒に花火観よう。………嫌か?」
「嫌なんてそんなことある訳ないよ!」
本当は別の場所で見る予定だったんだが、図らずもこの場所からでも綺麗に林が開けた部分に花火が上がり始めたので結果オーライだ。
「うわぁ……凄い。こんなにしっかり花火を観るのって初めて」
そんな風に花火に夢中になっている四条の横顔はなんだか幻想的で………俺は花火に集中出来なかった。
⌛︎⌛︎⌛︎
「めちゃくちゃ綺麗だった。俺、見惚れちゃったよ」
「うん、すっごかったよね!途中で上がった色んな柄が広がる花火が特に好きだったな〜」
もしかして今、いい感じなんじゃないか?よし、こういうのは勢いだ!行ってしまえ俺!
「違うよ。俺が綺麗だって言ったのは、四条の事」
「ふぇっ?」
ああああ!ちょっとクサかったかな!?四条がぽかーんとしてる!でももう止まれない、なるようになれ!
「花火に夢中になってる四条が綺麗で、可愛くて……花火の方を観れなかった。四条に見惚れてたんだ。四条、君の事が好きだ。俺と付き合ってくれ!」
よしっ、言えた!本当はもっと色々と言いたい事があったんだけど……上手く言葉に纏められず。だから細かい事は考えずに全力ストレートで言うしかなかった。
…………あれっ、いつまで経っても返事がない。何か間違えてしまっただろうか?
「四条……?どうし——」
不意に、四条の頬を一筋の涙が伝った。こんな時なのにその涙すら綺麗だと思ってしまった。だが、すぐに我に帰る。
「ちょっ、四条!?どうした?体調でもうわっ!?」
放心していたかに見えた四条が、突然俺の胸に飛び込んできた。
「ねぇ、さっきのって本当?ほんとにほんとにほんと?嘘じゃない?」
「嘘なんてつかないよ。俺は、四条瑠璃の事が大好きだ。俺のそばに居て欲しい」
何かもう今ならどんな恥ずかしい台詞も大真面目に言えそうだ。後で悶える事になるかもしれないが!
「やった……やったぁ…!!こんな日が来るなんて夢みたい……はっ、もしかして夢!?実は目が覚めたら中学1年の夏で、病院のベッドで」
「夢じゃないよ、現実だ」
「じゃあ……証拠」 「へっ?」
「夢じゃないって証拠……見せて欲しいな」
そう言って四条は少し離れて目を瞑り………何かを懇願する様に顔を近づけて来た。
(これってもしかしなくても……アレだよな?えっ、いきなり!?)
不安に思ったのか、四条はさらにズイッ!と顔を上げてくる。よし、ここで引いたら男が廃る!覚悟を決めた俺は四条の頬に手を添え…………うわ、ほっぺすべすべ…ってそうじゃなくて!
「っ!」
四条の額に、キスをした。いきなり唇にするなんて無理だぁぁ!!
「もう……意気地なしっ。でも、夢じゃない、現実だ。本当に嬉しい………私も大好きっ。えへへっ、幸せ…!」
最高の笑顔で俺の胸に飛び込み、それから泣きじゃくる四条の頭を………俺はずっと撫で続けた。
『ううっ。良かったね瑠璃ぃぃ!おめでとぉぉぉ!』
『ちょっなんでお前まで号泣してんだ沙織っ!もう少し声抑えないと晴樹たちにバレるぞっ!』
ビクッ!
俺も四条も、同時に気付く。もしかして………全部、聞かれてた?
「おい、まさかお前ら……聞き耳立ててたわけじゃあるまいな?」
「えへへっ。その……ごちそうさま?」
「もうやだぁっ!沙織ちゃんの馬鹿っ!!!」
顔を真っ赤にした四条は恥ずかしさのあまりか俺の胸に顔まで押し付けるようにして隠れてしまう。
正直………めっちゃ可愛い。この件は水に流そうじゃないか清水、グッジョブ。
「おーおー、これ見よがしにイチャイチャしちゃって羨ましグペッ!」
とりあえず光は殴る。今度はお前に恥ずかしい思いさせてやるからな覚えておけよ……!
《梨乃視点》
今日は瑠璃姉が夏祭りに行ってるらしい。前から家事とかで忙しくて殆ど行った事がないから、楽しみにしてるのが見て分かった。行けなかったのは主に私のせいなんだけどね。
………以前、少しでも手伝おうと思って料理をしたのだが、大失敗して暗黒物質を完成させてしまって以来『大丈夫、今度一緒にお料理しようね』と言われて厨房に一人で立たせてもらえないのだ。
おっ、玄関の開く音がした!瑠璃姉が帰ってきたみたい!
私はデートもとい夏祭りがどうだったのかからかいに行こうとして、躊躇した。
(…………もしかして、泣いてる?)
すすり泣くような声と時々聞こえる鼻を啜るような音。覗き込むと、浴衣から着替えもせずにベッドに蹲っている。
(まさか、高橋くんにこっぴどくフラれた!?それとも他に何か……!)
もしそうなら今度こそ私の出番だ!と思い部屋に突撃する。
「瑠璃姉!どうしたの!何があったの!?」
「梨乃?あのね……高橋君が、高橋君がねっ」
やっぱりそうだった!一体何をされたって言うの!?事と次第によってはいくら高橋くんといえど許さないよ……!
「私の事、大好きだって!ずっとそばに居てくれって!えへへへ……」
「はぇっ?」
なんじゃそりゃ!!よく見たら泣いてるけど笑ってるし!まさかただの嬉し泣き!?
「それにね……おでこにだけどキスもしてくれたの!思い出すだけでニヤケちゃう…」
私の心配は何だったのでしょうかお姉様。……って、キス!?あのヘタレっぽい高橋君が、おでことはいえ自分から!?大進歩じゃん!
「そっかぁ〜!漸くそこまで漕ぎ着けたんだね。全くもう、焦ったいったらありゃしない!良かったね瑠璃姉っ」
そっか、そっかぁ………。私が想像してたよりもっともっと幸せそうで良かった。やっぱり高橋くんはやる時はやる男だと思ってたよ私は。
私は自分の部屋に戻り、枕に顔を埋める。
もう二人を阻むものは何も無いはず。お互いがお互いを大好きだから、ずっと離れることはないんだろう。
こうなるのは時間の問題だって分かってた。可能性なんて最初から無かったことも。
(………儚かったなぁ。私の初恋)
私だって王子様みたいにカッコいい高橋くんの事が好きだった。でも、瑠璃姉の思いを知ってる私が邪魔するなんて出来ないもん………グスッ。
大丈夫、瑠璃姉が幸せそうならそれで良いんだ。私は全力で応援するから。明日からはまたお調子者の梨乃ちゃんに戻るから………。
今日だけは、少しぐらい泣いても良いよね?




