37.決着と誤解
決勝戦当日。前日までは早く戦いたいとそわそわしていた為、当日にはどんな心境になるのか不安でもあったが、いざ球場入りして見れば驚くほどに落ち着いている。
試合前のブルペンでも、先輩の構えたミットや動きがよく見える気がした。
ズドン!といつもより数段重そうに感じる捕球音を響かせ投球練習を行う。
「痛ったたたた……!今日のお前は一段と気合入ってるな。ボールが重くて手が痺れて堪らん」
そんな事を言いながらも、ボールが収まると同時にピタッとミットが静止するんだから流石だ。
「絶対に負けたくありませんからね。去年の借りも返さないと」
「思ったより冷静だな。移動の最中やけに口数が少ないから、緊張でもしてるのかと思ったが大丈夫そうだな」
「ただ集中しすぎて無言だったんですよ。調子も最高だし、後は当たって砕けるだけです」
「いや、砕けたらダメだろ……」
「冗談です。当たって粉々に砕いてやりますよ」
「まったく頼もしい後輩だな、本当に。さ、試合が始まる。整列するぞ」
『これより、青城高校 対 星道高校の試合を始めます。両校、礼!』
(ん……?何か、視線を感じる)
ふと顔を向けると、光がこちらを見ている。しまったな、気づかなくて無視したみたいになっちゃったよ。
まぁいい、打席で嫌というほど向かい合える。まずは1回の攻撃に集中しよう。
《光side》
(ちっ……晴樹の奴、俺の視線にまったく気づいていやがらねえ。俺との対決、天城との因縁、チーム同士の雪辱。それらを含めてもっと前のめりに燃え上がっているもんだと思ったが)
ところが、冷静も冷静。挑発的な視線に目もくれず、目の前のことに集中と言わんばかりにベンチに戻っていく。こちらも集中しなければ。そう思いながら守備に着く。
「おい、天城。油断するなよ。初回から厳しく攻めろ」
「分かってるよ。君こそ、ちゃんとリードしてくれ。知り合いだからって手抜きとかは無しで頼むよ?」
ふてぶてしい態度とあの件の嫌悪感が合わさり、かなりイラッときたが捕手がキレる訳には行かない。
要求通りのコースに球が来ず、球数が少し多くなったものの初回はなんとか三者凡退。
(ひとまずは良い滑り出しだ。後は先制点を取ってリードを…とれ、れば………)
マウンドに上がり、投球練習を始めた晴樹を見て、言葉を失う。
かつては何百球も自ら受け、少し前にはすぐ近くで見たこともあるはずの投球……それよりも遥かに威力のあるボールと、晴樹の表情。
それを見て、焦りを覚える。
(ヤバすぎる……こんなに成長してやがんのか、コイツ!こりゃ得点どころかランナー出すのも一苦労だぞ……!)
その考えを肯定するように、3連続三振で1回裏の攻撃が終わる。あまりの勢いに、あの天城でさえ引きつった表情を浮かべている。
何としても先制点は防がないと、取り返しがつかなくなりそうだ。
――――――――――――――――――――――――
初回は三者凡退に終わったものの、2回表の攻撃では4番の樋口先輩が初球を捉え、ツーベースヒット。そして、俺の打順が回って来る。
(さて、どうくる?ランナーを進めたくないはずだから、内角を攻めてくるか?)
俺がこの打席で果たすべき役割は、最低でも1アウト3塁を作る事。つまり、フライは厳禁だし、内寄りの球を打ち損じてボテボテの内野ゴロなんかは最悪だ。
初球、やはり内角低め直球。その後ボール球から再度内角の直球で追い込まれる。
次も内角で決めにくるか?
(っ!?外のスライダー!?く……っ!)
カツッ!
何とかバットの先に当てたものの、弱めのライナーがライト方向に飛ぶ。完全に裏をかかれた…!
しかし、運良く飛んだ所はライトとファーストの間。スタートを切っていたランナーが生還し、先制点を挙げることが出来た。
その後はダブルプレーでチェンジになったが、先制点を取れたのは大きい。
すると、天城がベンチに戻るフリをしつつ、俺に耳打ちしてくる。
(負け犬が……大人しく引っ込んでれば良いのに)
……??ヒット打たれた後に挑発されてもなぁ?昔の俺なら冷静さを失ってたかもしれないけど。でもまぁちょっとイラっとは来たけどな。てか挑発するならそのぎこちない笑顔やめろよ。
次の回こいつに回る。目に物見せてやるからな。
2回裏の守備。先頭打者は光だ。4番キャッチャーなんて、カッコいいじゃないか。長打で得点圏にランナーを置きたくない為、外の変化球で追い込み、最後は内角高めの釣り球で空振り三振に仕留めることが出来た。
(1打席目は俺の勝ちだな、光?)
(次は打ち返してやるよ、晴樹)
目線だけで言葉を交わすように意思が伝わってくる……次も打たせないよ。
5番打者をショートゴロに打ち取り、6番の天城が打席に立つ。
中学の時はバッティングも良かったが、今は下位打線にいる。投手だからなのかは知らないが……あまり怖い打者ではない。もちろん、油断はしないが。
外の直球2つで追い込んだ後の決め球には、あの日から新しく覚えたシュートを。
(ある意味、お前のお陰で増えた武器と言えなくもないよな………)
「っっ!」
ガッ!!
思い切り胸元に決まったシュートを、天城は完全にバットの根元で打ち損じた。
一塁へ走る天城の顔が歪んでいるのは、屈辱か、手の痛みか。………まぁ、両方かな。投球に影響しないといいな?
だが……やはり手の痺れから制球が定まらないのか、四球を度々出しながらボール先行の投球が続き出す。
光やバックも何とか盛り立てようとするが、投手の一人相撲だけはどうにも出来ない。そして、5回の表の俺の打席、その初球だった。
(甘めのスライダー……!もらった!)
カキィィィン!
鋭い打撃音が響き、ボールはレフトスタンドに吸い込まれていった。ソロホームランではあったが、我ながら完璧な手応えだったな。
(にしても……すっぽ抜けか?殆ど曲がらなかったからな)
これで6-0。向こうも後がないと悟ったのか、投手交代のようだ。やっとあいつを引き摺り下ろせた。
ベンチには下がらず外野の守備につくようなので、後は完璧に心を折らせてもらう。
その後も得点を続け、8回までに9-0の大量リードを貰った状態で9回裏の守備に入る。
リードを貰ってるとは言え、打順は3番から。油断してランナーを貯める訳には行かない。
先頭の3番打者を三振に取り、4番の光との対決。ストライク2つで早くも追い込み3球目。外一杯のシュートだったが……
バシッ!
強く転がった打球は三遊間を抜けるヒットに。
(くそ、やっぱ読まれてたか。それでも打ち取る自信があったんだけど)
レフト前ヒットを打たれてしまったが、当の光自身は苦虫を噛み潰したような顔をしている。この試合初のヒットが最終回だからな……打たせる気は無かったから俺もちょっと悔しい。
気を取り直して向かう5番打者は初球を打ち上げファーストフライ。そして、最後の打者は天城隼人。
ここまでの成績は、3打数ノーヒット2三振。投げては5回6失点でノックアウト。ボロボロと言っていいだろう。
最後にこいつを打ち取って終われるなら悪くない。そう思ったが………球の見逃し方がおかしい。まさかこいつ……!
『ストライク!』
やっぱり!この野郎、既に戦意喪失してマトモに打つ気がねえ!くそ、人にトラウマと屈辱を与えといて勝手に落ちぶれてんじゃないよ!
結局、ストレートの見逃し三振でゲームセット。俺はこんな奴に負けて、まんまと彼女を取られたのかと思ったら情けなくて泣きたくなった。
(でも、そのリベンジの為に気合入れてここまで来て、甲子園に行けるんだ。悪い事ばかりじゃなかった)
『気を付け!礼!』
『『『応援あざっしたぁ!!』』』
スタンドの応援団に向けて挨拶をする。ふと視界の端に、四条が見えた。何と、涙を流しながらブンブンと必死に手を振ってくれている。手を振り返すと、泣き顔から笑顔に変わるのが、凄く可愛い。
(そうだ、挨拶終えたらすぐに返事をしに行こう)
「高橋ぃ!やりやがったなお前!本当に一人で完封しちまうなんてよ!」
「僕等だっていつでも行けるように準備してたのにさ。さては君、僕等のこと信用してないね?」
「そんな事ないですって。バックに助けられた場面も多かったですし、何より2人が後ろに居てくれるから全力で投げられたんですよ」
これは本心だ。流れを掴んでいれば、終盤で交代しても大丈夫だと思ったから飛ばしたんだし。
「「どうだか」」
酷い。あわよくば完封狙ってたのも事実だけどね。
そんな話をしていたら、別の先輩から声をかけられた。
「おーい高橋ー。何かお前のこと呼んで欲しいって子が外にいるらしいぞ。あんな可愛い子に呼ばれるなんて、モテる男は良いなぁ」
可愛い子…?四条か?わざわざ来てくれたんだろうか。待たせたら悪いし早めに向かおう。
外に出てそれらしき人を探してみると、球場の選手用の入り口の所に見覚えの無い女の子がポツンと立っていた。
「ごめん、俺の事を呼んでる人がいるって聞いて探しに来たんだけど、もしかして君?」
えらく緊張してるみたいだけど………まさか。
「ひゃいっ!私、1年の木下って言います!あのっ、さっきの試合、カッコ良かったです!一目惚れしちゃいましたっ!付き合ってくださいっ!」
「ええっ!?」
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《瑠璃side》
「〜〜〜〜♪」
高橋君、凄かったなぁ………感動して思わず泣いちゃったよ……。それに、絶対この試合に勝って告白の返事をする、なんて!
嫌ってて断るならあんな事言わないよね?ちょっとくらい期待してても良いよね!?そしたらもう遠慮しなくて良いんだもんね!
誰にはばかる事もなくデートしたり……あんな事やこんな事も……えへへへへ……
そんな妄想をしながら歩いていると、彼の姿を見つけた。慌てて駆け寄ろうとしたが、その光景を見て足が止まる。
(見たことない女の子……知り合い?でもそんな雰囲気じゃないよね。まさか……)
その予想に反さず、良く通る声で女の子が言う。
『一目惚れです!付き合ってくださいっ!』
嘘でしょーっ!?確かにカッコいいのは認めるけどいきなり告白なんて大胆すぎない!?
あわわわわわ、と自分の事を棚に上げて慌てる私。
彼も困惑していたようだが、漸く口を開く。
『………は…嬉しい…ど………ね』
照れているからなのか、女の子の声が大きすぎるだけなのか、良く聞こえない。が、確かに嬉しいと聞こえた。しかもその後、どうやら連絡先を交換しているようだ。私はしばらく聞けなかったのに……!
「そんなぁ……そんなのって、酷いよぉ…」
そんな不誠実な人じゃないと分かってるはずなのに、頭が真っ白になっていた私は最悪の誤解をしたまま、咄嗟に走り去ってしまった―――――――――




