34.抑えきれない
やっぱり、高橋君はとても凄い人だった。
彼にとって、私にとって大きな分岐点あるいは新たな出発点になるであろう夏季大会の県予選、その1回戦。
普段と変わらない、安心感を周囲に与えるような笑顔でマウンドに上がる彼。しかし、一度試合が始まれば途端に表情が一変する。
刃物のような鋭さのある真剣な表情で、並いる打者へと躊躇いなく向かって行ったかと思えば、エラーをした野手にも気負わぬ優しげな笑顔で励ましの言葉を送る。
ピンチを迎えれば、打ち返せる物なら打ってみせろと言わんばかりの気迫を見せて打者を圧倒し、自信に満ちた笑顔でベンチに戻る。
全力で勝利を目指しながらも本気で試合を楽しむ。それを同時になし得る実力と、取り戻した自信。
普段の生活での、ある意味のほほんとした姿からは想像できない凛々しさに釘付けにされてしまう。
結局、1回戦は5回コールド勝ち。所謂圧勝と言うやつだ。順調なのは喜ばしい事なのだが………
(もっと高橋君が投げてる所、観たかったな)
それに、野球をしている彼が一番輝いていて素敵だな……そんな事を考えていると…。
『ねぇねぇ、さっき投げてたエースの人、凄くカッコよくなかった!?』
『わかるー!球とかちょー速くてヤバかったよね!』
『でも、ベンチに戻るとき転びそうになって恥ずかしそうにしてたのも可愛いかったなぁ……』
むむっ……。制服姿の女の子が恐らく彼のことを話しているであろう声が聞こえてきた。今日試合のあった高校の応援だろうか。わざわざ球場まで試合を観に来ると言う事は野球、あるいは野球選手に好意的な子達なのかもしれない。
『うんうん、試合中はカッコいいのに、普段はちょっと抜けてるなんてギャップがたまんない!』
『それに、凄く優しくしてくれそう!彼女とか、居るのかな?』
『いてもおかしくないけど……声かけに行ってみない!?優しい先輩彼氏なんて、女の子の憧れだよ!』
(ダメーーッ!……って、別に私の彼氏じゃないもんね…そんな権利ないよね…)
高橋君の実力や魅力が理解されて人気になるのは嬉しいはずなのに、素直に喜べない自分が悲しい。
(それに、自分の事を慕ってくれる後輩彼女って……もうめちゃくちゃに甘やかして可愛がられそうで羨ま……妬ましい!)
あーでもないこーでもないと悶々としながら帰路に着く私であった。
それから数日後の夜。未だに何とも言えない不安と言うかモヤモヤと言うか、そんな感情に悩む私。そんな心境を知ってか知らずか梨乃がとどめの一言を投げつけてきた。
「ねぇ瑠璃姉!こないだ高橋君投げてたんだって!?しかも圧勝!」
「う、うん。凄かったよ。この調子なら甲子園だって………」
「そう言う話じゃないよ!沙織さんから聞いたんだけど、高橋くん、かなり人気あるらしいよ!?」
それはそうだろうなと自分でも思う。将来有望な優しいイケメンがモテないはずがない。
「そっ、そそそそうなんだ。凄いなあ高橋君!」
「分かりやすく動揺してる場合じゃないよっ。色々と事情があるのも分かるけどさ、あんまりウカウカしてるとポッと出の子に奪われちゃうかもよ?」
理解はしていたが、改めて突き付けられたその事実は大いに私を焦らせる。でも、どうやって伝えれば………答えは出ないまま、時は流れて行った。
その後も青城、星道両校ともに順当に勝ち進んで行った。残念なことに、2.3回戦では彼がマウンドに上がる事は無かった。
エースナンバーを付けてないとは言え、他の投手も引けを取らないくらいに気迫の投球を見せていた。多分、最終回に出てきた人が例の先輩なのだろう。怪我の影響を感じさせない、安定した投球で試合を締めくくる。
そして、続く準決勝の先発は高橋君。6回までを無失点で抑え、リードも6点あるのだが……投手交代のようだ。
(いい調子なのに、どうして?……あっ、次の試合を見据えて休ませようって事かな)
しかし、何かあれば再度マウンドに上がれるようにだろうか?ベンチには下がらず、ライトを守るようだ。
頭の中の想いを整理するために、あえて少し離れた外野側にいたのに……!直ぐ目の前で守備についた高橋君。
ふとこちらに気づくと、何かを気にするように周りを見てから、少し恥ずかしそうに、控えめに手を振ってくれる。
(〜〜〜〜〜っ!もしかして、私に?)
きっと、手を振り返す私の顔は湯気が出そうなほど真っ赤になっている事だろう。我ながら単純な物だと思う。ただ知り合いに手を振った、たったそれだけのことなのに、どうしようもなく嬉しくて、愛おしい。
あの人の隣で知らない誰かが笑っているのを想像するだけで、胸が苦しくなる。
悩んでいた所にあんな仕草をされてしまったら、もう抑えきれなくなってしまった。あの笑顔を、私だけに向けて欲しい。あの人の隣で、笑っていたい。
だからその夜、気づけば彼にメッセージを送っていた。もう、後戻りは出来ない。自分なりの言葉で、自分の想いを全て伝えよう。そう決意する。
【明日の夕方、バッティングセンターに来てもらえないかな?少し、お話ししたい事があるの】
【うん、良いよ。元々行くつもりだったから!いつも通りに顔出してから待ってれば良いかな?】
【そうだね。明日は高橋君が来る頃にはお仕事も終わると思うから、一緒に帰りたいな】
【了解!それじゃあ、また明日ね!今日は(も?)応援に来てくれてありがとうな!】
彼はきっと私の気持ちに気付いてはいないのだろう。それ以前に、まだそんな事を考えている余裕は無いのかもしれない。
だから、どちらかと言ったら上手くいかない確率の方が高いのではないか。それとも、同じ学校に想い人が出来ているんじゃないか。そんな事を考えると怖気付いてしまう。
辛い思いをするくらいなら、いっそこのままの関係でも続けられたら………そんな弱気な事を考えてしまうが、すぐに思い直す。
どんな結果になったとしても。悩んでる間に、取り返せないくらいに進んでしまうくらいだったら。
せめて、後悔だけはしないように――――――――




