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31.エースとは?


騒がしい初詣からはや数ヶ月。冬もそろそろ終わりを告げ、暖かくなり始める頃。

グラウンドに積もっていた雪も暖かさと雪掻きのお陰で無くなり、ようやく『野球』の練習が再開できる為か、全体が活気付いた状態で練習が続いている。それも当然だろう。


「なんせ、あの地獄のようなトレーニングだもんなぁ………」


遠い目をしながら呟く。この冬は特に降雪が多く、例年より一段と厳しい練習だったとは浅倉先輩の談だ。どのくらいキツかったのかと言えば、あまりにもボールに触る時間が減ったため


『俺達は趣味で筋トレにも精を出す陸上部員だったんじゃないか』


そんな錯覚に陥ってしまいそうな程に、筋トレや体幹トレーニング、それ以上にマラソンやベースランニングなどでひたすらに体を苛め抜く事になった。


その間、野球らしい練習があまり出来なかったストレスからか、今日はやけにフリーバッティングなんかの打撃練習に打ち込む部員達が多い。


(って言うか、気合入れてスイングしすぎでは……?俺も打ちたかったけど、特に上級生が張り切ってて回ってくる気がしねえぞ)


さらに言うなら、レギュラー陣やベンチ入りメンバーの熱の入り方が凄かった。レギュラー獲得を目指す控え選手と、負けじと引き離そうとするレギュラー陣の熱い闘いなのだろうか。


「こりゃあ、当分フリーバッティングは出来そうにないかな」


そう考えた俺は、この冬の成果、状態のチェックをすべくブルペンに入る事にした。


スパァァン!


乾いた音を立て、ボールがミットに吸い込まれる。


「うん、良い調子だ」


体感だが、秋よりも明らかに球速が向上したような気がする。それに、特に変化球の制球がかなり安定してきた。

やはり、冬の間に土台となる下半身作りを続けてきたお陰なのだろうか?それに加え、小手先の制球で狙って投げるのではなく、自然に投げればボールがそこに行く。そんな投球を目指して微調整してきた結果も出始めているようだ。


さほど全力投球しているわけではなく、むしろ慣らし程度の力で投げているのに、やたらと球が走る。だから、直球を投げるのが気持ちいい。

外角低めいっぱいの直球で見逃し三振。そんな感覚を思い出していると……突然、浅倉先輩に声をかけられた。


「なぁ、高橋。エースって、エースの条件ってなんだと思う?」


「え?えっと………背番号1をつけてて、信頼されてる投手、ですかね?」


突然なんの話だ?困惑して、よくわからない返答をしてしまう。


「それも正解だよな。でも、俺は『どんな投球内容であろうとも、チームを勝たせることの出来る投手』こそが、エースなんだと思ってる。もちろん、実力や信頼が無くても良いって事じゃなく、一番大事だと思う点、ってやつ」


その点で言うなら、俺はエースナンバーに相応しくないって事だろうか。なんせ、俺が打たれて負けたのだから。中学の時も、秋季大会も。


「その顔は、なんか変なこと考えてる顔だな。勘違いしないでくれよ?お前を責める為に聞いたんじゃないんだ。えっと……そう、お前の目指すエース像って、何だ?それをしっかり考えろよ、って言いたかったんだ」


そう言って先輩は自分の練習に戻って行った。

言われてみれば、考えた事も無かったのかもしれない。ただ1番が欲しい、エースになりたい。それだけじゃなくて、その先……どんなエースになりたいのか。さらに先を見据えた目標を持って練習しろ、と言う事なんだろうか。難しいな。




その後、結局ほとんど順番が回ってこなくて打撃練習が出来なかった。打つ気満々だったのに肩透かしを食らった気分になったので、いつものバッティングセンターで気分転換しようと思い、帰りに寄り道をする事にした。


「何か、ここに来て考え事しながらバット振るのが習慣みたいになって来てるな」


もはやお得意様かって頻度で来てる気がするなぁ。設備が良いんだよな、うん。

誰に向けてるのか分からない言い訳じみた思考を打ち切り、昼間の話について考える。


(エースって、なんなんだろう)


パワフルな投球で相手をねじ伏せる投手?

巧みなテクニックで打者を翻弄する投手?

チームで一番信頼できる投手?


全部そうだと言える気もするし、そうでない気もする。ちょっと考えて思いつくだけでも、色んなチームのエースの姿が思い浮かぶ。実力が高いのは当然ながら、それ以外にもエースたる要素はあるのだろう。直接その人物を知らないので、想像でしかないが。


「……考えるほどよく分からなくなるな」


「何をそんな真剣に考え込んでるのー?」


「あ、お疲れ様。丁度いいや、四条に聞いてみたいことがあるんだけどさ。エースってなんだと思う?先輩に質問されてさ、自分の思い描く理想のエースって何だろうって考えてて」


って、何聞いてるんだ俺。いくら思い付かないとは言え、野球なんて多分詳しくない女の子にそんな事聞いてどうしようと言うのだろうか。


「野球の話だよね。うーん……カッコいい人、とか。見た目だけじゃなくてさ、マウンドでの堂々とした立ち振る舞いとか、周りを安心させる様な表情とか。この人が居たら負ける気がしない!みたいな感じ?」


あれ、普通にちゃんとした意見くれるんだな。………って、俺から聞いておいてそれは失礼か。

つまり、存在感…みたいな物だろうか?


「私が思い浮かべられるエースって、こんなイメージだなぁ」


むっ…。それはつまり、すぐに思い起こせる様な選手がいるって事か。………何だか面白くない。

一体どこの誰なんだ。何故だかそいつに負けたくないと思ってしまう。知らないから戦いようがないが。


「でも、存在感か…。ありがとう四条、参考になったよ」


「え?うん。どういたしまして。……こんな意見で何か考えが纏まったりしたの?それなら良かったけど」


「うん、お陰で自分なりの答えと言うか、目指したい物が見つかったかもしれない」


まだ仕事が終わらないと言う四条にお礼を言ってから帰宅した。帰宅途中にも考え続け、辿り着いた結論は……。


『チームを鼓舞出来る投手』


何かもっと上手い言い方がある様な気がするけど、こう言う方向性が自分に合っているんじゃ無いだろうか。中学生の頃にチームメイトから言われたことがある。


『何かお前ってピンチでも不安そうな表情とかしないし、逆にそれまで楽しんでる風にさえ見えるから凄いよな。ちょっとしたピンチで縮こまってる自分がアホらしく思えてくるわ』


『打者と直接戦って一番プレッシャーのかかるお前が堂々と投げてるんだから、俺達も負けてらんねーしな』


『そうそう、いつでも楽しそうにプレイするから、こっちも全力で応えなきゃって思っちゃうんだよな』


当時はただ目の前の試合を全力で投げ切る事にしか意識が向いていなかったから、特に考えてそう言うプレイをしていた訳ではない。結果的にそう思ってもらえていただけの事。


でも、それを意識して表に出せたら。


ピンチの時こそいつも通りに。むしろ苦しい時ほど笑って。相手に弱みを見せずに、味方にまだあいつが諦めてないのに、俺達が折れる訳にいかないぞ。あいつがマウンドにいてくれたら大丈夫。

そんな風に思わせられる投手になれたらと思う。


ただ球が速いだけじゃない。ただ変化球が凄くキレるだけじゃない。そこに立っているだけで、不思議と周りを安心させる様な雰囲気を放つ選手は確かにいる。ああいう人って、大体天性のカリスマオーラみたいなのを放ってるような気もするが。

………多分俺にはそんなものはないし、むしろあいつがマウンドにいて大丈夫か?なんて言われてないか不安になるな。





………それはそれとしてやっぱり男の子としては豪快なストレートでバッタバッタ三振を取りまくる投手って憧れだよなぁ。ピンチになるほど燃え上がって能力を発揮するエースって、格好良くないか?


そんなハラハラする投手って、周りからしたら不安なのだろうか、やっぱり。…まぁ、憧れるだけなら自由だし。



















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― 新着の感想 ―
[一言] 試合で見返したら何か意味が有るのかね?
[一言] 何をもって『見返した』とするかですね。 甲子園に行くというんだったら、一度でも天城に負けたらダメです。見返すことにならない。 それに誰に主眼を置いて見返すのかはっきりしない。そこら辺明確にし…
[気になる点] 試合がなさすぎて見返すまで何年かかるのやら
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