30.初詣
時間が時間だし、普通に寝てしまえば良いんじゃないかとも思ったが、すぐに思い直した。
何故なら、電気を消してベッドに入ると、母さんの笑い声が聞こえてきたからだ。真夜中と言うのもあって、そこまで大声ではないのに普通に聞こえる。これで誰かと話すとなれば、会話内容なんて丸聞こえに違いない。そんな気まずい状態じゃ流石に寝られない気がする。
………そんな訳で、特に何も考えずに家から出てきた俺だったが………。
(初詣行くって言っても、なぁ。あそこには行きたくないからな……)
家から歩いて数分程度の距離にある、大きくはない神社。そう、あいつと毎年通っていた神社である。
鉢合わせる可能性は高くはないだろうが、万が一と言うこともあるし、否応なしに思い出されてしまう事があるので正直二度と行きたくない。旧友と偶然再会して近況報告に花を咲かせるなんて事も楽しみではあったが、そうなれば十中八九『彼女とはどうなんだ?』と聞かれる事が目に見えているのでやむを得ない。
(それに、お喋り好きな母さんの事だ。1時間やそこらでは終わらないだろうな)
おそらくは年明けから3〜4日は休みなのだから、平気で夜明けまで話し込んでいそうだ。
どうせ時間がかかるのが分かっているんだし、ちょっと遠出してみるか。
「そうと決まれば、誰かとばったり会ったりする前に移動するか」
年明けの夜の街を一人でのんびり歩くと言うのも風情があって良いかもしれないが、初詣に行くとしたら後は少し離れたところにある、県内ではそこそこ有名な神社に行くしかない。
流石にこの時間に歩きでそこまではな……と思い、自転車で出かける事にした。
やっぱり年末年始の真夜中な上に、雪が降っていることもあって道は閑散としている。
なんか、静かな道を一人自転車で走り回るのも楽しいもんだな。小学生の頃は、週末の夜にやっているホラーな映画なんかを見て暫くは練習帰りの夜道が怖くて仕方がなかったのにな。
深夜帯のテンションなのか、新年で浮かれているのか。そんな物思いにふけりながら自転車を走らせること数十分。駅前に到着し、駐輪場に自転車を預けて歩き始める。
神社の近くまで行っても良いのだが、同じく初詣の客が多ければ自転車では動き難いし、変な場所に停めて盗まれた事もあるので大人しく歩く事にした。
「やっぱりこっちの神社近くまで来ると、結構な人がいるんだな」
いつの間にやら殆ど雪が止んだせいか、人通りはそこそこ多い。
(こう言う時って女の子は着物とか着たりするのかな?夜中に着物ってのもなんか変な気もするけど。そう言う作法みたいなのって詳しくないんだよな)
実際、毎年の習慣みたいなもので通っていただけだから、詳しいマナーとかなんて考えたこともなかった。二年参りだとか、歩く場所がどうとか、小耳に挟んだ程度の知識しかない。それもどこまで正しいのか分からないし。
「鳥居って、神様の通り道だからくぐっちゃいけないんだったか……?左右どっちかに寄って歩けば良いんだっけ?」
特別信心深いというわけでも無いのに、何故か考え出したら気になって止まらない。あーでもないこーでもないと一人唸っていると………
「あれ……高橋君?」「えっ?あ、四条」
声をかけられ振り向くと、着物姿の四条姉妹が。
「ほら、やっぱり高橋くんだったじゃーん!あけおめことよろ!」
「こら梨乃、新年の挨拶くらいきちんとしなさい。高橋君、明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「明けましておめでとう。こちらこそよろしくな。着物、凄く似合ってる。ビックリしたよ」
普段の私服姿も良いけど、紺色っぽい感じの着物と綺麗な黒髪が凄くマッチしていてまさに大和撫子を体現したような見た目だ。
「あ、ありがとう。お母さんが着て行きなさいって言うから仕方なく着たんだけどね。……高橋君に会えるなら、もっと気合入れてお化粧とかすれば良かったな…」
化粧なんてしなくても十分すぎるくらいの見た目なのに。寧ろ化粧なんてしないほうが綺麗だとすら思う。つい口に出しそうになってしまったが、恐ろしく恥ずかしい思考だった事に気付き自制した。
「ちょっと!高橋くん!私の着物の感想はないの!?」
梨乃ちゃんがむくれている。七五三みたいなんて言ったら本気で怒られそうだ。
「ごめんごめん。梨乃ちゃんも似合ってるよ。将来美人になりそう」
貧相な語彙しか持たないので、こんな月並みな発言しか出ない。
「ひゃ〜!美人になるって言われちゃったぁ!もしかしてこれって、『将来は俺の物になれ』って告白!?」
「そんな訳あるかっ!どんな深読みだ!」
ただ普通に褒めただけじゃないか!…って、四条?なんでそんなジトーっとした目で俺を見るんです?
俺は人の妹に手を出すようなロ◯コンじゃないですよ?
「ねぇねぇ、瑠璃姉だって高橋くんが家族になったら嬉しいでしょ〜?私も、高橋くんだったら付き合っても良いかなって!」
なんで俺が否定してるのに爆弾投げ込んでくるんですかね!?
「だっ、ダメダメっ!絶対ダメっ!高橋君はわ、私の……!!」
「「私の………?」」
続きを促されるような目線を向けられテンパってしまった四条は………。
「えっとえっと……高橋君は私の…す…じゃなくて、ヒー……でもなくて、あのえっと……だ、大事な人なんだからっ!」
とんでもない事を口走った。大声で。いや、梨乃ちゃんのいつものやつだと思って悪ノリした俺も悪かった。
「わぁお…お姉ちゃん、大胆……」
梨乃ちゃんも予想外過ぎたのか、普通に感想を述べてる。そして失言に気づいた四条はと言えば……。
「ひゃ、ひゃわぁあぁ!言い間違いなの!言い間違い!だから忘れてぇぇ!」
暗がりでもわかる程顔真っ赤+涙目でプルプルしながら言い間違いだと主張している。きっと大事な友人とか、そんな事を言おうとしたんだろうな。勘違いしちゃダメだぞ俺。
………でも、正直すげーグッと来た。絶対怒られそうだから言わないけど。
その後、いたたまれない空気を察したのか、梨乃ちゃんが『ずっと入り口にいるのもなんだし、そろそろお参りに行かない?』と言い出してくれたので、話に乗っかって移動を始めた。
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横で、二人が真剣な表情で賽銭箱に100円玉を投げ込み、礼をしている。……随分と長くお祈りしてるな、そんなに大事な願い事があるのかな?
(さて、俺もしっかりやっておこうかね)
甲子園出場とか、エースになりたいとか、そう言うのを神頼みするのはなんか違うよな。あくまで実力で成し遂げる事だ。
かと言って、野球以外だと特に思いつかないな………お金とかじゃ俗すぎる気がするし。
野球関連で、お願いしても大丈夫そうな事………!そうだ。これが良いかもしれない。
(今年の夏大会では、星道とそれぞれ逆ブロックに配置されて、決勝戦で全力で戦えますように。)
賽銭の金額はどれくらい入れる物なのかもよく分からないので、大きい額の方が良いのかと思い500円玉を投げ込んで祈る。
半年後にはその時が来る。だから、やれる事は神頼みでもなんでもしよう。そう思った。
………目を開けると、既に四条達は賽銭箱の前を離れ、俺の事を待ってくれているようだった。気づかぬ内に長いこと祈っていたらしい。
「ごめん、つい長々とお祈りしちゃった」
「全然大丈夫だよー。随分熱心にしてたんだね。そんなに何をお願いしてたの?」
「高橋くんってばー、もしかして新しい彼女が出来ますように、なんておねが「高橋君っ!新しい彼女が欲しいって本当なのっ!?」
物凄い勢いで四条が掴みかかってきた。え、何でそんな泣きそうな顔に?梨乃ちゃんの冗談なのに……
「い、いや、夏大の決勝戦であいつらと対戦できますようにって………それより、四条は何をお願いしたんだ?」
露骨に話を変えた俺を見て、梨乃ちゃんがボソッと「ぶー。そこは『悲しさを癒してくれる可愛い彼女が欲しいな』って壁ドンとかする所でしょ〜?」と俺にだけ耳打ちしてくる。俺にそんなイケメンスキルは無いし、そもそもそう言う関係じゃ無い。少女漫画にでも影響されたのか?
一方四条は、何がお気に召したのかホッとしたような笑みを浮かべて楽しそうに話す。
「…………高橋君の恋人になれますように、って言ったらどうする?」
「ッ!?」
突然の発言に不覚にもドキっとしてしまう。が、そんな俺を見て四条が笑いを堪えるような表情をしているのに気付き、からかわれたのだと理解する。
「なんだ、冗談か。くそ、騙されたぜ」
からかわれる事が多いから気付かなかったが、からかう側に回って見れば流石に梨乃ちゃんの姉だ。まんまとやられてしまった。
「…………別に、冗談じゃないけど」
えっ?小声で聞こえなかったけど、冗談じゃないって聞こえたような……それって、まさか。
「冗談じゃない……そうだよな、俺と恋人なんて冗談じゃないよな……」
分かってたし。俺には野球があるから悲しくねーし。………そんなに嫌われてたのか、俺。
もしかして昔の義理で嫌々応援してくれてたりして………うわ、凹む。
「えっ…あれっ、高橋君?どうしたの?急に暗いオーラが漂ってる気がするけど…」
「………瑠璃姉の馬鹿。あの高橋くんにそんな言い方したら絶対伝わらないよ……。確実に悪い方向に誤解してるよ、アレ」
「…だってだって、咄嗟に良い嘘思い付かなくて本当のこと言っちゃったんだもんっ!今はまだ迷惑かけたくないし、本気で断られたらと思ったらつい……っ!」
四条達が何か話してるけど、頭に入ってこない。
うん、野球頑張ろ。負けるな俺。……ハァ。
(2人とも奥手と言うか、自信を持てないのが原因かなぁ。これ以上変に煽ったらギクシャクさせちゃうかな?……どっちもピュアだから大丈夫か。多分お互いの本音を引き出して自信付けさせてあげたら上手くいく気がする。……高橋くん、早く結果を出して昔の事なんか吹っ切ってよね)
例によって、実はこの中で一番人の感情の機微に聡い梨乃だけが気付いていた。
姉が自分の『彼女欲しいってお願いしたの?』と言う発言に焦った上、それを彼が否定した事に安堵し、つい自分のお願いを暴露してしまった事。
言った後に恥ずかしくなり、からかうような態度を取ったものの、実は彼の満更でも無さそうな反応に喜び、ただ笑みが溢れてしまいそうになるのを抑えていたが故の表情であった事を――――――




