26.開幕
練習試合から2週間。そろそろ秋季大会のベンチ入りメンバーが発表されるはずだ。あれからも外野手の練習を続け、ようやくそれなりに無難な守備が出来るようにはなって来た。市川の方は左投げと言うこともあって外野と一塁手を軽くではあるがやったことがあるらしく、俺より様になっているのがちょっと悔しい。投球内容ではお互い良い調子で来ているとは思うのだが。
市川の方もこちらを意識しているのか、やたらと気合が入っている。負けてらんねえな、声出して行くぞ!
「もう一丁来〜い!!」「こっちにもお願いします!!」
競い合うようにノックを要求する俺達。
『あいつら、めっちゃ気合い入ってんな』
『そうだな、投球の方もやらなきゃいけないのに頑張るよな』
『でもさ、交代の時外野に下がるって事は誰か外野手が下げられるじゃん。まぁそれは仕方ないけど、あのまま成長されたら俺達の出番……やばくね?』
『確かに。外野手の控えとか削ってここぞの代打要員とか守備固め用の内野とかに背番号奪われてもおかしくないな』
『・・・・』『・・・・』
『『うおおおおおお!ばっちこーい!!!』』
その裏では正外野手の面々が危機感を覚え、負けじと気合いを入れて臨んだ為に外野ノックだけが異様に盛り上がるという奇妙な光景が広がっていた。
午後の練習終わりに背番号の発表があるという事で、みんな何処かそわそわしているような雰囲気を醸し出している。かく言う俺も緊張しているが。
(あのバンザイで失望されてベンチ外とかだったりしないよな………!?)
あのミスの印象が強すぎて補欠とかだったら恥ずかしくて目も当てられない。その後の投球や練習態度で名誉挽回出来ていると信じたいが……悪い印象って残りやすいって言うしなぁ……。
『それでは、次大会のベンチ入りメンバーを発表する!背番号1、浅倉!』
まぁ、当然エースは浅倉先輩だよな。だが、1人で全試合投げ切るなんて事は不可能だ。ベンチ入りさえ出来ればアピールの機会は必ず巡ってくる。頼む………!
『背番号10、高橋!』
ヨシ!何とか背番号をもらう事が出来た!慢心は出来ないが、一先ず心の中でガッツポーズするくらいは許してほしい。
『背番号11、市川!』
続いて市川も呼ばれた。世間的には10番を付けている方が2番手ピッチャーと言われるようだが、これで市川に勝ったとは思わない。むしろ、スタートラインに立って戦いが始まった所と言ってもいい。
ここで良い結果を残して、エースに近づけるよう頑張ろう。
『秋季大会はこのメンバーで戦う。特に投手の3人は抑えやワンポイントでの登板もしてもらう!いつでも行けるように準備しておいて欲しい』
今まで先発をする事が多かったから、あまり途中登板はした事がなく、少し不安だ。
しっかり抑えればいいと言う点は普段と変わらないが、替わった投手がしっかりその回を抑えないと流れを悪くしてしまうからな。逆にキッチリ締めれば相手を意気消沈させ、味方を勢い付けられる大事な仕事だ。どんな場面で回って来ても平常心で投げられるように、心の準備をしておこう。
メンバー発表の後はいつもより早く練習が終わる。大会間近なので、怪我などが無いよう当日に向けて適度に休んで調整しろとの事。だが、いつも練習している時間に家に居るのが落ち着かず、日課のトレーニングを軽めに、逆にストレッチなどを長めにしながら過ごした。
そして、秋季大会当日がやって来た。
1回戦は浅倉先輩が先発だ。一応俺達2人も終盤にかけて登板の可能性があるため、ブルペンに入って準備をしている。だが、今日の浅倉先輩はかなり調子が良さそうだ。
『ストライク!バッターアウト!』
綺麗に変化球が低めに決まっている。常にストライクが先行している為に相手も手を出さざるを得ず、引っ掛けた内野ゴロを多く打たされる。
少ない球数で打ち取り、さらに相手を焦らせて早打ちを誘う、理想的な投球だ。この様子だと俺達の出番はないかな………?
打線の方も好調で、6回の時点で5対0。相手の四球やエラーで出たランナーをコンパクトなスイングで綺麗に返し、得点に繋げる。ボール先行を嫌い甘く入った球を狙い打ち、さらにチャンスを広げる。そんな攻撃が続き、この点差になっている。
『高橋、7回から行くぞ!点差はある。いつも通り、全力で投げ込んで来い!』
「……っ!ハイっ!」
いきなり出番を貰えた。幸いにも気負わずに投げられるほど点差を付けてもらっている。高校野球での初めての公式戦、楽しんで投げよう。そう思い、マウンドに上がる。
「こんだけリードしてるんだ。多少のランナーくらい気にせず思いっきり投げてこい」
樋口先輩が声をかけてくれる。やはり、中学とは規模が違う。球場の大きさも、熱気も。そんな場所で投げる緊張が顔に出ていたんだろうか。
まずは初球。思いっきり投げよう。
『ボール!ボールワン!』
しまった。かなり力んで内角高めに外れてしまった。が、逆にそれがよかったのだろうか?相手がかなりのけ反ってくれた上、驚きの表情を浮かべているのを見て緊張が解れた気がする。相手の体勢を崩せたとポジティブに考え、気を取り直して投げ込む。
『ストライク!バッターアウト!』
よし!外角低め一杯に決まった。先輩も笑顔で頷いてボールを返してくれる。
そこからは適度に力が抜け、ストレート2球から外のスライダーで内野フライ。続く打者も外のチェンジアップを引っ掛けさせて内野ゴロ。そして、3人目の打者はストレートの空振り三振。
なんとかキッチリと3人で相手の攻撃を終わらせる事が出来た。
その裏の攻撃。1アウトからヒットとエラーで出たランナーを1.3塁に置き、俺の打席。相手はこれ以上点を取られる訳にいかない。次の攻撃につなげる為にはゲッツーを取りたいはずだ。
(だから、恐らく外の変化球でゴロを打たせに来る筈…!)
2ボール1ストライクからの4球目は……読み通り!
外の変化球を逆らわずに流した打球は、ライト線ギリギリを抜けていく打球になった。そして、1塁ランナーが一気にホームに帰り、コールドゲームが成立した。
先輩が試合を作り、点を取ってお膳立てしてくれたとは言え、1回だけだが無失点に抑え自分で試合を決めた。初の公式戦にしては完璧と言える内容だったのではないだろうか。
「ナイスバッティング、高橋!しっかし、完璧なリリーフの上に自分で試合決めるとか、俺より目立ってるな!」
浅倉先輩が笑顔で絡んでくる。
「いやいや、先輩達が余裕を持ってマウンドに上がれる状態を作ってくれたお陰ですよ。最後だって、たまたま読みが当たっただけですし」
「読んでたって打てなきゃ無意味だ!読みを結果に繋げたのはお前だ。もっと自信持てよ!てか俺が自信なくしそう」
いや、控えめに言っても浅倉先輩の今日の投球は凄かったと思う。殆ど無駄なボール球が無かった。それは制球力のなせる技だ。俺も見習いたい。
試合を終え、学校に戻った後。監督からは短い回とはいえ堂々とした良い投げっぷりだったと褒められた。次はもっと長い回を投げたい。もっと活躍したい。そう思った。
「出番、先を越されちゃったね。良い投球だった」
帰り際に市川がそう話しかけて来る。
「ありがとう。最初は緊張して力んじゃったけどな。かなり点差もあったのに」
「僕だって緊張したと思うよ、何たって公式戦初登板だしね。……でも、僕も負けたくない。出番が来たら、君以上の投球をして見せる。エースになるのは、僕だ」
そんな宣戦布告をして、市川は帰って行った。
………あいつ、あんなに熱い奴だったんだな。




