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【書籍発売中】俺の天使は盲目でひきこもり  作者: ことりとりとん
番外編

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73.拮抗

 



 しかし、いくらアンジェにトリアットの才能があるとはいえ、ライナーにはかなわない。

 彼はもう10年以上も、毎日毎日トリアットの研究をし続けてきたような男だから、今日ルールを知ったばかりのアンジェが勝てるような相手ではない。


 そこで、アンジェにこんな提案をしてみた。


「アンジェ、俺と対戦してみないか? ライナーはとても強いから勝てないけど、今のアンジェはもう俺より強いと思うんだ」


「えっ、セトスさまより? そんなこと、ないよ?」


 アンジェのセリフは冗談めかしたもので、まさか本当に俺より強くなっているとは思っていないらしいが。


「そうだな、今のアンジェちゃんはセトスに勝てそうだ。一局やってみたらどうだ?」


 ライナーにまで太鼓判を押されて、嬉しいと言うより戸惑っていた。


「よし、じゃあやろうか」


 嫌がってはいないので、俺がとっとと駒を並べ直していく。対戦しやすいように向かいのソファーに座り直し、逆にライナーがアンジェのサポートをするために隣に座る。


 展開についてこれていなかったアンジェも盤面が整う頃には冷静になっていた。


「アンジェ、手加減なしでいくからな。これで負けたらちょっとショックだけど、俺が勝つから」


 そして、堂々と宣言していたのに、案の定俺は負けた。

 実力はまあまあ拮抗しているようで途中まではいい勝負だったのだが、アンジェは見たこともない手を使ってきたのだ。


「セトスは予想外のことが起きるのに弱いからな。アンジェちゃんの思いつきがちょうど突き刺さったってところだろう。戦法を変えていなかったら、アンジェちゃんが押され続けて負けてたかもしれないし」


 なんていう風に、気軽な調子で解説するライナーが恨めしい。


「あー、くそぉ悔しいな」


 アンジェに、というより負けたということそのものが悔しかっただけなのに。


「セトスさま、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのに」


 アンジェは俺は傷つけたと思ってオロオロしている。それをライナーが優しく諭していた。


「いや、アンジェちゃん。勝者が謝るなんて、それこそ相手を馬鹿にしているよ? 

 アンジェちゃんの方が実力が上なんだから、手加減しなくてごめんっていう方がセトスは辛い。

 アンジェちゃんは勝ったんだから、堂々としてればいいんだ。

 そして、セトスに再戦を挑まれたら、また本気で相手をする。

 それが正しいトリアットの姿勢だ」


「なるほど。分かりました」


「いつだって、アンジェちゃんは正々堂々勝負をしていればいいんだよ。それが一番楽しいんだから」


「そうですね」


 納得したアンジェに、柔らかな笑みが戻ったところで。


「もちろんもう一戦やるよな? 勝ち逃げは許さないよ?」


 たとえかわいい妻が相手でも負けたくない俺は、もちろん再戦を申し込む。


「うん」


 答えるアンジェの声は晴れやかで、とても嬉しそうだった。





 そうして何回か繰り返し、勝ったり負けたりと勝負は大いに盛り上がった。

 先程ライナーと対戦している時は、アンジェは戦い方を学ぼうとしていたけれど、俺との対戦では純粋に勝とうと努力していて。


 真剣に考え込む可愛い顔を、正面の特等席から眺め続けられるのは、正直言って最高だった。




 そうして3人で飽きることなく遊んでいたけれど、気づけばもう夕方だ。


 昼過ぎに来て半日居座るとは、長く邪魔しすぎたな。ライナーとは長い付き合いだし構わないとは思うが……。


「アンジェ、そろそろおいとましようか。さすがに居過ぎたよ」


「うん」


 初めて俺以外の人とこんなに楽しい時間を過ごしたアンジェは、一応返事をしてくれたものの、とても名残惜しそうだった。


 その反応を見たライナーがすかさず言う。


「まだトリアットやりたいだろう? 泊まっていけよ〜」


 冗談のような言い草だが、彼はトリアット狂いで有名な男だ。泊まるとなれば邸の客間を完璧に準備させて、そして朝までトリアットに付き合わされるのは間違いない。


 それはアンジェの体調的にも心配だし、などと誤魔化してみても、俺の想いは他にある。


 それはせっかくの新婚旅行だというのに、この半日、アンジェは俺以外の奴とばっかり話しているということ。

 自分勝手だとは思うが面白くないのは紛うことなき事実。


 ライナーの提案に乗り気っぽいアンジェに、少し意地悪な質問をしてみる。


「アンジェはまだライナーと遊びたい? 俺と2人きりは嫌?」


「いやじゃない。セトスさまと、2人が、いいかも」



 アンジェは、いつだって俺を選んでくれる。

 なんて子供っぽい独占欲が満たされたところで。


「ひゅーひゅー! 新婚さんだねー!」


 ライナーの下品な合いの手が雰囲気をぶち壊した。

 アンジェは、恥ずかしいのか俺の胸に顔をうずめるようにしがみついているから、その栗色の髪をそっと撫でてやりながら、ライナーに勝ち誇った笑みを向ける。


「そういうことで、そろそろ帰るな」


「いいもん、俺にもルイーネがいるから!」


 アンジェと俺がぎゅーっとしているのが羨ましくなったようで、ルイーネを呼びに行くライナー。

 仲良さげにひっつく2人に見送られてホテルへ馬車を向けるのだった。





本日、新作短編『吸血姫の好きな食べ物、俺。』を投稿致しました。のんびりほのぼのしたお話しですので是非ともよろしくお願いいたします。

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