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【書籍発売中】俺の天使は盲目でひきこもり  作者: ことりとりとん
番外編

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72.得意なこと

 


 アンジェの手前絶対に勝ちたい、と意気込んでもう一戦したものの普通に負けた。

 まあそれはそうなんだけどな。


 トリアットのような頭脳系のゲームは、気合いを入れたからと言ってそう簡単に勝てるようになったりはしない。


 唯一の救いなのは、俺がボロ負けしていてもアンジェが楽しそうだということぐらいだろうか。



「セトスさま、もう一回やろ?」


「よーし、やるぞー!」


 アンジェがやりたがっているだけで、俺は全く返事をしていないのだが、ライナーはそんなことには構わずに駒を並べ直していく。


 普通なら、2~3戦目でもう嫌だと言って俺が拒否し始めるが、アンジェが乗り気ならば話は別だ。

 ちょうどルールを覚え始めたばかりで楽しい彼女が、飽きるまで付き合おうじゃないか。


「ねぇ、セトスさま、なんで塔を動かしたの?」



 見始めてまだ三戦目と、ようやくルールを理解した程度のアンジェは、俺達の意図を探るのに必死なようで、色々な質問をしてくる。


「次の手で馬が飛んでくるのを防ぐため、かな? あとは、弓が動きやすいように前をあけたんだ」


「ふぅん。じゃあ、なんでもういっこ、動かさなかったの?」


「一個って?」


「もう一個前に、行ってれば、お姫さま、止めれるでしょ?」


「一個って一マスのことか。……確かにそうだな」


「それに、ライナーさんは、兵、二つも、持ってるでしょ?

 その塔の前に、置かれちゃわない?」


「アンジェちゃん大正解! 多分セトスはそこまで深く考えずに今のところに置いたけど、俺からしたらラッキーな位置取りだよな」


「うーん、そうだよね?

 セトスさまには、セトスさまの、考えてることが、あると思うけど」


 おかしい、おかしいぞ……。

 トリアットでいいところを見せる所まではいかなくても、多少なりとも格好つけたかったのに……。

 アンジェにすら負けてるぞ、俺。


 かなり落ち込みそうになったけれど、考え方を変えた。


「アンジェ、協力しよう」


「……へっ?」


 きょとんとした顔で俺の方向くのがとっても可愛いのに、この上頭もいいなんて。

 俺の奥さんはやっぱ最高だよな。


「協力って、どういうこと?」


「簡単なことだよ。俺が考えていることが変じゃないか、アンジェにも考えてもらおうってこと」


「……なるほど?」


 まだアンジェは納得いっていない様子だが、俺一人ではライナーに勝てない。

 それはもう五年前からそうなんだ。


 なにせあいつはトリアット狂いだけあって、常に熱中し続けているから、物凄く強い。

 ちなみに俺も弱いわけではない、というか普通よりは強い方に入るとは思う。

 ライナーの相手がそれなりにできるくらいだからな。


「一人じゃ勝てないなら、二人でやればいいじゃないか、ってことで。

 アンジェは今から俺とチームな?」


「わかった! セトスさまと、いっしょ!」


 突然チームに入れられたアンジェは驚いていたけれど、俺と一緒ってことに喜んでくれたし、再開した試合ではなかなかの強さを見せてくれた。


「馬を前に出すか。四マスかな」


「うん、よさそう?」


「謀は、守りに置こうと思っているんだけど」


「いいと、おもうよ? たぶん」


「よし、これで攻めるか!」


「どこまで?」


「とりあえず相手の城の前まで行けば、次の次で相手の陣地へ入れるから」


「うーん……それは、ライナーさんが、嫌いだと思うし、次の次で、お馬さんに、取られちゃいそうだから、最後まで、いけないんじゃないかな?」


「あー、なるほど」


「それより、こっちの、右側の弓ちゃん、いるでしょ? その子と、いっしょに行く方が、よくない?」


「確かに」


「そしたら、次は……」




 そこからは、もうほぼアンジェの独壇場という程だった。

 二人で話しているからこちらの意図はライナーにダダ漏れなわけだけど、あいつはあえて聞いていないかのように立ち回ってくれているし。


 何よりアンジェの読みは非常に正確だった。



 だがそれは考えてみれば当たり前のこと。

 俺たちは見たものをベースに日頃は動いていて、こういうゲームなどをする時の特別な場合にだけ、次はどうなるかみたいな、今は見えていないことについて考えている。


 でもアンジェはそうじゃない。


 常に、『今、本当はどうなっているのか』を考え続けて生きている。


 与えられている限られた情報から、他のことを推測するということをし続けているんだ。


 トリアットは頭脳ゲーム。つまり、相手のことを推測する力で優劣が決まる。


 アンジェがとても得意なことなのだと気づいた。



 その後も、アンジェはお得意の『もう一回』を連発して、トリアットに熱中していた。

 正直、ライナーでさえ嫌になるんじゃないかと思うほど。


 長く対戦していたけれど、彼も楽しそうだから良しとするか。



「いやあ、アンジェちゃんはすごいな。とてもじゃないけれど、今日ルールを覚えたばかりだとは思えないよ。

 戦術だって教えていないのに次々と見つけていくし、俺が使ったものを真似するだけじゃなくて、自分で新しく作り出しているだろう?」


「うん、そうだよ? ふつう、じゃない?」


「普通ではないよな。俺だって好きな型はあるし、それを自分の使い勝手のいいようにすることもあるけど。

 何も知らないところから思いつくのは難しいと思うよ。特にルールを知ったばかりだから、尚更」


「セトスさま、今の、ライナーさんが言った、普通じゃない、って、ほめてくれてるよね?」


「うん、そうだよ」


「じゃあ、よかった。うれしいです、ありがとう」


「アンジェちゃん、素直で可愛いね。セトスがベタ惚れなのもよくわかるような気がするよ。

 ちなみに、さっきアンジェちゃんが使った戦術は月の影って言うんだけど、本当はこういう使い方をするもので……」



 また駒を並べ直して感想戦に突入しましてしまった2人。

 アンジェは他の人と同じレベルで戦えることが嬉しいらしく、とても熱心だ。


 ライナーからしても、彼のトリアットの話をここまで真剣に聞いてくれる人はそうそういないようで、嬉々として話している。


 そんな二人を見ている俺も、とても嬉しい。

 アンジェが誰かと対等に話せるようになったことが。


 俺一人だけしか知らないアンジェではなくなったことに、ほんの少しの寂しさを覚えつつも。

 彼女のこれからの人生が、より明るく楽しいものになる。

 そう確信できるような光景だった。




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