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【書籍発売中】俺の天使は盲目でひきこもり  作者: ことりとりとん
番外編

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71.トリアット

 


 と、ここまで互いにラブラブっぷりを見せつけ合うという遊びをしていたのだが。


「よし、じゃあゲームでもするかっ!」


 ライナーのこの一言で、急に奥方のテンションが下がった。スンっとした顔になって。


「ではわたくしは下がらせて頂きますわね」


 だってさ。

 急な展開にアンジェは不安そうだったけれど、俺にとっては予想の範疇だったので特に驚きはない。


 こいつの言う『ゲーム』とは、トリアットという戦略ゲームで、軍をモチーフにした駒を盤上で進めて戦うものだ。

 どこの国にでも似たようなものはあるシンプルな遊びだが、ライナーは昔からこれが大好きだった。


 特に学生時代などは、友人を片っ端から誘って少しウザがられていたほど。

 俺もよく誘われて相手をしていたクチなので、奥方もそうだろう。というか、リアクションを見る限り相手をさせられすぎて嫌になっているようだ。


 さすがのライナーも無理矢理付き合わせる気はないらしく、退室する彼女を見送るついでに盤を持ってきた。


 さすが有力貴族のサロンのある物、というよりも、ライナーの趣味で買ったよな、と思うほどに上等な盤が出てきて驚いたが、それはそれ。


 こいつがトリアットにかける情熱を知っていれば、そう不思議でもないか。



 トリアットで使うコマは全部で八種類。

 王、姫、謀、城、塔、馬、弓、兵で、それぞれに動ける範囲が決められている。

 最終的に相手の王を取った方が勝ちという、実によくあるゲームだ。


 近隣諸国にあるものとの大きな違いは、取った相手の駒を自分のものとして使えることだろうか。

 このルールによって戦略の幅がぐっと広がるいいものだと思う。



 アンジェはトリアットのルールを知らないどころか、聞いたこともない様子だったので、ひとつひとつのコマを触らせながらルールを説明していく。


 その様子を向かいで見ていたライナーが、意味ありげにニヤニヤしていたから。


「どうした? なにが気になるんだ?」


 そう聞いてみると。


「いや、セトスがそんなに穏やかで丁寧にものを教えているのは、だいぶ意外だなと思ってな」


「そうか?」


「そうだろう。お前は相手が知ってるかどうかすら気にしないじゃないか」


「そんなことはないと思うが……」


「いやいやよく言うよ。学生時代の俺たちへの扱いなんて酷いものだったじゃないか」


「そこまでじゃないから、いらないことを言うな」


 若干の心当たりがなくもない俺としては、アンジェに聞かれたくない気持ちの方が強くて、ライナーを黙らせにかかる。


 だが、昔からの友人は黙るどころか、何とも言えない穏やかな目をして言う。


「セトスも成長したっていうことだよな。良い相手と巡り会えて良かったじゃないか」


 まるで年上の親族かのような言い方に少しイラッとしたものの、言っていることは正しいと思う。


「セトスは、勉強はして当然、知っていて当然、と思っているところがあるだろう? それがアンジェちゃんには優しくできるっていうんだから、やっぱり愛の力はすごいなぁ。

 アンジェちゃん、愛されてるねっ!」


 囃し立てるように言うライナーのセリフに、アンジェはとっても照れている。


 それに、からかっている割には本心から嬉しそうにしてくれているのも確かだ。

 ライナーをはじめ、昔からの友人たちは、俺が前の婚約者、つまりリリトアと一緒にいた頃を知っているから尚更、アンジェと出会えてよかったと言ってくれるのだ。


「アンジェは勉強する方法が限られているだけで、物覚えはいいし頭の回転も早いからな。教えていて楽しいんだ」


「セトスさまが、教えてくれることだから、ぜーんぶ、覚えていたいのよ? トリアットも、覚えたいし、できるように、なってみたいの」


 甘えるように俺にすり寄ってきながら、嬉しいことを言ってくれる。


 だけどトリアット狂いのライナーは、俺の思いとは全く違うことを考えたようだ。


「アンジェちゃんはトリアットに興味を持ってくれるんだな。女の人の中には、戦争ゲームだ、なんて言って嫌がる人も多いのに」


「いや、お前に付き合わされてたら男でも嫌になるぞ?」


「セトス、そう言うなよ〜」


 冗談を言い合いながらも軽く説明し終わったので、まずは一局やってみることにした。




 アンジェにコマの動きを言いつつ、時々はそれがどういう作戦なのか、みたいなことも解説する。


 ライナーはそれを補足するどころか、自分の意図を全部アンジェに教えてくれたのにも関わらず、俺は負けた。


「クソー、悔しいなぁ」


「もう一戦やるか?」


「おうよ」


 トリアット狂いと言われるほど好きなだけあって、ライナーはかなり強い。

 俺はほとんど勝てたことがないし、その上最近はほとんどトリアットをしていない。


 自陣の形や感覚を忘れていることもあって、正直勝てる見込みはないも同然だった。


「ハンデつけるか?」

「いらん」


 即答だ。

 考える余地もない。


 勝ち目がどれほど薄くても、ハンデはつけたくない。

 特に、アンジェが見ている前では尚更。


 人によっては、ぼろ負けするくらいならハンデをつけてでも互角に戦う姿を見せたいというかもしれないが、ハンデをもらうということは戦う前から負けを認めるも同然だ。

 そんなにダサい姿をアンジェに見せる気は全くなかった。


 アンジェが期待を込めて待っていてくれているんだから余計に。

 男には、絶対に勝たなければならない時があるんだっ!


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