70.友人との再会
「じゃあ、ちょっと早いけど先に挨拶に行っておくか」
「あいさつ……?」
挨拶と聞いて、アンジェがとっさに体を固くした。
いまだに彼女は他人と会うのが苦手だし、それも挨拶に行くレベルの公式な付き合いというものは、苦手を通り越して苦痛な様子だけど。
「今回会う相手は、俺の学院時代の友人だ。
それも前にあった殿下とは違って、貴族としても格下だから、気の張るような付き合いじゃないよ」
「でも、あいさつ、なんでしょ?」
「まあアンジェにとっては嫌なことだって分かってるけど、だからと言ってずっと逃げ続けていられることでもないし。
少しずつでもいいから頑張ってほしいな。
美味しい物食べたし、挨拶が終わればまた楽しいことが沢山あるから」
「……うん、分かった。がんばる」
アンジェの決意も固まったところで、馬車を相手の屋敷に向けさせる。
「アンジェに先に説明しておくと、この町自体は王領なんだ。王領って、知ってる?」
「うん。教えてもらったよ? 貴族じゃなくて、王様が、直接持ってる、土地のこと、だよね?」
「そうそう。だけど王様はとっても忙しいから、代官って言って、代わりの人を置いてるんだ。
ここではラザヴィール伯爵家の分家筋にあたる、カラント子爵家だな」
「ふぅん。ラザヴィール伯爵家には、土地がある?」
「あるよ。王都から見て南西の方だな。
それで今回会うのは、そのカラント子爵家のさらに次男、ライナーってやつだ」
「うーん……?」
とアンジェが考え込んでから。
「じゃあ、あんまり、えらくない?」
「そうだよ。よく勉強してるね。
俺も次男だけどこちらは土地持ちだから、立場上は上だな。
ただこの土地は、王族が直接訪れることが多いから繋がりが深い。実際は身分以上に権力を持っているんだ。だから俺たちも仲良くしておこうってこと」
「なるほど、わかった。ちゃんと、できるように、がんばるね」
ぐっ、と拳を強く握って気合いを入れているアンジェには悪いんだけど。
「ライナー自身はお調子者でかなり気さくなやつだから、全く身構える必要はないよ。あんまり緊張しすぎてもアンジェがしんどくなるだけだからね」
「うん、わかった」
こわばっていた表情が少し緩んで、いつものアンジェに近い柔らかな笑顔を浮かべられるくらいにまでなった頃、馬車が目的の屋敷に到着した。
それでもやっぱり緊張気味のアンジェを伴って屋敷へ入ると。
「やほー、セトス。元気してたか?」
「お前なぁ……」
執事ではなく、ライナーが直接出迎えに来ていた。
「おいおい、俺が出てきたのにその反応はなんだよ〜」
冗談混じりにそう笑う顔を見るだけで懐かしくなった。
そう、こいつは昔からこんな奴だったなぁ、と。
比較的王家に近く、力のある家のものだというのに、本人は伝統だとかしきたりだとか、そういうものが嫌い。
それに腰も軽くてどこへでも顔を出すような性格だ。ただ、伝統的なことが嫌いだけれど、別にバカだというわけではない。
むしろ頭はよく切れるほうで、それぞれの集まりで何らかの役目をしていた。
オレとは違って社交的な性格な上、金髪灰色の目の爽やかな見た目は貴族社会に向いていると思う。
「それでさ、セトス……」
「おいおい、ここで話すのか?」
玄関先で話し始めようとするライナーに口を挟む。
「あはは、悪い悪い。ではこちらへどうぞ〜」
ライナーの案内でサロンへ入ると、最近結婚したという奥方も待っていた。
「紹介するな、ライナー。こちらが俺の妻のアンジェだ。アンジェ、友人のライナーだよ」
『妻』と言った時、アンジェがびくりと反応した。かわいい。
「セトスの、妻の、アンジェです。よろしくお願いします」
「カラント子爵家次男のライナーです。こちらは妻のルイーネ。よろしくお願いします」
「わたくし、ルイーネと申します。よろしくお願いいたしますわ」
アンジェが目を開いていないことにはもちろん気づいているだろう。
だが、ライナーはそれをわざわざ口にするような人間ではない。
王都の社交界に出入りしていたら、俺がアンジェと結婚したことはもちろん、彼女の目のこともおそらく知っている。
それでも何も言わずに、旧友との再会を楽しんでくれるようなやつだから、俺はアンジェを連れてきたんだ。
積もる話は沢山あるが、互いに一番はやはり妻のことを話したい。というか自慢したい。
「なあ、セトス〜、ルイーネはかわいいだろう?
最っ高に可愛いだろう〜?」
どストレートな自慢に、当の奥方は顔を真っ赤にして俯いている。
「うんうん、可愛いな。俺にとってのアンジェはそれ以上だけど」
かるーく自慢しただけなのに、アンジェは痛くないのか心配になるぐらいの勢いでしがみついてきた。
顔どころか、耳や首も真っ赤なので盛大に照れているんだろう。
ひっつき虫と化したアンジェをなでなでしながら、昔話に花が咲く。
奥方は俺達に遠慮してくれているようでほぼ黙って微笑んでいるだけ。
アンジェももちろん口を開かずに、撫でられるままに俺に体を預けるだけだったので、二人で話すことができた。
それに、俺の学生時代の話を聞けたアンジェも満足そうだったし。
ちなみにルイーネは赤毛に空色の瞳の可愛らしい女の子だ。確かにライナーが好きそうだな、と思うようなタイプ。
その上彼女の実家は街で一番大きな旅館で、今回俺が予約を入れてあるのもそこだ。
ライナー曰く。
「ルイーネは幼なじみな上に俺の超好きな感じで、しかも家柄も文句なし。正しく奥さんにぴったりというか、もはや俺のためために生まれてきてくれたみたいな子なんだよなぁ……大好きっ!」
二人が目の前でぎゅーっとハグし始めたので、俺も対抗してアンジェを抱きしめた。
何でも話せる昔からの友達に、可愛すぎる俺のアンジェを自慢するのはやっぱり楽しい。




