63.のんびり むにゃむにゃ
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何卒よろしくお願いします。
「ぅみゅぅ……セトスさま、おはよ」
「おはよう、アンジェ。よく眠れたか?」
「…………ぅん……」
結婚式の翌日。
式とその後のパーティーで疲れきったアンジェが俺の腕の中で目を覚ましたのは、昼近くになってからだった。
「……すぅ」
いや、まだ眠いみたいだ。
いくら寝てくれてもいいんだけどな。
俺は彼女のかわいい寝顔を眺めているだけでしあわせだから。
「……むぅ、だめ、おきるのぉ〜……」
むにゃむにゃ言いつつ起きようとしてるけど。
「疲れたんだろう。無理して起きなくていいから、のんびり寝てたら?」
「やだ、セトスさまの、お休みなんだから、おきたいのぉ〜」
「あはは、俺はこうしてるだけで楽しいけどな」
「そう? セトスさまは、楽しい?」
「うん。アンジェはいつだって可愛いからな」
「わたし、かわいいの? ほんとに?」
「もちろん」
「ありがと。セトスさま、だいすき」
寝起きの顔でふにゃっと笑うアンジェがぎゅっと抱きついてくる。
「昨日は、みんなアンジェのこと可愛いって言ってくれてただろう?」
「うん。とっても嬉しかったし、楽しかった」
結婚式は、俺が指輪を間違えるとか、些細なアクシデントはあったものの、大きな問題は起こらなかった。
アンジェが転んだり、ディスカトリー家の人々が何か騒ぎ立てたりしたらどうしようかと思っていたけれど、特に何事もなく。
ディスカトリー伯も、表向きは冷静に祝福していた。
出席者の中にディスカトリー家内でのアンジェの扱いに詳しい者はいないだろうし、それほど違和感はなかっただろう。
若干忌々しそうだったが、まあそれはそれ。
妻の実家との折り合いが悪い、などとよからぬ噂を流されると、こちらにも向こうにも損しかないからな。
妥当な反応をしてもらえて良かったと思おう。
披露宴は居づらかったのか、不自然ではない程度に早く帰っていった。
アンジェの意向もあって、ディスカトリー家の関係者は、本当に近しい肉親しか呼ばなかった。
それに、そもそも彼女の友人などいない。
派閥の人間がいないところでは、まあ居づらいよな。
せっかくの縁なのに仲間を増やそうとしなかったのは、アンジェに頼るようで気に食わないんだろう。
そんな性格だから、野心が強いわりに出世できないんだよ、とも思うが。
利用できるものは何でも使う、とはなれない人なんだ。
これからも、アンジェには関わらない方向性でいてくれたらいいんだが……
まぁそんな世知辛いことはどうだっていいんだよ。
「アンジェ、起きた?」
「うん、おきたよー?」
ふわあぁ、と大きくあくびと伸びをする。
「楽しかったけど、つかれたねぇ」
髪を梳かすように撫でてあげると、気持ちよさそうに擦り寄ってくる。
「いつものパーティーより疲れた?」
「うん。みんな話しかけてくるんだもん。
わたし、お話に慣れてないでしょう?
だから、大変だった」
「少しずつ慣れていけたらいいな」
「そう思うよ? 人いっぱいだったし、たくさん挨拶したし。
みんなのこと、ちゃんと覚えてられるかなぁ」
「一回では覚えられないだろう」
「そうかな? ちゃんと覚えてたら、次からのパーティーで、誰だかわかるんじゃない?」
「そりゃあ、覚えられたらいいだろうけど」
「だから、ちゃんと、覚えとくね?」
「アンジェは記憶力がいいからな。頑張って」
「うん」
書き留めることができないから、覚えておくことが当たり前。
ずっとそうだから記憶力が良くなったんだろうと思う。
「俺は物忘れ激しいからな。羨ましいよ」
「えっ!?」
驚いたアンジェが出した声で、俺の方がびっくりするぐらいの大声。
「セトスさまが、わたしのこと、羨ましい?
そんなこと、あるの?」
「別にあるぞ? 記憶力とか、耳のよさとか」
「セトスさまでも、うらやましいとか、いいなーって思うこと、あるんだ」
「普通、誰でもあると思うけど。アンジェはない?」
「わたしは、いつも思ってるよ? みんなのこと、いいなぁって。
でも、それって、わたしができない子だから、と思ってたの」
「ないものねだり、って言うしな。
自分にできないことを出来るの人のことは、羨ましいものだよ。誰でもな」
「ふぅん」
うまく咀嚼できていないみたいで、しばらく考え込む。
アンジェに時々あるこの時間は、外に出たことのなかった彼女が外の世界に馴染み始めた証みたいで、とても好きだった。
ベッドの上でむにゃむにゃしているのも可愛いけれど、ようやく起きる気になったみたいだ。
「でも、雨だねぇ……。ざんねん」
外出好きのアンジェとしては出られなくなる雨が嫌いだけれど。
「明日からは旅行なんだから、今日くらい雨でもいいんじゃないか?」
「そうかも。明日は、はれてほしいね」
「雨だったらアンジェは滑っちゃうし、外を歩くのが大変だからなぁ」
明日から3泊4日で新婚旅行に行くことになっている。
アンジェはずっと楽しみにしていたし、もちろん俺もとっても楽しみだ。
「わたし、旅行って、行ったことないの。だから、どんなのかわからなくて、とってもワクワクする!」
きゃっきゃと笑うアンジェはとても嬉しそうで、旅行に行く前から幸せな気持ちになれた。
「だからね、どうしても、雨、やんでほしいのよ」
「俺にもどうしようもないからな。神様にお願いするしかない」
「かみさまー! おねがい、明日は、晴れにしてね! ……よし、これでオッケー!」
一人で納得するアンジェ。
彼女の願いが届くといいなぁ、なんて思いつつ。
「あの、セトスさま、明日から行くところって、どんなところ?」
旅行が楽しみ、とは言いつつも、これまでは結婚式の準備と打ち合わせが忙しすぎて、のんびり旅の話をしている時間もなかったんだ。
特に俺はまとまった休みを取るために仕事を少し無理して早回しにしたから、家にいる時間も遅くなっていたし。
「カラントっていう温泉街で、家から馬車で1時間半ぐらいかな。そんなに遠くないから、アンジェも疲れすぎることはないと思うよ。
湖のそばで自然たっぷりな上に温泉まであるから、外が好きなアンジェにぴったりだと思うんだ」
「お外が、楽しいところなのね!」
「まだリゾートシーズンには少し早いから、人もそれほど多くはないだろうし。
二人でのんびりできると思うよ」
「人が少ないのは、うれしいね。多いと疲れちゃうから」
「もしかしたら雨かもしれないけど、四日もあれば晴れる日もあるはずだし。
暑すぎなくて、いい季節だと思うからね」
「うん。ほんとに、楽しみだよ〜!」




