3.
今日は、クリスマスイブ。
イブの夜と言えば必ずデートに出かけなければならないと、そう決まっている!
訳では無いけれど、アンジェを連れ出すにはぴったりだと思うんだ。
何せ、クリスマスコンサートがあちこちで開催される。コンサートというのは社交の意味も強いから、下手な会場に行くと他の貴族達に捕まって仕事の延長のようになってしまう。
アンジェを連れて行くのにそうなるのはごめんだから、行くコンサートは慎重に選ぶ必要がある。
だから、クリスマスみたいに沢山のコンサートが開催される時の方が出かけやすいんだ。
社交に精を出す人達があまり来なくて、そこそこのクオリティの演奏が聞けて、なおかつ近場での開催、というと一件しかなかった。
「アンジェ、ただいま」
「えっ?!セトスさま、おかえりなさい」
昼過ぎに帰ってきたらアンジェにめちゃくちゃびっくりされた。
「お仕事は?」
「今日の仕事はお昼までで終わりだよ。だから、今からはアンジェと遊びに行くんだ」
「わたしと!? あそびに行く?」
遊びに行く、と聞いた途端に両手をひらひら動かしてまで喜ぶアンジェ。超かわいい。
「今日はクリスマスイブだからね。2人でのお出かけをアンジェにプレゼントしようかと思って」
「セトスさま、ありがと!とっても、とっても、うれしいよ!」
「喜んでもらえて良かった。昼ご飯食べて、のんびり準備をしようか。
時間は急いでないからゆっくりで大丈夫」
「はやく!はやく行きたい!」
「何するかは秘密だけど、時間は決まってるから早くは出来ないなぁ。それに、あんまり早く行くとアンジェが疲れるだろう?」
「ん、そうかも。じゃあ、つかれないように、ゆっくり行く!」
これだけ喜んで貰えたら、頑張って良いコンサートを探した甲斐があるというものだな。
時間をかけてたどり着いたコンサートホールの椅子座ったアンジェはワクワクを抑えきれない様子だ。
「耳が、変なかんじするよ?なに、するの?」
「さすがに何も言わないとびっくりすると思うから言っちゃうけど、コンサートに来たんだ」
「コンサート?」
「今から、沢山の人が出てきて音楽を演奏してくれるんだ」
「いっぱいの……音楽……?」
「まあ、始まったら分かるよ」
「ん。楽しみに、してる」
普通のコンサートならば2時間ほどあると思うが、アンジェはそんなに長く耐えられないと思う。
だから、軽いクリスマスソングを幾つか演奏するだけの短い会だ。
そして、演奏が始まる。
最初の拍手の段階で、アンジェは音の大きさに驚いたようだ。
「セトスさま、だいじょうぶ……?」
小さな声でそう聞いてくる。
「大丈夫だから、ちょっと待ってて?もうすぐ演奏が始まるから」
初めての場所で初めてのことばかりだから怖いのだろう。
アンジェの手を軽く握ってあげたら、その手をぎゅっと握り返してきた。
だけど、そんなふうに緊張していたのは演奏が始まるまでだけ。
始まってしまえば、彼女は演奏に夢中になった。
「セトスさま、とっても、とっても、楽しかった!」
コンサートが終わって外に出てすぐ、彼女は最高に興奮した声音でそう言ってくれた。
「それなら良かった」
「うん!音が、すっごくたくさんで、ぶわーって、くる感じ!とってもとっても、おもしろかった!」
馬車に乗ってもまだまだ興奮冷めやらない様子で、ほっぺたを真っ赤にして話しかけてくる。
「途中で、ちょっと、音がしずかに、なった時、ん?って、思ったの。
でも、それがあったから、そのあとが、とっても、はっきり聞こえるかんじが、した!
ああいうのも、だいじ、なんだね!」
「アンジェの参考になったかな?」
「うん!いつか、いつかは、あんなこと、してみたいなぁ……」
「出来るように、頑張ろうな」
「うん!」
何も出来ない人形のようだったのも、そう昔のことじゃない。
薄暗い部屋に閉じこもっていた彼女が、コンサートホールの舞台の上を目指せるようになれた、それが何よりも、嬉しいことなんだよ。




