59. 本番の会場で練習しよう
誠に申し訳ありません。
前回の後半にかなり大きな設定ミスがありましたので差し替えを行いました。
まったくの別物になっておりますので申し訳ありませんがもう一度お読みいただきますようお願いいたします。
階段を登る練習を始めてから1ヶ月ほどたった。
その間、家の玄関からリビングルームのソファまでを一人で歩くことと、階段を登り降りすることの2つを重点的に練習している。
もちろん、それ以外のこともたくさんしているが、俺といる時は主にその2つのことをしていた。
その甲斐あって、家の中で普段生活するところは、アンジェ一人で動くことができるようになってきていた。
「もう、家の階段を上がるのには不便は無くなったな」
「うん、そうだね。信じられないけど」
「アンジェの努力のおかげだよ」
「そうかな。そうだったらいいな」
「家で出来るようになったから、次は本番に向けて実際の会場で練習してみようかと思っているんだけど、どうだろう?」
「……そっか。お家のなかで、わたしだけで生活できるのがうれしくって忘れそうだったの。これも、結婚式の練習だったよね?」
「忘れてたかぁ……まあ、いいさ。
結婚式の入場の練習だよ」
「そうだったねぇ。色んなことがありすぎて、時々わからなくなっちゃうの。
本番の会場って、どんなところ?」
「教会だよ。行ったことある?」
「ない、と思う。セトスさま、連れて行ってくれたこと、ある?」
「ないな」
「それなら、行ったことないね」
「たしかにそうだな。神さまに祈るための建物なんだ。我が家はあんまり信心深くないから行く機会は少ないけど、敬虔な信徒さんは毎週行くんだよ。
白くて明るい、天井の高い部屋で、綺麗な色のステンドグラスがあるんだ」
「うーん、明るいところなのね。どんなところか、楽しみだよ」
「アンジェが乗り気なら来週の俺の休みの日に貸してもらえるように、頼んでおくね」
「うん!お出かけだ〜!楽しみにしてるね!」
練習に行くのだから多少嫌がるかと思ったら、キラッキラの笑顔で楽しみにしてくれてるアンジェがとっても可愛くてたまらなかった。
***
次の週。
約束通りに教会へやってきた。
「ここが、教会?」
「そうだよ。この奥の部屋が会場なんだ」
「どんなところなのかな。楽しみ!」
ワクワクしているアンジェと共にホールに入ると、アンジェはコンコンと靴を床に打ちつけ始めた。
「突然どうしたんだ?」
「んーとね、音が変わった感じになってるから、ちょっと気になってるの」
「変わった感じって?」
「わたしの足音が、もどってくる感じ」
「ここは聖歌を歌ったりもするから音が響くように出来てるんだ」
「ひびく、ってこういうことかぁ……音が楽しいね」
「音が楽しいって良い表現だな」
「変?」
「変わってるけど俺は好きだな」
そうして雑談をしているうちに彼女はこの場所に慣れてきたようだから、練習を始めた。
「アンジェが本番に歩くとおりに一緒に歩いてみようか」
「うん」
入り口の扉から、いつものように2人並んで歩く。
椅子と椅子の間のまっすぐな通路だから、ここを歩く分には不自由はないだろう。
「ここから階段だよ。6段あるし、段差は家の階段よりもだいぶ低くて、幅が長いから気をつけて」
俺の言ったとおりに、つま先で段差の高さや幅を探る。
「慣れてないから、登りにくいかもしれないけど、お家の階段よりも、しんどくないのかも」
「低いからってこと?」
「そう。かもしれない、だけど」
「行ってみようか。まだ確認の時間要る?」
「ううん、だいじょうぶ。もう、いけるよ?」
アンジェの足元を気にしつつ、ゆっくりゆっくり階段を登る。
出会った頃や階段の練習を始めた頃からは想像出来ないくらいに確かな足どりで。
「この段で最後だよ。お疲れさま」
俺が隣で一緒だったとはいえ、ほとんど苦労もなく登りきることができた。
「ここまで、なの?」
「うん。ここに俺がいるから、この先はずっと俺が隣に居れるから」
「これなら、わたしでも、できそう」
「今でも出来てるから、あとは繰り返して感覚を掴めば本番も失敗せずに出来るよ」
「うん。だから、もう一回ね?」
こてん、と首を傾げてそういうアンジェ。
それから数回、2人で往復した。
入り口から階段が始まるまでの歩数をきちんと測り、段差を感覚で確かめるようにゆっくりと登ると、会場の大きさもおよそ把握出来たようだ。
そうこうしているうちに、神父さんが入ってきて集会の準備を始める。
「今日は終わりの時間が来たからここまでだけど、本番までの間にまだ何回か使わせて貰えるように手配してるからな。また練習しにこよう」
「ありがとうね、セトスさま。いつも、わたしのこと、考えてくれて」
「アンジェこそ、頑張ってくれてありがとう」
「えへへ、お互いに、ありがとうだね。セトスさまのためなら、わたしにできることは、何でもがんばるから!」
自信満々の表情で俺の為にそう言ってくれる彼女。
言ってくれたこと自体も、アンジェが自分に自信を持てていることも、何もかもが嬉しくて。
「お互い様だね。ありがとう」
そう言って抱きしめると、俺の腕のなかで満面の笑顔を見せてくれた。
***
翌日、家に帰ると。
「あのね、セトスさま!いいことがあったの」
ウッキウキのアンジェが出迎えてくれた。
「どうしたんだい?」
「こっち!見に来て!」
一人で歩けるようになってからも、彼女は変わらず俺の腕に手をかける。
アンジェについてリビングに行くと、出窓のところへ向けて手を引かれた。
「ほら、マリーちゃんが咲いたの!」
赤と黄色のマリーゴールドが小さな鉢に植わっていた。
「とっても可愛くて明るい赤と黄色だよ。咲いてよかったね。
アンジェがちゃんと毎日お世話していたからだね」
「ジャンと、イリーナが、教えてくれたとおりにしたの」
「もうすぐ結婚、って時に咲いてくれるなんて、アンジェを応援してくれてるみたいだな」
「そう、なのかな?
マリーちゃん、わたしと一緒に、がんばろうね」
アンジェの小さな手が、マリーゴールドの花を優しく撫でる。
夕焼けに照らされた彼女の微笑みは、切り取って飾っておきたいくらいに綺麗だった。




