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【書籍発売中】俺の天使は盲目でひきこもり  作者: ことりとりとん
四章 冬から春へ

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39.初雪

 

「うー、寒い」


 職場からの帰り道。

 馬車を使っているとはいえ、足元から染み込んでくるかのような寒さにうんざりしていると。


「……雪か」


 誰もいないのにそう呟いてしまった。

 今年の冬は寒くなるのが少し遅かったけど、いよいよ初雪だ。


 車寄せから離れまでの短い間もコートの襟を掻き合せるようにして足早に歩く。

 アンジェの待つ暖かい我が家へと。



「ただいま」


「おかえりなさい! さむいね!」


 扉を開けるとアンジェが出迎えてくれると、それだけで1日の疲れが吹き飛ぶくらいに癒される。


「ああ、寒いな。外は雪だし、家の中に居ても寒いだろ?」


「ゆき?」


「あれ、雪降ってるけど、知らないのか?」


「しらない。……見に行く!!」


 アンジェがキラキラの笑顔でそう言ってくるし、できるだけ彼女の希望は叶えてあげたいんだけど。


「寒いけど、本当に行くのか?」


「行きたい! だって、ゆきって知らないもん」


「それなら、ちょっとだけ待ってくれるか? さすがに寒いから暖まりたいし、アンジェが外に出るなら上着も着ないと」


「あ、そっか。このままの服じゃ寒いね」


 ニコニコしながらも、外には行きたいらしい。


「日も暮れてるし、ちょっとだけな?」


「うん! イリーナ、上着ちょーだい!」


 知らない物への期待でワクワク顔のアンジェに苦笑いのイリーナ。


「お嬢様、主様はお帰りになったばかりですし、少し休んでからになさった方がよろしいのではないでしょうか?」


「あ、そっか。ごめんなさい、セトスさま。

 ちゃんと考えてなかった」



 一旦リビングで暖まっている間に、イリーナがアンジェにしっかり防寒対策をさせる。

 マフラーと手袋とふわふわしたコート、毛糸の帽子を身につけたアンジェは、雪だるまみたいだった。


「モコモコだなぁ! かわいいよ」


「ちょっと、あつい」


「外に出たら寒くなるからちょっと我慢してな」


 車椅子を押して外へ出ると、扉を開けただけでアンジェが首を竦めた。


「さむいね。風がいたいし」


「無理だったらすぐ中に入るから言って」


 寒さに慣れていないのにいきなり雪の日に外に出たら寒いだろうと思ってそう言っても


「だいじょうぶ! ゆき、なんでしょ?」


 アンジェの興味は寒さに勝るようで、ワクワク顔のまま。

 好奇心に溢れる可愛い顔を早く見たくて、屋根のない所のベンチの隣で車椅子を止める。

 こうしたら、ゆっくり彼女の感動する顔を見れるから。


「ちょっと雪がおさまって来てるから、アンジェにはちょっと分かりにくいかも知れないな」


「んー……」


 しばらく、雪を探すように手を伸ばしていたが。


「やっぱり、じゃま」


 そう言って手袋を外してしまった。


「寒くないか?」


「ん、だいじょうぶ。手袋してると、わかんなくなるから」


 そうしているうちに少し雪が強くなってきた。


「こうやって、手のひらを上に向けて待ってたら降ってくるよ」


「……あっ!」


 右の頬に手を当てる。


「当たった?」


「わかったよ、これが、雪!」


 頬をぺたぺたと触っている。


「当たってから、しょわっ!てなって、それが水になるの」


 しょわ?

 どういう表現か分からないけど。


「雪が溶けるのが、しょわ、ってこと?」


「そう、そう! 雨はぱん、って当たるけど、雪はふわっ、てした後、しょわってなるの」


 俺は雪をそんな風に感じたことはないけれど。

 彼女にとっては肌の感覚で感じて、音で表現するものなんだな。


「雪が、いっぱい! どんな物か、わかったら、感じやすい」


 テンションがあがって、手足をぱたぱたと動かすのが小動物系でかわいい。


 顔に雪が当たる度に感動する彼女を見ていると、この綺麗な景色を見せてあげられないのが本当に悲しい。

 真っ暗な夜空に、光を受けた雪がキラキラと反射するのはとっても綺麗なのに、同じ景色を共有することは出来ない。


「セトスさま、ありがと! 雪って、こんなものなんだね! ふわふわが、顔とか手で溶けて水になっちゃう」


 手のひらの上でただの水に変わってしまう雪が、少し残念そうだ。


「でも、次のが降ってくる! 手より、顔の方がちゃんと分かるから、顔に来てくれないかなー?」


「でも、顔に当たったら冷たいだろ?」


「うん、冷たい。だから、かな? ちょっとずつ、感じにくくなってるかも」


「風もあるから、段々かじかんできてるんだろう」


 寒さで可哀想なくらい赤くなっている頬や耳。

 照れてる時みたいでちょっとかわいいけど、そのままにしていたら痛くなってしまうから。


「触るよ?」


 手袋を脱いで、アンジェの頬に手を当てる。

 声をかけたとはいえ、突然だったからびっくりしたみたいだったけど。


「あったかい。……ありがと」


 俺の手のひらに擦り寄る彼女の頬は、温める前より赤くなってるんじゃないかと思うくらいで、照れてるアンジェはやっぱりかわいい。

 それから、冷たくなった耳も揉むようにして温めてあげる。


「寒いだろ? もうそろそろ部屋に入ろうか」


「んーん、もうちょっと、ここにいる。だから、あっためて?」


 小首を傾げてそう言う彼女の破壊力は、ヤバい。

 いつまででも眺めていたいくらい。


「セトスさまの手、おっきくて、あったかいね」


 正直に言おう、雪なんてどうでもよくなった。

 とにかく、アンジェがかわいい。

 しかも、このふわふわの可愛い笑顔は、俺だけのもの。




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