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【書籍発売中】俺の天使は盲目でひきこもり  作者: ことりとりとん
三章 支えあえる

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33.セトスの練習

 


 アンジェは、毎日の練習の成果で立って足踏みが出来るようになった。

 そう遠くないうちに、1人で歩けるようになるだろう。

 だけど、彼女は足の筋肉がついて歩く機能を得たとしても、どこへ向かって歩いたらいいのかは分からない。

 そこは頑張ってもどうしようもないところだから、俺が助けてあげないといけない。


 でも、俺にその準備はできているだろうか?


 アンジェが歩く補助をするのに、自分が先に練習しておかないといけないだろう。

 お互い初めてでやったら、多分怪我させてしまうから。


 誰か練習に付き合ってくれそうでちょっとぐらい怪我しても大丈夫そうなやつ……

 やっぱアルだな。

 店番して忙しいかもしれないが声かけてみよう。





「よぉ、面白そうなことしてるらしいな?」


 ほとんど待つこともなくアルがやってきた。

 ある程度身分があると友達というものが作りにくい。


 同じ身分内での友人もいるにはいるが、やはりお互い家の名前を気にしつつの付き合いになるせいでよそよそしい感じになってしまうことも多い。

 そんな中で身分を気にせず付き合えるアルは、俺の数少ない友人の1人だ。

 ここまで身分が離れるとむしろ気を使う気が失せるんだそうだけど。


「あの、車椅子上げた子のことだろう?次は何するんだ?」


 相変わらず好奇心の塊みたいな奴だ。


「お前、人生楽しそうだなぁ」


 呆れたようにそう言うとわざとらしく崩れ落ちた。


「セトスが冷たい!店番ほったらかしてきたのにぃ……俺もう立ち直れないかも」

「はいはい、わかったわかった。悪かったって」


 すぐにスチャっと姿勢を戻し


「そんで何すんの?」


「アンジェがもうすぐ歩けそうだから先に少し練習しておきたいと思って、練習台になってほしい」


「お安い御用だ。目隠しすりゃいいか?」


「そうだな」


 すっと目隠しが差し出される。

 本邸のサロンだから侍女が優秀すぎる。


「この感じ、貴族ならではだよなぁ。俺はちょっと落ち着かないんだけど」


 アルが、目隠しを受け取ってからコソッと呟く。


「そうだなぁ。俺もあんまり好きじゃなくてな。

 アンジェも他人の視線に敏感だから離れの方はこうじゃないぞ?」


「庶民の俺にとってはそっちの方が落ち着きそう」


 雑談しながらも目隠しをつけ終わり。


「前に進むぞ?」


「怖い怖い怖い!」


 両手を持って引っ張ろうとしたら1歩も動けなかった。


「セトス、先にやってみろ。怖いぞ?」


 確かに自分が体験しておくのも大切か。

 目隠しを受け取って付けてみて。


「進むぞ?」


 さっき自分がやったのと同じように手を引いてもらうものの……


 怖いなぁ


 自分の家のサロンで、物の配置は完璧に知ってるのに、目で見て確認できないだけでこんなにも怖いのか。


「これは大変だなぁ」


 アルが呟くようにそう言うが、まさしくそうだろう。

 アンジェにこの恐怖を克服してもらわないといけないから。


「とりあえず進むぞー?」


 アルが無理やり腕を引くから、進み始めてみた。

 冷静に考えたら目の前にはアルが立ってるはずで、何かにぶつかる方が難しいだろうとは思うのだが、それでも怖いものは怖い。


 少しだけ慣れて部屋の中をぐるぐる回っていると、アルが悲鳴を上げた。

 目隠しを外してみると、机の角に腰を打ち付けたらしく涙目になっていた。


「これ、めっちゃ痛いよぅ……」


 しばらくぶつけた所をさすっていたが。


「よしもう大丈夫。もっかいやってみよう」


 さっきまで涙目だったのに元気だなぁ。

 それがこいつのいいとこなんだが。

 またさっきと同じように歩き始めたが、アルが頻繁に背後を確認するせいで片方の腕だけが引かれて歩きにくい。


 歩幅が一定じゃないのは、こんなに歩きにくいものだったのか。

 どうしたらいいかと考えつつ歩いていると、またアルの悲鳴が響く。


「ごめん、大丈夫か?」


 今度の原因は俺だ。

 思いっきり足を踏んだ。


「大丈夫だけど、この方法やめた方がいいなぁ」


「そうだな、危なすぎる」


「それに、こうやって歩くのは変すぎるよ?」


「確かになぁ」


「普通に横に並んで手を繋ぐか?

 貴族はあんまりやらないみたいだけど、俺は彼女と遊びに行く時はだいたいそうする」


「サラッと惚気んなよ」


 軽く小突くが楽しそうで何よりとしか思わん。

 別に一緒に出かけるのが羨ましいとか……


「何?アンジェちゃんと出かけたいのか?」


 ニヤニヤとからかってくるアルの頭をはたく。

 パン、といい音がしたが……


「痛えよ!俺今日ダメージくらいまくりなのに……酷い!」


「よし、続きやるぞー」


 お互い昔からこうやってきたから、気を使わなくて済んで楽しい。

 他の人には旅芸人の漫才みたいだって言われたりするけど。


 それはともかく。


「両手持ってた時よりも怖いなぁ」


 俺はこのまま進むのはちょっと無理かもしれない。

 手を繋いでるだけだから距離感がイマイチ分からないし、何よりも前に何かありそうで怖い。


「まぁいったん進むぞ?」

「そんなに軽く言うな。怖いんだぞ?」


「大丈夫大丈夫!」


「お前はいいだろうけど……」


「あっ」「痛っ!」


 何かにぶつかった。


「ごめんごめん。ソファーだから大丈夫だろ?」


「大丈夫じゃない!何だよ、『あっ』て!分かるわけないだろう!」


「悪かったって。

 思ってたより遠い方に向かって歩いてたからさ。

 俺からしたらセトスがソファーに突っ込んでいたみたいなもんだし」


「そうか、サポートする側が相手の動きをコントロールできないのはかなり不便だなぁ。

 される側も不安定だしかなり怖い。

 これならさっきやった両手のやつの方がマシだ」


「そうだよなぁ、他のやり方……」


 2人とも黙ってしばらく考えていたが。

 そうだ思いついた。


「普通にエスコートみたいにしたらいいんじゃないか?あれなら距離も近いし」


「そういやそうだな。ってかあれってどうやってやってるんだ?」


「腕をこんな感じにして……」


 エスコートしたことないアルにやり方を教えていく。


「じゃあやってみるか」


 目隠しを直してアルの肘を持つ。


「進むぞ?全く怖くない訳ではないが、アルが半歩先を歩いていると分かっているだけで少しはマシだ」


 部屋の中を二周ほどしたが特に問題起こらなかった。


「エスコートってすごいなぁちょっと感動した」


 やっぱりみんながしてるのは便利だからなのかもしれないな。


「じゃあアンジェちゃんの練習はエスコート式でやるのか?」


「そうだな。その方が仕事で連れて歩く時にもいいと思うし」


「えっ? 目が見えないのに連れて歩く気なのか?」


「当たり前だろう? アンジェはかわいいんだし」


「セトスが堂々と惚気てる! 面白いな!」


 ゲラゲラ笑うアルが少しうざいが仕方ない。


「セトスにそこまで言わせるのってどんな子なんだろうなぁ……そのうち会わせてくれよ?」


「まぁ、そのうちな?」



 もうすぐアンジェは歩けるようになるだろう。


 そうしたら色んな所へ連れて行ってあげたいと思っているから、アルの店に連れて行くのもいいだろうな。


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