プレイヤーのこと
よろしくおねがいします。
ダンジョンの一角、洞窟内で自然と壁に背中を預けて座る。周囲には秀平が記憶している中で中級の光属性結界魔法フィジカルガードが展開されている。
名前の通り結界内への接触を物理的に防御する魔法だが、全ての物理的な物質が遮断される訳ではなく、あくまでも対モンスター用の結界だ。
その結界も少々の攻撃では崩れないようにはなっているが、アリの群れとネズミの群れ、双方が総掛かりで壊しにかかったら耐えきれない程度のものである。
だがそれでも無いよりはモンスターを足止めできるだろうという事で設置していた。他に秀平が覚えている結界魔法のような防衛陣を築くような魔法はより過剰なセンチネルガードという強固な結界を敷く大魔法や、土魔法で土壁を築くグラウンドウォールになる。
こんな事なら結界魔法や防御系の魔法にも手を出しておくべきだったかな、と考えながらペットボトルの中の水を飲んだ。
女性達も回復し、壁に背を預けて鞄から水を取り出し飲んでいた。『なお』の方もすっかり良くなったようで、先程までの具合の悪そうな表情から大分マシになっている。
それでも体力は消耗していたようで、今も大人しくお茶を飲んでいる。
秀平も慣れない上に得意でも無い結界魔法を展開した事で消耗した魔力を身体を休める事で回復させていた。
「あの、ありがとうございます。本当に助かりました」
「いえ。偶々遭遇できたので。何とかなったようで何よりです」
回復魔法を行使していた女性から声をかけられ、そう応える。
実際、微かに聞き取れる程度の声が聞こえたから間に合っただけだと思っており、それに関しては運が良かったと思っている。
「私、大崎ひとみって言います。彼女は東雲奈緒。私達、高校からの同級生なんです。今は同じ大学に通ってます」
「俺は……島長秀平です。高校3年生です」
突如始まった自己紹介に虚を突かれながらも秀平も自己紹介を返す。その秀平の言葉にひとみは驚いたような表情を浮かべた。
「高校生……なお、私達より年下の子がいたよ」
「確かに、驚いた。ここに来てるって事は受験とかどうするの?」
「受験対策はしてますよ。そもそも推薦枠で受かるつもりですし」
秀平のその言葉にほえー、とひとみが言うと周囲を見て問いかけた。
「島長君は、プレイヤー、なの? 私NFOのプレイヤーだけど、こんな魔法見たこと無いんだけど」
ひとみのその言葉に首を傾げる。
「ニューワールドファンタジーオンラインですか。こういう結界魔法無いんですか?」
「結界魔法……自体はあるけど、何ていうかもっとバリアーッ! て感じの魔法なら知ってるけど、こういう感じのは知らないなぁ」
「そうなんだ。ちなみにそのバリアのような結界魔法っていうのはどういうのですか?」
「聖属性のセイクリッドエリアっていう魔法。聖属性だから私みたいなヒーラーの使う魔法なの。アイテム消費があるんだけどね」
「へぇ、聖属性……そういうのもあるんですね」
この先その聖属性が必須な状況があるのかもしれないなぁ、と思いつつ話を続ける。
「俺がプレイした事があるのはギルドウォーザストリームっていうゲームで、VRゲーは今の所それしかやった事無いです」
「へぇ、ギルドウォー……知らないなぁ」
「まぁ、日本人のユーザーは俺以外知らないですけどね。ブログなんかには記事にしてる人がいたりしましたけど、やっぱり記事数も少なくて話題性は全く無いゲームですよ」
秀平のプレイしていたゲームは日本はおろか海外でもリリース当初は多少話題にはなったが、そのガチガチのプレイヤー対戦仕様のゲーム性と膨大なスキル数、圧倒的なプレイヤースキルを問われるゲームとしてライトユーザーは自然淘汰され熱心なPVP(プレイヤーVSプレイヤー)ユーザーしか残っていないというゲームだ。
良くそれで運営が成り立つなと思われる事もあるが、秀平もハマってやり込んでいた時は月額課金とサービスパック、アバターパックなどに小遣いを注ぎ込んでいたのでそういった熱心なプレイヤーを一定数は確保できているのだろうと思われる。
そんなゲームで秀平は魔法を使い戦闘を行っていた。その技能が今、現実の世界でこうして役に立っているというのは、中々に面白いと考える。
「それで、そのゲームの魔法が使えるんだ……すごいなぁ」
「凄くはないですよ。ファーストキルの恩恵です。それより、そろそろ東雲さんは体調大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫。もう体力も十分回復したと思うわ」
奈緒はそう言うと立ち上がり、傍らに置いていた木刀を持って素振りをする。その姿は堂に入っており、どうやらにわか仕込みの剣術という事は無いようだ。
「東雲さんは、剣道などをやっていたり?」
「剣術ね。実家が道場で教えていたし、高校時代は剣道部だったわ」
「なおは剣道でインターハイ行ってるから。それにスキルも剣術関係のスキルだしね」
「なるほど。前に出る関係で、ネズミに噛まれたりしたんですかね」
秀平がそう言うと、二人して肩を落とす。
「目に見える傷は私のヒールで治せるけど、まだキュア関係のスキルは使えないみたい……」
「まさか鼠咬症、ネズミに噛まれてから発症するのがこんなに早いとは思わなかったもの」
そう言って二人は秀平へと向き直りお願いする。
「島長君、お願いなんだけれど……」
「まぁ、言いたい事は分かりますし、俺の目的も次の石碑なので。一緒に行きましょう」
そう言うと、二人の表情が明るくなった。
「ホント! 良かった、本当に助かるよ!」
「この御礼はいつか。そのためにも一旦ダンジョンから出ないと」
「そうですね。とりあえず次の石碑までなるべく早く到達しましょうか」
そうして、三人でのダンジョン探索が開始された。
結界魔法を解除して道を進むと、早速アリとネズミの混成部隊に遭遇する。全体の数としては9。大した数では無い。
秀平が魔法で排除しようかと思った時、奈緒が木刀を手にアリへと切りかかった。
手に持つ木刀は仄かな赤い光を発し、斬撃となってアリの頭を両断する。返す刀でもう一体のアリを片付けた所で、秀平が空いた隙間に風の刃を放つ。その勢いのまま奈緒との連携でモンスターを片付けると、三人でドロップアイテムを拾う。
「その木刀、普通に斬れましたけれど」
「斬撃の時に木刀に闘気が乗るんだ。スキルの一つだけれど、まだ木刀に軽く乗せる程度しかできない。使いこなせれば全身に闘気を纏って攻撃を防いだりなんかもできるらしいけれど」
「オーラ系のスキルは熟練度が必要だから。その分パッシブスキルで熟練度が上がれば常に強化されてる状態になるんだよ」
「へぇ。東雲さんもNFOを?」
「いや、ウチにはゲームなんて無い。仕様に関しては全てひとみの受け売りよ」
「へへ、私がなおの知恵袋なのです」
全てのアイテムを拾い終えたひとみが胸を張ってドヤ顔する。その姿に苦笑を浮かべつつ、秀平が奈緒へ問いかけた。
「東雲さんの剣筋とかは本来のものなんですね。東雲さんの家って、杖術とかも教えてたりします?」
「ウチは古武術に属するものならやっているな。杖術もその一つ。入門希望ならいつでも募集しているよ」
奈緒のその言葉に再び苦笑を浮かべて、手に持った六角棒をくるりと回す。
「入門、とまでは行かないかもしれないですけれど。見学には行ってみたいですね。杖道じゃなくて、杖術が学びたいので」
「なるほど。確かにより実践的なのは道よりも術だと私も思う。だからといって道が劣るという訳ではないし、それを学ぶ人達を否定するつもりは無いけれど」
「もうちょっと、こう、勝ちに拘ったものを会得したいんですよね」
そう言いながら先へ進み、再び接敵したアリとネズミに秀平はそのまま躍りかかる。六角棒に魔力を通して強化し、突き、払い、打ち捨てる。
都合一人で消化してしまったモンスターが全てドロップアイテムに変化したのを見届けてから、秀平は奈緒へと振り返った。
「どうでしょう」
「うん、基本は出来ているし、所作に問題は無いかと。杖術は専門じゃないから私は言えないけれど、ウチの父か祖父なら良いアドバイスが出来ると思うよ」
「なら一度、見学に伺おうかな……」
ドロップアイテムを拾い終えてそう言うと、秀平の言葉にひとみが反応した。
「でもなおの実家って、凄いスパルタだってウワサが……」
「まぁ、部活から武道に入ったような者にはスパルタかもしれない。実際ウチに見学に来た部活の同期や後輩達は皆脱落してしまっているし」
「それはまた、いや逆に都合が良いのかな……」
そんな事を話しつつ道を進むと、やっと石碑が現れた。その石碑に灯る仄かな明かりにほっと胸をなでおろしながら、次の第十四階層への入場券を獲得して三人で地上へと戻った。
時刻としてはまだ昼過ぎという時間帯であり、これからダンジョンに潜るという人間も多くいるのだろう。ダンジョンゲートの入口側は中々に混んでいた。
逆に秀平達出口側は空いており、三人はスムーズにゲートを潜って外へと出る。
「島長君、ほんとにありがとう。お陰で無事に外に出る事が出来たよ」
「本当。ありがとう、君が来てくれなかったらどうなっていたか」
「いえ、まぁ当然の事をしたまでで」
秀平のその言葉にひとみが笑顔を浮かべて言う。
「それでも助かったんだから。あ、そうだ。お礼って事でこれからご飯にいかない? 私達でご飯おごるから」
「え、そんな悪いですよ」
「いや、そうして欲しい。その程度でお礼になるかは分からないけれど、助かったのは本当なんだから」
「東雲さんには、ご実家を紹介していただければと思ってたんですけれど」
「それはそれで、礼にはならないでしょう。何なら今日の素材の換金額を渡すというのもあるけれど……」
「いやいや! それだけは嫌ですけど。分かりました、ごちそうになります」
そう言ってぺこりと頭を下げる秀平に、ひとみと奈緒が笑顔で頷いた。




