救援
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東京ダンジョン第十二階層。相変わらず洞窟の内部を模した光景を確認しながら、巨大なアリのモンスターを屠っていく。
第十一階層と比べると若干モンスターの挙動が素早くなっているかな、と感じる程度ではあるが、多少の変化は起こっていた。
そしてダンゴムシの数が減り、目に見えてアリの数が増えている。
もしかしてこの洞窟内部はアリの巣状態になっているんじゃないかと思いつつ、ドロップされた魔石とアリの素材をリュックに詰める。
アリのドロップは足を基本にレアドロップにアリの胴体部分が追加されていた。
アリの胴体部分は見て分かる程に強固に出来ていて、少しコンコンと外皮を叩くと硬い音を跳ね返してきた。
こういった素材を冒険者ギルドは買い取り、研究の他加工して冒険者の装備を作り出したりといった事にも用いられている。
直近でも硬質プラスチックの代替品としてダンジョン産素材を利用したものが作成されている。
限りある資源、と現在は分かっている地下資源。特に石油を原料としたモノに頼っている中、ダンジョン産の素材でその代用品が作成できるという事は、日本にとって大きな意味を持つ。
石油製品の代用品を自らの国に存在するダンジョンから産出される素材から作成可能ならば、現状よりも産出国に対する依存状態が緩和できる。
また魔力を新たなエネルギー資源として研究、開発を行っている事も同様に発電などのエネルギー事情が燃料産出国に依存しなくても良くなるという事だ。
これは日本ばかりでは無く他の国も同様ではあるが、現在各国が競って魔力というエネルギーを効率良く資源化させられるか競っているような状態だ。
既に実戦投入としていくつか技術が発電などに用いられている。いずれ地下資源が枯渇する前に、実用化されている事だろう。
その点を、個人単位で言うならば魔法使いとなった冒険者は容易くクリアしてみせている。
魔力を有用なエネルギーとして活用し、魔法を放ち敵を倒す。
魔法使いに関しても現在研究中となってはいるが、その理論や魔力の運用方法は新たな世界の新たな技術として確りと確立されていく事だろう。
世の中には魔法使いのみならずファーストキルの恩恵で得たスキルを研究する為の研究機関も存在しており、実験に参加するとお金になる。
秀平は今の所それに応募するつもりは無いが、食うに困るような事があったらやってみようかな、などと思っていた。
そうしてアリの群れとコウモリを屠りながら進んでいき、通路を右往左往する。
通路は当然一本道などでは無くいくつかの横道が続いていたりするが、迷路と言うほど複雑にはなっていないのが救いだった。
前後の風景に変わり映えの無い洞窟という事も迷いやすい要因の一つだが、その上迷路になっていたら一階層をクリアするのにも一日単位で時間がかかる事だろう。
一人で先を進んでいる秀平としては、一日がかりで洞窟を探検するのは御免だ。
たった一人モンスターを倒しながら迷路を右往左往するなど孤独にも程がある。
そう考えると、仲間が必要なのかもなぁと思えてきた。
そんな事を考えながら探索していると石碑を発見出来た。これで第十三階層への入場と出口への帰還が可能になるとほっと一安心した所で、秀平はそのまま十三階層へと転移した。
相変わらずの光に包まれての転移完了に背後に石碑がある事を確認してから、よし、と前を進む。
背中のリュックに荷物はまだまだ入るし、十二階層の探索でもそこまで浪費していない。余力は十分にある。
先へと進みながら自身の状態を確認してこの階層で初めてのモンスターに接敵する。
相手は続投の小型犬ほどのアリと、新規に現れた小型犬ほどの大きな灰色ネズミだ。アリは10体ほど、ネズミは3体。
中々の群れに当たったと思いながら、六角棒を振るい石の礫を射出した。
アリは半分ほど石の礫を身体に受けダウンしたが、ネズミは全部が石を避ける。その事になるほど、と思いつつ再び石の礫を、それと同時に風の刃を射出。
間髪付けず射出された二つの魔法に石の礫を避けられたネズミも対応できなかったようで、続く風の刃に微塵に切られ地面へと倒れた。
その事にまぁこの程度か、と若干落胆を込めてため息をつきつつドロップ品を確認する。
アリのドロップは変わらずアリの素材であり、ネズミのドロップはアリのものより大きな魔石と、ネズミの尻尾および前歯だった。
この世界には鼠噛症が当然ある。モンスター相手でもネズミだったら鼠咬症を危惧しておいた方が良いのだろうかと考えつつ前歯を念の為手では無く魔法で浮かばせてリュックの中に入れる。
他にも動物咬傷に関しては普通に対策を考えておかなければならないかと思いつつ、はたと思い直す。
こういう時に便利なのが魔法だ。
秀平の知っている魔法の中の一つ、クリアブラッドの魔法を唱えておく。
このクリアブラッドの魔法は名前の通り血液を清浄な状態にする魔法で、秀平のプレイしていたゲームでは時間経過で発症する病気や毒のバッドステータスとそれに付随するDamage on Time、所謂DoTダメージを解消する効果があった。
秀平はその魔法を発動して念の為の対処をする。ネズミに噛まれたりをしていないのだから心配しなくても大丈夫だろうとは思うが、念の為だ。慎重にすぎるという事は無いだろうと思いながら先へと進む。
暫くして再びネズミと遭遇した際にも倒した後にはクリアブラッドの魔法を使っておいた。
ネズミに対してこれほど警戒するのであればコウモリに対しても同じような警戒をしておくべきだったんじゃないかと今更ながら思ったが、それはそれだ。
秀平はドロップ品を回収して一息ついて先へと進む。すると、ほんの微かに秀平の耳に声が聞こえてきた。
本当に微かな音で勘違いかと思ったが、よく耳をすませば再び同じような音が聞こえる。
それがまるで、女性の叫び声かと思い至った秀平は、声のする方向へと走り出した。
全身に魔力を纏い、身体の隅々まで魔力を循環させて身体能力をブーストして走り出す。魔法を手にしてから初めての、全力だ。
凄いスピードで景色を飛ばし、前に立ちふさがったアリとネズミの集団にも普段より強めの魔法をぶつける。
「邪魔ッ!」
振り払った六角棒から射出された竜巻にアリとネズミの団体が飲まれ、消えていく。
ドロップアイテムがあったがそれに構わず声のする方へと進んだ。
やがて声は大きくなり、その声が本当に女性の叫び声であると認識できた時には、更に走る速度を加速させた。
「誰か、誰か!」
そんな叫び声の元へと到達すると、アリとネズミの集団に取り囲まれた二人組の女性の姿があった。
片方は膝立ちとなりながら木刀を支えにしてどうにか姿勢を維持している。もう一人の女性は何とかアリの攻撃から棍棒のようなもので木刀の女性を守るように支えていた。
その姿を確認できた秀平はダン、と床を蹴りアリとネズミの集団の只中、二人の女性の側へと降り立つ。横に棍棒を構えアリをガードしていた女性を襲っているアリに六角棒を突き立て吹き飛ばすと、自分達を中心に魔法を発動した。
「吹き飛べ!」
初級風魔法の中で自身を中心とする範囲へと旋風を巻き起こす魔法、ワールウインド。旋風は風の刃同様旋風に触れたものを粉微塵にしてしまう。
この他にも秀平の手札の中には自分を中心に発動する魔法がいくつかあったが、ワールウインドのように自分の周囲を中心に、という魔法の中で他のものは大分過剰火力であった事からワールウインドを選択していた。
それでもワールウインドもアリとネズミにとっては過剰な火力であったようで、巻き上げられたアリとネズミの群れはその姿を消しながら上空からドロップアイテムとして降ってきた。
パラパラとドロップアイテムが降り注ぐ中背後を振り返ると、木刀の女性が床へと横たわり、もう一人の女性が両手から光を放ちながら泣きそうな表情で木刀の女性へ声をかけていた。
「なお、なおっ! どうして、どうして治らないの!?」
若干混乱しているようで必死な表情で『なお』と呼ばれたへ手を当てているが、それでも女性は回復していないようで苦しげに眉を顰めていた。
そこへ秀平は近寄るともう一人の女性へと確認する。
「彼女、どうしたの。体調不良、持病とかそういうのは?」
「わか、わかんないんです。何度かアリとネズミをやっつけたんですけど、段々具合が悪くなっていって……」
「ネズミに噛まれたりは?」
「それは……多少。でも傷はすぐ治しました」
「……鼠咬症かな」
考えられなくは無い話ではある。鼠咬症は普通なら数日がかりで発症するようなものであるが、ここのダンジョン産のネズミがもっと強力な鼠咬症を発病させる菌を保菌していてもおかしくはない。
秀平のそんな言葉に女性は顔を青ざめさせた。
「病気……そんな、私まだ状態異常回復の魔法なんて使えない……」
「どいて、俺がやってみるから」
「お……お願い、します……」
場所を変わった秀平はクリアブラッドの魔法を強めにかけて、それと一緒にピュリファイという魔法をかける。ピュリファイはその名の通り清める魔法で、クリアブラッドと併用する事で女性の体調を完全に浄化し整えられないかといった用途で使用した。
その魔法はしっかり効果があったようで、『なお』と呼ばれた女性は次第に苦しげだった表情を変化させ、苦痛が消えたようだった。
秀平はその事にほっと息をつくと瞼を開いた『なお』に向けて問診を始める。
「どこか、痛い所はありますか? 熱っぽいとか、そういうのは。身体は多少だるいのが続くかもしれません」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
その言葉に再び息をつき、女性と入れ替わる。
「大丈夫みたいです。後は体力が回復すれば大丈夫かと」
「あり、ありがとうございますっ! なおっ、良かったぁっ!!」
そう言って『なお』に抱きつく女性の姿を見て、何とか間に合って良かったと、秀平は胸を撫で下ろすのだった。




