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魔女狩り 十二 ~ 追及

 翌日、僕はコヴァーチ、ビーロー、ネーメトの三家の夫人に村役場へ来るように依頼した。今回の魔女騒動の原因である乳児の死は、彼女たち自身に責任がある。堕胎薬を使おうとしたり、乳児が消化不良を起こすような食事を与えていたり、それが事件に繋がった。

 僕はこれまでの調査でそのように確信していた。


 それは恐らく、彼女たちが町に出向いていることにも関係している。町の若旦那たちと会う度に、彼女たちは情事にも及んでいたに違いない。先生が送ってくれた手紙の写しという証拠もある。


 そう言った男女関係の後ろめたさや、その確たる証拠である子供を隠すために、残酷な方法を選んだのだ。その後、魔宴(サバト)の痕跡を残し、無関係な女性たちを魔女に仕立て、自分たちへの追及を避けようとした。

 鶏に毒殺したのも、そもそも作業に慣れていないから。

 香炉に乳香があったのも、魔宴(サバト)の詳しい内容を知らなかったから。


 これがゼレムの村での魔女騒動の真相だろう。魔女の呪いなんてものは存在しない。

 すべては身勝手な夫人たちの仕組んだことなのだ。


 僕はこのことを三家の夫人に告げ、シャロルトやイレーンへの告発を取り消してもらうつもりだった。

 しかし、時間になっても彼女たちは現れない。万が一の時に備えて卯月とも相談しておいたのに。刻一刻と、時間だけが過ぎていく。


 いよいよ僕も待ちきれなくなって、村役場から出ようと思ったその時、誰かが部屋に入ってきた。


「やあ、待たせたね」


「どうして……」


 現れたのはレミュザ氏だった。


「君たちが熱心に調査を行っているようだからね。私もきちんとさせておかなければならないと思ったんだ」


 レミュザ氏は慌てる僕を椅子に促し、自分も椅子にかけた。


「調査について、君と私の見解は概ね一致していると思っていたのだけど、どうやら違ったみたいだね」


「どういう意味でしょうか?」


「魔女を追い詰めて、村を危機から救うということさ」


「魔女なんて、存在しません」


「それは君の勝手な憶測に過ぎないよ」


 レミュザ氏はどこまでも穏やかな口調で述べた。


「子供が亡くなったのは三家の夫人たち自身のせいです。魔女の仕業なんかじゃありません」


「それは魔女の存在を否定する証拠にはならない」


「三家の夫人が、魔宴(サバト)(でっ)ち上げて、シャロルトに魔女の嫌疑をかけたんですよ」


「確かに、それはそうかも知れないね」


 レミュザ氏は優しく微笑みながら、僕に問い返してきた。


「だが、トードルは何故どのようにして死んだのだろうか?」


「それは……」


「それに、シャロルトが小魚を操った時、君も見ていたはずだ。彼女の姿を」


「何か、仕掛けがあったはずです。屍人形が納屋にいたのは不自然ですし……」


「火事の時、三家の夫人はそれぞれ家にいた。これまでの調査でも彼女たちはシャロルトや他の女性を遠巻きに見ていただけだった」


 レミュザ氏の緑色の目が、僕を見据えた。


「魔女の存在から目を背けようとするあまり、君は事実からも遠ざかっているようだね」


 一体、どういう事だ。レミュザ氏は何を言いたいのだろう。確かに分からないことはまだ残っている。

 しかし、それよりも僕はまずシャロルトの疑惑を晴らそうとした。それが間違いだとでも言うのだろうか。


「私の見解を述べよう。トードルを殺したのはシャロルトだ。彼女が殺した」


「どうしてそう言い切れるんですか」


「邪魔だったからさ。自分のことを魔女だと吹聴していたんだからね」


「そんなことをすれば、逆に自分が犯人だと言うようなものじゃないですか」


「その通り。彼女が犯人であり、そして彼女こそ魔女だ」


「魔女なんて存在しません」


「……。では、どうすればトードルはあんなことになったんだろう。君の考えを聞かせてほしいな」


「それは……」


 僕は今まさに対峙しているレミュザ氏の姿を見て、閃いたことがあった。


「ライデン瓶です」


 現場にはガラス片が残っていた。きっとあればライデン瓶だ。ライデン瓶を火元にすれば、火事を起こすことも可能なはずだ。


 そして、それができた人物は――


「ニコラスさん。貴方はトードルに屍人形を借りてから納屋に来るように頼んで、そこで彼を殺したのではないですか?」


「なるほど。面白い。続けてくれ」


 レミュザ氏は全く動じる様子もなく、僕に話を促した。


「納屋でトードルを殺した後、魔女の仕業に見えるように魔宴(サバト)の痕跡を作った。そして、屍人形とライデン瓶を使って、時間差で火事が起こるようにしたんです」


 レミュザ氏は頷きながら、僕の話を静かに聞いていた。自分が犯人だと指摘されているにも関わらず、彼はどこか面白がっているようにも見える。


「時間差で火事を起こせるのなら、誰にでもトードルを殺すことは可能だったということになるね」


魔宴(サバト)の痕跡は森にあったものに似せてありましたが、双十字架の横軸は道具を使わずに折られていました。女性がやったものではありません」


梃子(てこ)の原理を使えば、非力な者でも折ることもできたはずだ。それに」


 レミュザ氏が前に乗り出した。


「火薬も油もなかったのに、どうして爆発音までして、納屋はあんなに炎上したのだろう?」


 そのことは全く見当がつかなかった。


「勉強不足のようだから、特別に私から君に教えておこう」


 そう言って、レミュザ氏は旅行鞄から穀物袋を取り出した。


「少し机から離れてくれ」


 次に、彼は火の点いた蝋燭立てを机の中央に置いた。

 そして、彼は穀物袋から一握りの小麦粉を掬うと、蝋燭に向かって投げつけた。撒き散らされた小麦粉は、空中で一瞬にして眩い光を放って燃え上がり、天井を焦がして消え去った。


「これは……」


「空中を舞う粉塵に火を点けると、こういう現象が起こるんだよ」


 レミュザ氏は続けて説明した。


「足踏み式脱穀機に羽をつけて、脱穀機が回ると粉砂糖が飛散するようにしておいたのだろう。屍人形はその動力だ。穀物袋が空になったら、双十字架が傾いてライデン瓶のロッドにぶつかるように位置を調整しておく。そうすれば、時間が経てば勝手にドカンだ」


 確かに、レミュザ氏の説明であれば、実際に納屋で時間差で爆発を起こすことは可能に思えた。


「今の説明は……自白ですか?」


「とんでもない。もし、爆発を起こしたとすれば、粉砂糖を使って今のようにしたという私の推測だよ」

レミュザ氏はあくまでも白を切るつもりのようだ。


「貴方の他に、これだけの準備ができてトードルを殺せた人はいません」


「ライデン瓶は役場に置いたままで、誰でも持ち出せる状態だったよ。それに、たまたま粉塵について知っているからと言って、私のせいにするというのはおかしな話だ」


 レミュザ氏はゆっくりと息を吐いて再び椅子についた。


「知力があるからできたなんていう理屈は、魔力があるからできたということと変わらない。シャロルトにはトードルを殺す動機と魔女の疑惑があり、私には無い」


 僕はレミュザ氏に詰め寄った。


「こんなのは間違っています!」


「シャロルトの疑惑を払拭するだけの説明ができない君に、そのように主張する権利はない」


 レミュザ氏が立ち上がった。


「さて。君たちに対しても、疑惑を付け加えさせてもらおうか」


「何を……」


 僕がレミュザ氏から離れようとした時、部屋の扉が開いた。二人の村人に取り押さえられた状態で、卯月が部屋に入ってきた。


「彼女はトードルと争った際に呪文を唱えたそうだね。その他にも、最初の調査でイレーンが触れる前にライデン瓶に反応があった」


「言いがかりです。彼女は魔女じゃない」


「村人たちはそう思っていないようだがね。魔宴(サバト)の痕跡にも触れていたという話もある」


「そんなことだけで……」


「悪魔は時として、天使すらも装う」


 レミュザ氏が静かに呟いた。


「異端審問官としての、私の師のかつての言葉だ」


 一瞬、彼の緑の目に虚ろな寂しさが垣間見えた。


「彼女は暫く地下牢に拘束させてもらう。そして君もだ」


 レミュザ氏は村人から司教の書いた通行許可証と特許状を受け取った。既に僕たちの荷物も漁られていたようだった。彼は僕が止める間もなく、二枚の書類を蝋燭の火で炙り、ただの塵屑に変えた。


「この騒動が収まるまで、村から出ないように。改革派の修道院に部屋があるから、君はそこで過ごしてくれ。これ以上、勝手なことをされるとこちらも困るのでね」


 そう言って、レミュザ氏は僕を部屋の外へと促した。


「ふざけるな!」


 僕は怒りに任せてレミュザ氏へと掴みかかった。

 しかし、レミュザ氏は僕の拳を受け止めると、勢いよく壁に押し付けた。


「くっ……」


「私はあまり手荒な真似は好きじゃないんだが」


 そのまま腕を捻り上げられ、僕は身動きできなくなった。


「やめて!」


 卯月が悲痛な声で叫んだ。


「彼女のほうが聞き分けは良いようだが、君はどうするんだい?」


 レミュザ氏の試すような口振りが、僕の神経を逆撫でする。

 しかし、ここで暴れて何になるというのだ?

 卯月にはこれ以上の心配をさせない、無理をしないと約束したはずだろう。


「……わかりました」


 僕は大人しくしておくしかなかった。

 着替えくらいしか残っていない荷物を渡され、僕は項垂れたままレミュザ氏と修道院へと向かった。卯月が捕らえられ、もはや村からも動くことができない。

 このままシャロルトに罪がなすりつけられ、騒動が収まるのを黙って見ていることしかできないのか。確信を持って犯人だと言える人物たちを目の前にしながら、なんて様だろう。


 レミュザ氏は三家の夫人についても知っている。彼女たちが告発を取り下げるはずがないと踏んでいるのだ。そして、最終的な裁定を下すガストーニ牧師の立場が村の中で弱いことも。

 すべて彼の計算通りだったということだ。


 しかし、分からないのは彼の目的だった。彼もまた、《迷信狩り》の調査官として派遣されてきたはずではないか。


――どうしてだ?


 声にならぬ疑念は、僕の頭の中でぐるぐると巡り続けた。それは、修道院に軟禁された後も続いた。

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