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魔女狩り 四 ~ 異国の調査官

***



 ゼレムの村に入ってから、周囲の視線から畏怖と、無関心を装う冷淡さを感じる。

 怪現象を調査しているから?

 見たことのない肌色だから?

 それとも魔女に思えるから?


 村人たちの中では、私に対する嫌悪と好奇がせめぎ合っているのかも知れない。しかし、いちいちそれを気にしていても仕方がない。これまでも宿で代金を吹っ掛けられて、宿泊を諦めて、修道院で世話になったこともあった。

 カミルは気にしないふりをしていたが、私の存在が理由だということはわかる。


 修道服という仮初の敬虔さを取り払ってみれば、私はただの一人の奇妙な部外者に過ぎなかった。

 それでも、再び修道服に袖を通す機会は近く来ないだろう。たとえ、そのせいで人から蔑まれ、罵られようとも構わない。それよりも、先生のように、上手く立ち回ることを学びたい。


 ここまでの調査は、そのために私が選択した道程の一つだった。カミルには迷惑をかけてしまっているが、私と彼はお互いの協力を必要としている。そして、先生も。二人への本当の助けになれるように、私自身が外の世界に適応することが必要だった。


――とはいえ……


 今、私たちが置かれている状況は、そうした決意とは程遠いものだった。私は酔っ払った男に腕を捕まれ、カミルのほうは別の男によって長テーブルに上肢を抑え込まれている。


「調査だとか何だとか言って、お前らも魔女の仲間なんだろ?そうなんだろ?」


 酔っ払いは私の耳元で大声で管を巻いた。


「違います。彼女に手を出さないでください。僕たちは本当に調査官の助手なんです。ただ、魔女の騒動についてお聞きしたかっただけで――」


「余所者が魔女が何だって聞きつけてきて、俺らを騙そうったって、そうはいかねえぞ」


「そうだ! そうだ!」


 酔っ払いたちは聞く耳を持たず、好き勝手なことを喚きながら、杯の水をカミルに浴びせた。


 どうしてこのような状況に陥ったのか。

 経緯は至極簡単なものだった。料亭を併設した村の宿で、調査兼夕食に勤しんでいた私たちは、運悪く酩酊している村人たちに因縁をつけられたのだった。

 魔女の仲間が集まっている、と。


 カミルはこれまで同様に事情を説明しようとしたが、無視された挙げ句、あっさり組み伏せられた。抵抗しないことによって災難を避けてきた性格の彼が、暴力に頼ることはなかった。しかし、その態度に酔っ払いたちは増長し、彼を殴って痛めつけ、解放しようとはしなかった。

 そして、酔っ払いの一人が私にも腕を伸ばしてきた。


 こういう時は冷静に対処しなければならない。無闇に暴れたところで、私一人では力で敵うはずもなかった。他に客はいないし、宿の亭主はこの状況におろおろするばかりで、頼りになりそうもない。

 しかし、ただ見ているばかりではなく、私自身がなんとかしなければ。


 相手は三人。

 それでも、酔っ払っていて、意識もはっきりしているか分からないような連中だ。


「ねえ、兄さん」


 私は猫撫で声で囁いた。


「ああん? なんだ?」


「魔女のことなんていいから、私の目を見て」


 可能な限り、可愛らしい表情を作って、酔っ払いに話しかける。


「何言ってる? お前が魔女なんだろうが。違うのか?」


 酔っ払いは焦点の定まらない目で私を睨み返す。

 その瞬間だった。

 私は自由な手を伸ばし、腕を掴んでいる酔っ払いの肘の窪みに、力の限り親指を捩じ込んだ。


「ぎゃあああ!!」


 急所を突かれた酔っ払いは痛みで悲鳴をあげ、腕を捻って私から逃れようとする。その動きを利用して、私は酔っ払いの腕を引っ張り、そのまま引き倒した。つんのめるように倒れ、酔っ払いはそのまま壁に激突する。

 一瞬のことで、他の酔っ払いは現状を理解するのに時間を要したようだった。


 続いて、私は大声で叫んだ。


『わいらただじゃおかねえでな! 覚悟せえや!』


 聞き慣れない大和の言葉で相手を気圧し、動揺させる。叫びながら私は小銭入れに手を突っ込むと、スリングに硬貨を仕込み、カミルを抑え込んでいる男の頭に振り下ろした。


 鈍い音がして、男が呻いた。スリングを再び振ると、硬貨と血の雫が飛び散った。


「うわっ!」


 男の拘束が緩んだ隙にカミルがその腕から抜け出す。

 後でカミルになんて言われるか分からないが、こうするより他にない。目には目を、歯には歯を、だ。


「この(あま)が! ふざけんじゃねえぞ!」


――しまった


 残っていた酔っぱらいが背後から私を取り押さえた。


『やめ!こん――』


 もがいたところで今度は脱出することはできなかった。

 髪の毛を捕まれ、長テーブルに頭を押し付けられる。カミルは捕まっている私を見て、どうするべきか逡巡していた。


 結局、カミルは口以外、動かさずに硬直したままだった。


「お、落ち着いて……話し合いましょう……」


 その間に、倒した酔っ払いが起き上がり、怒りに満ちた形相を向けてくる。痛みを堪えて歪み、血で赤く染まった顔は悪鬼のようだった。


 再び、酔っ払いの一人がカミルに飛びかかり、彼を締め上げた。折角、形勢を逆転できたのに、なんということだろう。


「わけわかんねえ事を叫びやがって……今のこそ呪詛だろ! この、魔女め!」


 酔っ払いが私の首に腕を回し、捩じ上げる。


 人聞きが悪い。そんなことを言ったら、大和の言葉を喋る者は皆、魔女になってしまう。確かにさっきのは暴言に近かったかも知れないが。


 それにしても、逃げ出すつもりが相手を激昂させるだけに終わってしまった。せめてカミルが先に逃げてくれれば。しかし、彼は言っても逃げなかっただろう。


 首が締まり、息が詰まりそうになった時、戸口から聞き慣れない男の声が聞こえた。


「おい、何をしているんだ」


 その声に酔っ払いが振り返る。


「なんだまた余所者が……今はこの魔女を締め上げて――」


「やめるんだ」


 突然現れた男は声を低くして告げた。


「魔女かどうか決めるのは、君じゃない」


 彼は酔っ払いに歩み寄り、私を押さえていた腕を引っ張り上げると、長テーブルへと捻じ伏せた。酔っ払いは抵抗しようとしたが、男の力に圧倒され、身動きがとれないようだった。カミルと他の酔っ払いは唖然として、口を開いたまま突っ立っている。


「まだ続けるのか?」


 男は冷ややかに言い放ち、精悍な顔付きで酔っ払いたちを見渡した。男の立ち振る舞いからは、怒りや危うさは感じられなかった。最小限の言動だけで、男は事態を掌握してしまったように思えた。

 酔っ払いたちはお互いに目を合わせ、苦々しげな表情で男から距離を取り、宿から出ていった。


「君もさっさと帰るんだ」


 男は捻じ伏せていた酔っ払いを解放すると、戸口に向かって背中を押した。酔っ払いは千鳥足のまま、捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていった。


「全く……」


 コルヴィナのものとは明らかに異なる、ボタンの並んだ袖無しのチョッキにコート。亜麻色の髪に無精髭を生やした異国の男は、小さくため息をついた。


「調査官の助手がいるというから来てみれば、お嬢さんは一体、何をしていたんだい?」


 男は肩を竦めて、私を見下ろした。


「助けていただいて、ありがとうございます。僕たちはヴァルド市で調査をしていた調査官の助手で、僕はカミル。彼女は卯月と言います」


「それなら知っているとも。ガストーニ牧師に聞いたからね」


 カミルの言葉にも男は振り向かず、私を見つめている。


「それよりも、君たちは何をしていたんだ?正式な魔女狩りの調査官である私を差し置いて」


 男は悪戯ぽく口元を緩め、懐からジェピュエル総督の許可書を取り出した。そこには、王立アカデミーから調査を委任された調査官の名前が記されている。


「ニコラス・レミュザだ。ニコラスで結構だよ、お嬢さん、それに助手君」


 そう言って、調査官はようやくカミルに顔を向けた。


「彼女は東洋人なのかい?」


「え? ええ、そうです」


「そうか……今のは単なる好奇心だ。彼女を疑っているわけじゃない。しかし、あまり勝手な……いや、無茶なことはしないほうがいい」


「すいません……」


 カミルはこんな状況でも、頭を下げて気落ちした表情をしている。確かに私のほうはやり過ぎたかも知れないが、彼は勝手なことをしていたわけではない。

 むしろ、巻き込まれた被害者だ。そんな顔をされると、こちらのほうが申し訳ない気持ちになる。


 カミルの態度と相まって決まりが悪くなり、私は調査官と口を利く気になれなかった。

 絶好のタイミングで彼に助けてもらったことには感謝すべきだった。しかし、調査官が到着した以上、この村の騒動に関わる義理はない。彼への手紙を渡したら、後は面倒を避けて構わないはずだ。


「悪いが手が空いているなら、荷物を運び入れるのを手伝ってくれないか?」


 宿の亭主と部屋を確認しながら、調査官は言った。


「生憎、私には助手がいなくてね」


 彼は人懐っこい笑みでカミルと私を見た。

 カミルは諸手を挙げて荷物運びを手伝い始めた。仕方なく、私も調査官の荷物を運び入れる。巨大な旅行鞄が四つに、頑丈なチェストが二つ。とても一人旅の荷物とは思えない量だった。


 調査官と言うのは、こんな大荷物で当地に赴くのが普通なのだろうか。カミルは既に見慣れているようで、さも当然のように荷物を運んでいる。

 荷物は滞りなく運び込んだものの、カミルと私は宿の亭主から早速出禁を食らった。狭い村の中で村人同士の体面があるわけだから、こうなるとは思っていたが。


「仕方ない。残念だが、揉め事を大きくするわけにもいかないだろうしな」


「そうですね。……そうだ。この手紙、ニコラスさん宛てだそうです」


 カミルは調査官に封蝋の押された手紙を差し出した。


「ありがとう。今はこちらからお礼をできないが、明日もし機会があれば、また会おう」


「いや、お礼だなんて。助けていただいただけで充分ですから……」


 恐縮しながら、カミルは私とともに宿を出た。外はすっかり夜が更け、角灯(ランタン)無しでは道も見えないほど闇が濃くなっている。私たちは夜道で再び襲われないように警戒しながら、ゆっくりと道を進んだ。


 宿泊を依頼するために修道院へと向かう道すがら、カミルは平謝りするばかりだった。「卯月が薬を持っているから大丈夫だと思っていた」なんて言うが、そういう問題ではなかった。彼は考えずともよいことまで気負い過ぎている。どうせ村からもすぐに離れるのだから、酔っ払いなんかにまで気を使わなくてもいいだろう。


「あんな酔っ払いなんか、相手にしなくてよかったのに」


「そう言われても、僕らより相手のほうが人数も多かったし、何されるかわからなかったから」


「だからって、殴られるまで我慢することない」


「それはそうなんだけど……僕が殴り返したら、もっと面倒になったと思うよ。とにかく、卯月に怪我がなくて良かった」


 これが彼の調査スタイルなのだから、私の口から文句は言えない。だが、せめてこれ以上、彼自身が傷つかないように、お互いに話し合うべきだと思った。彼の気概は人としては立派だが、必ずしも最善の方法とは思えなかった。カミルは気を遣って話したがらないだろうが、それも彼の負担を増やすだけだろう。


 もっと早く、誰か相談できる人がいれば。

 私は自分の無茶な行動を後悔しながら、早く帰りたいと心から願った。

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