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【祝コミカライズ】魔王が俺の部屋に飯を食いに来るんだが~腹ペコ魔王と捕虜勇者~  作者: ちょきんぎょ。


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☆魔王様も意識する

「勇者さん、こんにちわー」

「ん、来たのか魔王」


 いつも通りに扉を開けると、いつも通りの勇者さん。

 なにも言わなくても彼はすぐに立ち上がって、お茶を用意してくれた。


「ほい、お茶。淹れたばかりだから、まだ熱いぞ、気をつけてな」

「ありがとうございます。ふー、ふー……」


 いつも通りのやりとりと、いつも通りの味。

 慣れた温度が身体の中に沈んでいくことを、心地よく感じる。


「えへへへへ……」

「ん、なんだ、ずいぶん嬉しそうだな」

「っ、あ、い、いえ、なんでもないですよ! 今日のご飯も楽しみだなーって!」


 つい漏れてしまった笑顔を見られていたことに気付いて、私は慌てて首を振った。


「ん、そうか。今日は肉だぞ。多めに作るから、好きだけ食べていけよ」

「は、はい、楽しみにしてます……」


 ……ああ、そうじゃないけど嬉しい!


 誤魔化してしまった気恥ずかしさとか、優しく微笑んでくる勇者さんの笑顔とか、いろんなもので頭と胸がおかしくなりそう。

 食いしん坊な女だと思われるのは恥ずかしいけど、気を遣っていっぱいご飯を作ってくれる勇者さんのことは好き。

 油断するとデレデレになってしまう頬をぺしぺしと叩いて、私は気合いを入れる。


「もう少ししたらあとは煮込むだけだから、一緒にチェスでもしようぜ」

「ふぁい! よろこんで!!」

「お、おう……なんか元気いいな。まあ、調子悪いよりは良いけどよ」


 いけない、ちょっと入れすぎた。

 自分でもびっくりするくらい大きい声が出てしまったので、私は落ち着くために深呼吸する。もう少し落ち着いた対応をしなければ。


「お待たせ。とりあえず一段落したから、魔界チェスしようぜ」

「あ、それじゃ用意しますね」

「良いよ、疲れてるだろ。そこ座ってろ」

「あ……はい」


 いけない、落ち着いたはずなのに笑顔で優しくされるだけできゅーんってしてしまう。

 引き締めたはずの頬が緩んでしまいそうになるのが、自覚できてしまう。

 今まで魔王として、固めた表情が崩れることなんてなかったのに、勇者さんが相手だと、簡単に顔が緩みそうになってしまう自分がいる。


「それじゃ、今日もよろしくな」

「はい、宜しくお願いします」


 いつも通りに駒が並べられて、勇者さんとの魔界チェスがはじまる。

 相変わらず、勇者さんの打ち方は上手だ。いろんな手を試してはいるのだけど、彼はいつも対応が早い。

 気がつくと追い詰められていて、参りました、というのがいつも通りの流れになっていた。


 もちろん負けっぱなしというのも悔しいので、時間があるときにメイドちゃんとの練習は続けているのだけど、それでも勇者さんの腕には及ばない。


「……ふむ」

「……?」


 珍しく勇者さんの手が止まって、驚いてしまう。

 はじめは次に打つ手に迷っているのかと思ったけれど、すぐにそれは違うことに気がついた。

 勇者さんの視線が、盤面ではなく私の方に向いていたからだ。


「えっと、どうかしましたか、勇者さん」

「いや……なんか魔王、いつもと雰囲気が違うなって思って」

「そ、そうですか?」

「ああ、なんかあったのか?」


 しいていえば、大好きな人が私のことじっと見てきます。

 まさかそんなことを言えるわけがないので、私は言葉に困ってしまう。


「え、ええっと……いえ、今日はちょっと、あんまりお仕事の進みが悪くって」

「ん、そうか……俺に手伝えることなら良いんだけどな」

「……手伝えるなら、手伝ってくれるんですか?」

「そりゃ当たり前だろ。お前が困ってて俺にできることがあるなら、なんだってしてやるよ」


 え、じゃあ好きって言ってほしいです。


「っ……!!」

「お、おいどうした急にそんなお茶一気飲みして、むせるぞ?」

「だ、大丈夫です、今凄く喉が渇いちゃったので! おかわりください!!」

「お、おう、分かった」


 危なかった。

 表情が崩れるどころか、本音がめちゃくちゃ漏れかけた。


 ……ちょっと私コレ、ダメになりすぎてやしませんか。


 おかわりが注がれる音を聞きながら、私は大反省する。

 どう考えても緩みすぎだ、もうちょっと気を引き締めないとまずい。


「ほい、おかわり。……あんまり無理するなよ」

「あ……あ、ありがとうございます」


 けれど、自覚してしまった気持ちを抑えるのはあまりにも難しくて。

 勇者さんが私にしてくれることとか、かけてくれる言葉のひとつひとつがあまりにも嬉しくて。

 緩めてはいけない心の留め金が、緩みそうになってしまう。


 ……厄介です。


 恋心がこんなにも重くて、厄介なものだなんて思わなかった。

 恋をしている人たちが、こんなにも制御の難しい感情を扱っているだなんて、知らなかった。


「勇者さんは私の遊び相手してご飯作ってくれるだけで充分なので、気にせずに今日も美味しいご飯をお願いします」

「そうか? それなら良いんだけどな……でも、俺に手伝えそうなことだったら言ってくれよ。お前が落ち込んでると……その、心配だから」

「……はい、ありがとうございます」


 心配をかけたくないし彼に嘘をついてしまったのは心苦しいのに、好きな人から心配されると嬉しいと思ってしまう。


「ところで魔王、これ、俺がここに打つと詰みになるぞ」

「あれ? あ……参りました」

「……今日はあんまり集中がいる系のゲームは難しそうだし、魔界人生ゲームでもやろうぜ」

「うぅ、そうですね、それでお願いします……」


 勇者さんの顔とか手ばかり見ていたせいで、盤面を考えるのが疎かになっていた。

 勇者さんは私が疲れていると思ってくれたらしく、チェス盤を片付けて、人生ゲーム用のボードを持ってきてくれる。優しい。


「飯の時間までだから、一回くらいだな」

「あ、はい、そうですね。そういえばもうすぐ、農業編が発売なんですよ」

「お、そうなのか。農業編だとなにが強いんだろうな」

「魔界で主に農業をやってるのは人界で言うトロルとかオークって種族ですね。あとは妖精系の種族も多いです。発売したら、また持ってきますね」

「ああ、楽しみにしておく。……あ、今日は俺、魚人になったわ」

「海でなにかある系のイベントだとボーナス入りますし、比較的良い種族ですね」


 勇者さんの優しさに感謝しつつ、私は彼とのゲームを楽しむ。

 恋心を自覚してしまったことで悩んでしまうことはある。

 それでも勇者さんとこうしてとりとめのないことを話しながら遊ぶのは、私にとって大切な時間だった。

 大好きだと知られてはいけないのに、大好きだから離れがたい。

 本当に、恋心というのは厄介だと思った。

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