第4話「聖女のようだった元カノ」
果たして、別れた元カノと再会して、気まずい空気にならない人はいるだろうか?
十年経っていれば、気にならない?
まぁ、人によるかもしれない。
でも、俺にとっては――この上なく気まずい出来事だった。
その上、まさかの子持ち!
つまり結婚しているということ!
もう別れたのだから俺に口出しをする権利はないし、そりゃあ十年もあれば結婚もするだろう――という感じなのだが、なんだろう……結構ショックを受けている自分がいる……。
十年経っても、俺は彼女に対して未練たらたらだった。
「こちらに帰ってきていたのですね、白崎さん?」
目を見開いていた美鈴ちゃんは、我に返るとスッと目を細めた。
俺は県外に出て教師になっていたのだけど、そのことを美鈴ちゃんは知っていたらしい。
おそらく、俺の幼馴染から聞いて知っていたのだろう。
彼女たちは、学生時代から仲が良かったのだから。
でも――それにしても、表情が冷たすぎないか……!?
俺は付き合っていた頃はもちろん、知り合ってから一度も見たことがない彼女の表情に、戸惑いを隠せなかった。
昔はいつもニコニコと笑っていて、温かい笑みを浮かべており、目元もとても優しかった。
それなのに今の彼女は、まるで蔑む人間を見ているかのように、若干意地悪さすら感じる冷たい笑みを浮かべているのだ。
あれ、おかしいな……別に喧嘩別れではないはずなんだけど……?
むしろ、なるべく円満な形で別れたはず……。
もしかしたら、別れた男に対する女性の態度はこういうものなのかもしれないが、過去の優しい印象が強すぎる俺にとっては、衝撃しかなかった。
「――先生、この人と知り合いだったんですね……。でも、いったい何をしたんですか……?」
動揺をしている俺に対し、同じく戸惑いながら上条さんが近寄ってくる。
彼女も、美鈴ちゃんの氷のような笑みは初めて見るのかもしれない。
佐奈ちゃんに関しては、美鈴ちゃんにギュッと抱き着き、美鈴ちゃんのお腹に顔を埋めてしまっているので、気が付いていないようだ。
「俺が聞きたいくらいなんだけど……」
「先生のことでしょ……? どうして、わからな――」
「――私の娘とお知り合いなんですね。そう、真凛が通っている高校の、先生になられたということですか」
「「――っ!?」」
内緒話をするように、手で口元を隠しながらコソコソ話を俺にする上条さんを見つめながら、美鈴ちゃんは小首を傾げる。
笑顔のはずなのに、言いようのないプレッシャーを感じ、俺と上条さんは同時に息を飲んでしまった。
美鈴ちゃん、昔から頭がよかったからなぁ……。
教師をやっている俺と、高校生の娘が親しくしていれば、察するのも当然か……。
「えぇ、真凛さんの担任になりました……。まさか、このような形で再会することになるとは…」
更に気まずくなった俺は、下手に誤魔化さずに正直に答える。
というか、彼女が上条さんの親なら、誤魔化したところで三者面談などですぐにバレてしまうわけで、嘘を吐く意味がない。
だけど、なんで俺は今、問い詰められるような感じになっているんだ……?
別に何も悪いことはしていないし、向こうは既に家族があるから、俺との関係を知られたくないとしても、むしろこれは逆効果なのでは……?
とりあえず、美鈴ちゃんが怖すぎるから、誰か助けてほしい……!
そう願った時だった。
まるで俺の願いが聞こえたかのように、幼女――佐奈ちゃんが、動いたのは。
佐奈ちゃんは、テテテッと俺の足元に戻ってきた。
「おにいちゃん、おねえちゃんのせんせい!? なのに、ママのおともだちなの!?」
なぜか、目をキラキラと輝かせながら尋ねてくる佐奈ちゃん。
俺と美鈴ちゃんの会話を聞いて思い込んだようだけど、なぜはしゃいでいるのかわからない。
「そ、そうだけど……」
まさか《元カレです!!》なんて言えるはずもなく、友達ということで頷いておく。
「おにいちゃん、なにものなのぉ!?」
それが佐奈ちゃんにとっては新鮮だったようで、更にテンションが上がる。
至近距離から物珍しいものを見るかのように、顔を近付けてきた。
なんなら、頑張って背伸びをしている。
「何者も何も、さっき佐奈が自分で先生って言ったでしょ……」
佐奈ちゃんのお姉さんである上条さんは、俺の隣で苦笑してしまう。
彼女がツッコミを入れた通り、佐奈ちゃんは俺に聞きながらも、既に自分で答えを口にしていた。
正直、佐奈ちゃんが言った以上の答えを俺は持っていない。
……元カレなんて絶対言えないし。
多分言ったら、目の前で意味深に笑いかけてきている美鈴ちゃんに消される気がする。
それくらい、今の彼女はなぜか怒っているように見えた。
高校時代は聖女のような美少女とか、優しさの塊とまで言われていた彼女とは思えないくらいだ。
いっそ、顔だけソックリさんの別人と言ってもらったほうが、納得できるかもしれない。
ほんと、なんで怒っているんだ……?
「はぁ……先生、レジに並んだらどうですか?」
蛇に睨まれた蛙のように固まっていると、突然溜息を吐いた上条さんが俺に促してきた。
暗に、《早くレジに並んで逃げろ》と言ってくれているんだろう。
意外と気遣いできる子なんだな……と驚きながらも、俺は《ごめん、そうだね……!》とお言葉に甘えて逃げるようにレジの列を目指す。
もちろん、彼女たちからなるべく離れる、一番奥のレジへと。
「あ~! まだおはなししたい~!」
「駄目よ、迷惑になるでしょ」
「やだ~! おにいちゃ~ん!」
「お店の中では静かにするのよ」
後ろからは、佐奈ちゃんの俺を呼び止める声が聞こえてきたが、上条さんが捕まえてくれたようだ。
店内で騒ぐと他の人の迷惑になるので、しっかりと口を塞ぐところも素晴らしい。
俺は上条さんに感謝するのだけど――遠く離れてもなお、美鈴ちゃんが俺をジッと見つめてきていたので、俺は寒気が止まらないのだった。
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