第16話「妖艶で魅惑の彼女」
「――ふぅ……」
「あの、美鈴ちゃん……大丈夫……?」
あれから十分も経っていないというのに、既に三本目のビールを飲み終えた美鈴ちゃんを見て、俺は驚愕していた。
別に、グビグビと勢いよく飲んでいるわけではない。
清楚なイメージが崩れないほどに、上品な仕草でスゥ――ッと飲んでいるだけで、ノンストップに飲み終えているのだ。
そんな彼女の手には、既に四本目のビールがある。
「ふふ、だいじょうぶですよ~? わたし、おさけつよいみたいですね~?」
ビールの一本目を飲み終えて以降、美鈴ちゃんは上機嫌になっている。
というか、フニャフニャしていた。
強いみたいとか言っているけど、絶対弱いタイプの人間だ。
だって、一本目で完全に酔っているんだから。
それなのに、飲むペースだけは早くて、心配にならないはずがなかった。
「あ~、でも~、ちょっとあついですね~?」
「――っ!?」
美鈴ちゃんは突然、着ていた長袖の服を脱ぎ、白い肌が惜しみなく晒される半袖の薄着になってしまう。
そして、胸元も大きく開けて――見えてはいけないものが、チラッと顔を出していた。
「なんで、かおをそむけるんですか~?」
「い、いや、だって……」
顔を逸らした俺に対し、美鈴ちゃんは不満げに頬を小さく膨らませて、ジト目を向けてくる。
直視できるわけないんじゃん、そんな刺激的なもの……!
俺たち、付き合っていた頃だって清らかな関係でいたんだよ……!?
「むぅ……」
「あの、なんだか子供っぽくなってません……?」
美鈴ちゃんは更にプク~ッと頬を膨らませたので、俺はついそこを突いてしまう。
すると、美鈴ちゃんは突然立ち上がり――腕がピタッとくっつくほどの距離に、座り直してきた。
「わたしのからだ、こどもっぽくみえますか~?」
そう言って、何をとは言わないが、俺の腕にギュッと押し当ててくる美鈴ちゃん。
おかげで俺の体は沸騰しそうなほどに熱くなった。
というかこれ、旦那さんに見つかったら俺終わるんだけど……!?
「だ、誰も体のことなんて言ってませんよ……!」
俺はそう否定しながら、すぐさま距離を取る。
すると、美鈴ちゃんは両手を床に付き、前のめりの状態で俺との距離を詰めてきた。
おかげで、見えてはいけないものが更に顔を出してしまう。
「なんでにげるんですか~?」
「ちょっ、まずいですって……!」
酔っているせいで気が付いていないのだろうけど、かつて一度しか女性とお付き合いをしていない男が、こんなのを見せられて平然でいられるはずがない。
お酒に誘われた時、是が非でも断っておかなければならなかった……!
そのまま俺は、壁際に追い込まれてしまう。
トンッと壁に体が当たると、美鈴ちゃんは『ふふ……』と妖艶な笑みを浮かべた。
あれ、俺もしかして……喰われちゃうの……?
「もうにげられませんね~?」
美鈴ちゃんは昔清楚で、男女の関係にとてもウブだったのが嘘かのように、俺に正面から抱き着いてきた。
昔は手を繋ぐだけでも、とても恥ずかしがっていたのに……!
「あ、あの、こういうのってよくないと言いますか……!」
「それで、いったいなにをなやんでいたんですか~?」
酔っているとはいえ、旦那さんがいる女性とこんなふうにくっつくのは良くないと思った俺は、彼女をどかせようとしたのだけど――彼女は、予想外のことを聞いてきた。
「えっ……?」
「こうえんのべんちで、ぼーっとそらをみあげているだなんて~なにか、なやみごとがあるんですよね~? はなしてください~」
もしかして、美鈴ちゃんはそれを見抜き、俺を酔わせることで引き出そうとしたのだろうか?
本人が酒に弱すぎて思いもよらずこんなことになっているだけで――っと、考えた時だった。
「――うわぁ……」
リビングのドアが開き、上条さんが心底ドン引きしたような表情で俺たちのことを見てきたのは。
「か、上条さん……!?」
「失礼しました~」
名前を呼ぶと、パタンッと扉を閉める上条さん。
教師人生というか、俺自身の人生が終わりを告げた気がした。
「ま、待って……!」
俺は慌てて美鈴ちゃんをどかし、上条さんを追いかける。
「いや~、万が一を考えて、先生を心配して見に行ったんですけどね~、余計なお世話でした~」
廊下で追いつくなり、俺が口を開くよりも早く他人行儀な笑顔を向けてくる上条さん。
絶対誤解をされている。
「やましいことはしてないよ……!?」
「あの状況で何を?」
うん、そうだよね!
お母さんが薄着になって胸元を大きく開きながら、先生に抱き着いていて、その先生も受け入れちゃってるように見えたよね!
でもごめん、それは誤解だから!
――と言いたいのに、口からうまく言葉が出てこない。
そんな俺を見て、更に軽蔑の目を――ではなく、上条さんは深く溜息を吐いた。
「はぁ……先生、女性って先生が思っている以上に怖いですからね? ましてや、普段あまり執着しない人が執着するようなものであれば――是が非でも、手に入れようとしてきます。もう少し気を付けられたほうがいいですよ?」
「えっ、どういうこと……?」
「……やっぱり、鈍感……。もう帰ってください、あとのことは私のほうでやっておきますので」
彼女は舌打ちしたそうにそう言うと、リビングに戻って俺の荷物を持ってきて、そのまま背中を押してきた。
まぁ、血が繋がっていなくても母親と先生のあんな姿を見たら、追い出したくもなるよな……。
旦那さんに対しても、不誠実だし……。
俺は生徒からの評価がまた一段階下がったな、と肩を落としながら帰路に付くのだった。
それにしても――今度からは、美鈴ちゃんがお酒飲みそうになったら絶対止めよ……。




