第10話「幼女からのお誘い」
「――おにいちゃん、たのしかったぁ?」
日が暮れ始めた頃。
沢山遊んで疲れた雛ちゃんと共にベンチに座っていると、雛ちゃんは小首を傾げながら俺の顔を覗き込んできた。
ニコニコの笑顔で、今日一日がこの子にとって充実していたんだろうなぁ、というのがわかる。
「もちろん、楽しかったよ。佐奈ちゃんは?」
「さなも、すっごくたのしかったぁ!」
聞き返すと、佐奈ちゃんは満面の笑みで俺に抱き着いてくる。
出会ったばかりで、たった半日遊んだだけだというのに、随分と懐かれてしまったようだ。
……佐奈ちゃんのお父さんに、怒られないかな……。
ちなみに、美鈴ちゃんはずっとベンチに座って俺たちが遊んでいるのを見守っていた。
半日何もせずベンチに座っているなど凄くしんどかっただろうに、やっぱりこの子は忍耐力が凄い。
そして今、俺たちを無表情でジッと見つめてきているのだけど、何を考えているのかわからなくて怖かった。
そんなことを考えていると――
「おにいちゃん、おやすみのひは、さなとあそぼ……!」
――俺に抱き着いてきていた佐奈ちゃんが俺の胸元の服を引っ張り、相変わらずかわいらしい笑顔のまま誘ってきた。
「えっ……?」
「さな、おにいちゃんとあそんでたのしかったから、もっともっといっぱいあそびたい! あしたもあそぼ! らいしゅうもあそぼ!」
うん、どうやら俺は、思った以上に懐かれてしまったらしい。
正直、休日の度に遊ぶなんて、俺にはハードルが高すぎる。
佐奈ちゃんだけなら、全然いい。
でも、絶対美鈴ちゃんが付いてくるわけで、彼女が許してくれないだろう。
「ごめんね、佐奈ちゃん。それは――」
「うぅ……」
「――っ!?」
断ろうとすると、またもや佐奈ちゃんは泣きそうになってしまう。
だけど、ここで頷くにはちょっと難しすぎる内容であり、俺は困って美鈴ちゃんを見た。
彼女だって、俺と毎週土日の度に会うなんて嫌だろうし……。
そう思ったのだけど――。
『泣かせる気ですか?』
とでも言わんばかりの目を、美鈴ちゃんに向けられてしまう。
えっ、俺に頷けって言ってる!?
と、驚くものの、そうしている間にも佐奈ちゃんの目には涙が溜まっていき、『ひっく……えっぐ……』と、泣く寸前にまでなってしまった。
「わ、わかった! 休みの度に遊ぶんだね、いいよ!」
このままでは本当に泣いてしまう――なんなら、佐奈ちゃんが泣きそうになるに連れ美鈴ちゃんの圧が強まったのもあり、俺は一生懸命頷いた。
「ぐすっ……ほんと……?」
もう泣く寸前まで行っていたこともあり、佐奈ちゃんはすべり台の時ほどあっさりと満面の笑みになることはなく、縋るような顔で上目遣いをしてくる。
一応、俺のことも気にしてくれているようだ。
「うん、俺はいつも暇してるし、家もすぐそこだから、大丈夫だよ」
「やったぁ……!」
俺が笑顔で頷くと、今度こそ佐奈ちゃんの顔が、太陽のようにパァッと眩しくなる。
本当によかった。
でも……別の意味で、本当にこれでよかったのか……?
佐奈ちゃんと遊ぶためとはいえ、美鈴ちゃんは旦那さんがいるにもかかわらず、別の男と毎週休日の度に会うことになる。
ましてや相手は元カレだ。
いらぬ誤解を生むし、旦那さんが知ったら激怒するんじゃないだろうか?
だから、『大丈夫なの?』、という意味を込めて美鈴ちゃんを見ると、美鈴ちゃんは『何か問題でも?』と言いたげな――意味深な笑みを向けてくる。
学生時代一度も見たことがない笑みだ。
この子、ほんと十年近く会わないうちに、別人のようになったな……。
何かきっかけがあったんだろうけど……。
「それじゃあ、俺はもう帰るから」
日が暮れる以上、幼い子を外で遊ばせるわけにはいかないだろうし、俺がここにいたらいつまでも佐奈ちゃんが帰ろうとしないと思い、俺はベンチから立ち上がった。
しかし――
「だめ……!」
――即行で、佐奈ちゃんに捕まってしまう。
というか、立ち上がる俺の体を離してくれなかった。
「でも、もう帰らないと……」
「さなのおうちで、ごはんたべよ……! さな、おにいちゃんとごはんたべたい……!」
引き止められたのかと思ったら、まさかの家にお呼ばれされてしまう。
そんなリスクが高すぎることというか、佐奈ちゃんのお父さんの件や上条さんの件で絶対肩身が狭い思いをすることになりそうな俺は、困ってしまった。
てか、さすがに美鈴ちゃんが止める――と、思ったのだけど……。
「あらあら……困ったものですね?」
口では困っていると言いながらも、彼女の顔は、佐奈ちゃんに困らせられている俺を楽しむように、少し意地悪な笑みを浮かべていたのだった。
えっ、これ……まさかの、元カノの家直行コースですか……?
俺は、たった一人の幼女により、とんでもない修羅場に直面しようとしている気がしてならなかった。




