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くるくる  作者: こたろー
48/50

48話 吐き出した心

「実は私、律とほんの少しの間、付き合ってたんだ」

「え!? そうなの?」

「……うん」


 やっぱり友哉くんは知らなかったんだ。そりゃそうだよね。だって律と付き合ったなんて言っても、本当に僅かな間。付き合った彼女の数にすら入れてもらえないかもしれないくらい、短い間だもん。それに友哉くんは私達と生活する時間帯が、まるっきり逆転しているから知らなくても当然だ。


「でも、別れちゃった」

「なんで。二人お似合いなのに」

「前にさ、友哉くんがお店のお客さんに殴られちゃった時、アパートの下で三人で話したこと、覚えてる?」

「え? ああ、覚えてるけど」

「お店のお客さん、不倫だったって言ってたでしょ? その時、律が不倫している奴なんて気持ち悪いって言ったよね」

「ああ……そういやかなり嫌そうに言ってたかも」

「私ね、律と付き合う前、不倫してたんだ」


 その瞬間、友哉くんが言葉を失ってしまった。これで友哉くんも、私のこと幻滅するよね……と思い俯いた私。でも、頭上に降ってきた言葉は、意外なものだった。


「まぁ、人それぞれ事情があるだろうし、良いこととは言わないけどね。それにしてもめぐみちゃんと不倫ってのがどうしても俺の中では結びつかないよ。もしかして、何か事情があったんじゃない?」


 まさかこんな風に切り返されるとは、思いもしなかった。普通だったら「そんなことしちゃダメだ」と言われるまでなのに、「事情があったんじゃない?」なんて訊かれるなんて。元彼が既婚者だと知らずに付き合いました、なんて誰にも言った事がなかったのに、こんな風に優しく訊かれてしまった私は、ついうっかりそのことを話してしまった。友哉くんの優しい瞳と問い掛けに、導かれるようにすらすらと言葉を紡ぐ。私だって被害者だ! と本当は声高に言いたかったけれど、結果として不倫してきたことには違いない。だからずっと、誰にも言えないまま自分の心に閉じ込めていたのだ。でも、それがついに決壊してしまった。


「そっか。そういうこと」


 ふぅっと息を吐きながら、友哉くんが私の背中をそっとなでる。自分の胸にたまった膿をすべて吐き出すように、呼吸すらも忘れて言葉を続けた。言いたかったことを吐き出し終わった時には私の呼吸も荒くなり、肩が上下するほどだった。


「少しは、楽になれたかな?」

「……うん。聞いてくれてありがとう」

「それはいいんだけど、このことは律くんには?」

「律には、言ってないの。だって、結果として不倫していたのは事実だし、それを言ったところで律にとって私は、不倫していた女にすぎないから」


 悲しいけれど、過去は覆せない。もっとちゃんと彼のことを知っていれば、色々変わっていたかもしれない。でも、社内の人間にも内緒だったし、私と会うときはいつも左手の指輪を外していた。初めて彼の指輪を目にしたのは、すでに別れてからだった。

 仮に、律にこのことを言ったとしたら、彼は私をまた隣に置いてくれるのだろうか? いや、きっと気まずい思いが膨れ上がるだけだ。私を見るたびに、自分の過去のトラウマに苛まれ続けるのだと思う。母親に捨てられたという思いが強く律にこびりついていて、彼がそこから抜け出さない限り、私との関係が復活する可能性は、限りなくゼロに近いだろう。だから私には、どうにもできない。これ以上、苦しめるようなことをしたくない。それが私の本音だった。

 友哉くんは律がどうしてそこまで不倫を拒絶するのか、わからないだろう。でも、その理由を私の口から話すのは、やっぱり何か違うし、できない。だから私は、この話をここで断つように、友哉くんに笑顔を見せた。


「さて! 友哉くん。そろそろ帰ろう! 結構いい時間になってきたし」

「……そうだね」


 私の気持ちを察してくれたのか、微妙な笑みを浮かべてたけれどちゃんと同意してくれた。彼に話を聞いてもらえて、本当に気持ちが楽になったのは確かだ。友哉くんには、感謝してもしきれないほど。

 帰りは休憩も入れずに、真っ直ぐアパートに向かって走り抜けていく。傾いた太陽を見つめながら、律のことを考えていた。たくさんとはいえないけれど、彼との思い出はたくさん覚えている。日記帳のように細かく覚えていられるほど、律との思い出は大切で、それでいて苦しい。いつかこの苦しみも、忘れられる日が来るのだろうか。少なくとも今の私には、次の恋を迎えることは考えられなかった。


 アパート前に辿り着いたのは、夜七時を回った頃だった。辺りはすっかり暗くなり、帰宅する人がぱらぱらと道を歩く姿を、多く見かけた。


「楽しかったね」


 ヘルメットを脱いでそれを手渡しながら友哉くんに言うと、少し困ったような表情を一瞬見せたが、すぐに笑顔を浮かべて頷いてくれる。この優しさに、私がどれほど救われたか。

 友哉くんにお礼を言って、その場を去ろうと後ろを向いた。すると後ろから友哉くんの声がかかり、私は彼の方を再び振り向く。


「あのね、辛い事があったらいつでもいいから俺に話して。いつでも『お兄ちゃん』役は引き受けるから」


 本当のお兄ちゃんなんてどんな感じかわからないけれど、私にとって友哉くんは本当のお兄ちゃんのようだ。こうやって親身に話を聞いてくれたり、励ましてくれたり。何より、眩しい笑顔を見せてくれる。頼もしいお兄ちゃんだ。


「うん。ありがとう、友哉兄ちゃん」


 その響きが、ちょっとだけくすぐったい。でも、嬉しい。こんなお兄ちゃん、理想だよ。もっともっと友哉くんと楽しい時間を過ごしたいけれど、それももう、おしまい。私は大きく頭を下げて、心を込めてお礼をもう一度言った。


「本当に、ありがとう」


 そしてそのまま、階段を駆け上がる。階段を駆け上がるとすぐに律の部屋の前に辿り着き、そこを駆け足で自分の部屋の前まで抜けていく。一度下を見下ろして、まだ私を見送ってくれている友哉くんに、小さく手を振ってから扉を開けた。

 扉を閉めてからゆっくり息を吸い、大きく吐き出す。これでもう、私の楽しい生活は終わりを迎えるのだと、自分に言い聞かせて部屋の明かりを点けたのだった。

完結分まで予約投稿しました。

今月末31日に完結します。


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