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くるくる  作者: こたろー
35/50

35話 成就


「嫌だ」


 私の部屋から出て行くことを拒む律。そう言われた瞬間、私は顔を上げた。

 真剣な、だけどどこか切羽詰ったような律の顔。真っ直ぐに向けられる彼の瞳には、私だけを映し出している。


「出て行かない」


 律の言葉と同時に伸びてきた手が、拳を握っていた私の手の上に、そっと触れた。

 触れた手のひらから柔らかなぬくもりが伝わり、僅かな震えも私の肌に感じる。きっと律も緊張しているのだろう。私だってさっきから、心臓がどこかに飛んで行ってしまいそうなほど緊張して震えている。

 うるさいくらいの鼓動が室内に響いてしまうのではないか、なんて心配になるほど鳴っている。そういえば人生で打つ心拍の数は決まっているなんて聞いた事があるけど、こんなに早い鼓動を打ってしまって、私すぐに死んでしまわないかしら。そんなことを考える余裕はないはずなのに、意識を律から外さないと呼吸をするのも苦しくなる。

 めいいっぱいの緊張で触れていた律の手が、しっとりと汗ばんでいた。次の言葉を口にするのに、口をぱくぱくと動かすも、その言葉は私に届いてこない。


「ん?」


 律に顔を寄せ、言葉を拾おうと努力してみたが、全く聞こえない。

 そんな状態がかれこれ三十分続くとは、思いもしなかったな。


 **


「……律、そろそろ声だそうか」

「……れ、……こと……きだ」


 三十分だって、ようやくここまで声が出るようになった。もっと腹筋から声を出せー! なんて心の中でつっこめるほど、私の緊張はなくなっていた。

 なんかなんか、さっきまでのちょっといい感じの空気は、どこへ行ってしまったのだろう? 

 律からの言葉を待ちたいけれど、そろそろ限界。彼の言葉の一言一句を聞き逃したくなくて思わず正座をしたというのに、私の足はすでに使い物にならないほどの痺れがきていた。親指をくいくいと指で動かしてみるけど、あまりの痛さに「ぴゃっ」とおかしな悲鳴をあげてしまったくらいだ。そんな色気ゼロの悲鳴に律が気付くと、私の拳の上に置かれていた手が足へと移動する。そしてそっと指先で足に触れた。


「り、律?」


 足に触れられるなんて思っていなくて、手を握られるよりずっと緊張する。恋愛小説や映画だと、触れた指先がするすると足を滑って、やがて辿りつくのは……。


「にゃーっ!」


 イケナイ想像を掻き消すほどの痛みが私を襲う。


「痺れてるなら遠慮なく」


 遠慮しろよ! 

 律が容赦なく、私の痺れた足の指をくいくいと動かす。何これ。ぜんっぜん色気ない。所詮律と私の間に、色っぽいムードなど流れることは不可能なのだろうか。

 痺れがおさまるまで指から手を離さないという律。私は苦痛に悶えながら、後ろに倒れた。上体を起こしていることすら苦痛で仕方ないのだ。


「うぉぉぉ……」


 もはや何の動物だ? と首を傾げてしまうほどの私の唸り声。もっとさぁ、もっと可愛らしい自分をこの場で発揮したかったのよ? こんな姿を晒す羽目になったのは、あれもこれも全部律のせいだ。せっかく引っ込んだ涙が再び出てきたけれど、そんなことには構っていられないほどの痛みが辛すぎる。ぷるぷると体を震わせ、苦痛に悶える私の姿は、どれくらい滑稽に映ったのだろう。誰か、時計の針の戻し方教えてください。


「うぉぉ……お。う。ん?」

「お、痺れ取れたか」

「ふぅ……ありがとぉ~律」


 痺れがなくなり、ようやく私の苦痛タイムが終了した。やっと平穏な時間が訪れ、私の体からも力が抜ける。床に突っ伏してゴロゴロしながら、足が痛くないかとんとん床を打って確認する。うん。もう大丈夫だな。よしよしと納得してうつ伏せの状態から寝返りを打つ。体を起こそうと思ったのに、私は再び固まってしまった。だって目の前には、私の上に覆い被さるように迫る律がいたから。

 

「り、律?」


 おそるおそる声を掛けるも、律は返事もしない。真っ直ぐ私を見て、頬を赤らめながら見下ろしている。

 私の顔の横には律の逞しい腕があり、体を反らすこともできない。要するに、私は逃げ場を塞がれてしまったのだ。こうなるともう、律から視線を離すわけにはいかない。

 ドキドキうるさい、私の心臓。さっき律と私の間に色っぽいムードは流れないと思い知ったばかりだ。だから期待はしない。期待は、しない……けど、やっぱり期待してしまう。

 こんな状態になってからすぐに、律の唇が動き出す。その動きが、やたらゆっくりに見えるほど私は律に集中していた。


「俺」


 一気に大きく鼓動が鳴る。どきっなんて可愛い音じゃない。ばくんっ! と言ってもいいくらいだ。

 来る。これは……律の言葉が、絶対に来る。

 続きの言葉を知りたくて、私は彼の顔を穴が空くほど見つめた。そんなに強く見つめられているというのに、律はそのまま言葉を続ける。かすかに動く唇から紡がれた言葉は、まさに私が待ちわびていた言葉だった。


「アンタが……めぐみが好きだ」


 言われたかった言葉が、優しく上から降り注ぐ。その瞬間、私の周りがきらきらと輝きだしたような気がした。

 「私も」って言おうと思ったんだ。でも、あまりにも感情が昂ってしまって、何も言えなかった。だから私は、行動で嬉しさを示した。

 上から覆い被さる律の首に手を回し、悦びが伝わるように願いながら、ぎゅっと力を込めて抱きしめた。そんな私の行動に驚いた律。一瞬ビクッと体を震わせたけれど、その後は私と同じように抱きしめ返してくれた。

 寝転がったまま抱きしめられて、嬉しさが込み上げる。律の頬が私の頭に摺り寄せられると、幸せな気持ちが込み上げて、部屋いっぱいに溢れてしまいそうだ。


「私も、律が好き」


 充分に悦びを噛み締め、ようやく私も自分の気持ちを律に打ち明ける事ができた。その時、律の腕に力が込められ、さっきよりもずっと力強く、でも優しく慈しむように抱きしめられる。だから私は律の胸の中に顔を埋めて、彼の匂いをいっぱいに感じた。

テーマパークデートの律視点ストーリーを、ブログにて更新してます。

もしも興味がある方は、どうぞ『マイページ』よりお越しくださいませ。

利人と律の内緒話は、律視点のみでわかるようになってます。

*律視点は読まなくても本編の進行に支障はありません。

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