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くるくる  作者: こたろー
28/50

28話 アクシデント


 翌日、私がまだ寝ぼけている時間に、インターホンのチャイムが部屋に響いた。

 布団に包まっていた私は、はっきり言って寝起きが悪い。安眠しているというのにチャイムに叩き起こされて、気分が悪くないわけがない。


「こんな朝っぱらから誰だ……」


 不機嫌そうに独り言を呟き、片手で髪をかきあげた。そして玄関の鍵を開け、扉を開いた。


「おはようございます、めぐみさん」


 きらっきらの笑みを浮かべ、さわやかな風と共に登場したのは、紛れもなく利人さんだ。白のコットンシャツを素肌に着け、利人さんには珍しいタータンチェックの細身のパンツを履いていた。コットンシャツの胸元から覗く鎖骨が、たまらなく素敵だ。


「利人さん、おはよーございます」


 はきはきした声で挨拶できればよかったけれど、なにしろ寝起きなものでして、ほんの少しばかり声が掠れてしまっていた。そして本当は利人さんの素敵な姿を褒めちぎりたかったけれど、どうも朝は頭の回転が悪い。脳内に、相応しい言葉が浮かんでこなかったのだ。

 乱れた髪を懸命に手で整えるも、毛先のハネ具合は直せそうもない。ぴょんっと元気に毛先がみんな外ハネなんだぜっ! これは直すのが大変そうだわ。

 髪の毛ばかり気にしていた私だったが、利人さんが珍しく目を泳がせていることに気がついた。ほんの少し頬を赤らめて、乙女のようにモジモジしている利人さん。不思議に思い、利人さんに話しかけた。


「利人さん、どうかされましたか?」

「いえ、その……」


 一瞬言葉に詰まり、利人さんは口元を抑えながら一つ咳払いをして、私に告げた。


「……朝から刺激的なめぐみさんに出会って、少々戸惑っております」


 ポッと頬を赤らめて、ちらりと横目で私を見る利人さん。私は刺激的な恰好なんてしていただろうか。たしかTシャツと短パンで眠ったはずだけど、なんて考えつつも自分の姿を見下ろした。すると、とんでもない恰好で利人さんと朝の挨拶を交わしていたことに、初めてここで気がついた。

 確かにTシャツは着ている。着ているけれどノーブラだ! しかもいつどうしてこうなったのかわからないが、短パンが脱げて下半身はショーツしか身に付けていなかった。

 

「みぎゃーっ!」


 お前は尻尾を踏まれた猫か! とつっこまれても何も言えないような悲鳴を上げ、私はベッドに駆け寄って掛け布団をくるりと体に巻きつけた。今更もう手遅れなんて言わないで。絶対ショック死するから。それにしても利人さんに、こんなはしたない姿を見られるなんて! お嫁にいけないかもしれない。

 朝一番の悲鳴は、ここらの住人全員に聞こえてしまったのではないかと思うくらい、それは大きな悲鳴だった。

 ――うう……穴があったら入りたい……。

 半泣きのまま私は利人さんの話を聞き、利人さんはまだ恥ずかしそうに頬を染めている。気まずい中、利人さんが私に手渡してくれたのは、昨日約束したテーマパークのチケットだ。


「久々にこういう予定が入ると、私のような年齢でもワクワクするものですね」


 嬉しそうに微笑みを浮かべ、子供のように明日が待ちきれない、と言う。そんな利人さんはかっこいいというより、凄く可愛い。かなり年上なはずなのに、どうなのこの可愛さ。いつぞやのジムに群がったアリ共がこの笑顔を見たら、一瞬で骨抜きだろう。利人さんの微笑みは、朝の陽射しよりも眩しい。


「では明日。九時くらいに待ち合わせましょうか。車で参りましょう」

「え! も、もしかして利人さんの車ですか?」

「ええ。これでもドライブは好きな方でして、よく乗りますよ。明日は私の隣でナビをお願いします」

「よろこんでー!」


 またもや某居酒屋のように力いっぱい拳を握り、声を出す。そしてそんなことをしたものだから、体に巻きつけていた布団が足元に、ふわさ……と滑り落ちた。そしてまた、利人さんが恥ずかしそうに横を向き、私が色気のない悲鳴を上げるのだった。うう、二度もはしたない恰好を見られてしまった。朝から騒がしくして、ごめんなさい。


 **


 朝の騒動でばっちり目が覚め、私は一人、ずーんと暗く落ち込んだまま仕事をしていた。勿論受付という仕事柄、笑顔は絶対に絶やさない。お金を貰っている以上、ハンパな真似はしたくない。作り笑顔と言われようが、お客さんである会員さんに不快な思いをさせないよう努めなくてはならないのだ。こんな風に落ち込んだ時は、受付という仕事がキツく感じた。

 

 仕事はとりあえず滞りなく終らせることが出来た。そのことにホッと胸を撫で下ろし、私は真っ直ぐアパートに帰る。

 昼は暖かいけれど夜はまだ冷える春先。それでも、次々に可憐な花弁を開かせる花たちが、夜道を彩り、目を楽しませてくれた。

 瞳を閉じ、鼻から空気を思いっきり吸い込むと、沢山の花の香りがする。ゆっくり深呼吸をして、最後に目を開く。すると疲れていたはずなのに、なんだかとても元気が出る。花の香りが、気分をリフレッシュしてくれるのだ。まぁ、花粉症の人にはおススメしないけれど。

 気分をリフレッシュして、再び歩き始めた時、前方から私の名前を呼ぶ声がする。そこには元気に手を振る美波さんと、今日も相変わらずアクセサリーだらけの、榊さんがいた。


「めぐみちゃん、今帰り?」


 美波さんが花のような微笑みを浮かべて、私のところへ駆け寄ってくる。その姿がお人形さんのように愛らしくて、相手は女性だというのに本気で嫁にしたいと思ってしまった。そう思ったのはどうやら私だけではないようで……美波さんの後姿を食い入るように見つめている榊さんが、ぽやん、とその姿に見惚れているのだ。私の視線に気付いた榊さんが、締まりのなかった表情を、頑張って元に戻している。その姿に、思わず笑ってしまった。一緒に仕事をした時はわからなかったけれど、美波さんを見つめる榊さんの顔は、誰がどう見ても……。

 どうしたの? と不思議そうに私を見つめる美波さんは、首を傾げながら、なぜ私がいきなり笑い出したのか聞いてきた。勿論、はぐらかして何とか美波さんを納得させたけれど。

 二人はお店を閉めてから、一緒にご飯を食べに行くつもりだと言う。そして美波さんが、私の腕に手を添えて、首を傾げながら私を誘ってきた。


「ね。めぐみちゃんも一緒にご飯食べましょうよ」

「え? 私もですか」

「ええ。もしよかったら」


 美波さんに誘われると、なかなか断りづらいものがある。ふわふわした純白可憐な美波さんだけど、なぜか言葉には力があるのだ。なんでだろう。

 一緒にご飯に行きたいのはやまやまだけど……そう思った私は、ちらりと榊さんを見た。どう見ても、榊さんは美波さんと二人きりで行きたいような気がしてならない。さっきの反応だけでもよくわかるくらい、榊さんは美波さんに想いを寄せている。それがわかっているのに、私が二人の間に割り込んでも良いものか。

 うーん、と唸っていると、榊さんが一歩近づいてきて、悩んでいる私に声をかける。


「飯は大勢の方が楽しい」


 それって「来い」ってこと?

 榊さんのひと言に押され、私はつい、首を縦に振ってしまったのだった。

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