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こうして僕らは獣医になる  作者: 蒼空チョコ
第4章 命の意味

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第46話 産業廃棄物 ③


「というわけで産業廃棄物のトラックの行き先に加えて、獣医師が関わる制度の話だ。君たちが臨床系に進むにしても、解剖の知識自体が役に立つ。研究や事務方に進もうとも、関わりがあるから背景を知っておいて損はないだろう。疑問は解決したか?」

「はい。少なくとも、単に解剖学を学ぶだけの実習ではなかったんだなって痛感しました」

「それは何よりだ」


 教授が改めて視線を向けてくるので、日原ははっきりと答える。


 痛感した。

 それは悪い影響となったのではない。

 自分の失敗を悔やむより、これからできるだけ多くを得て自分に還元しようという意欲となってくれた。


 説明した甲斐を感じてくれたのか、教授はよろしいとでも言いたげに口元を緩めている。


「武智教授、お時間を割いてくださってくれてありがとうございました。これ以上時間を取らせてもいけないので、僕たちはそろそろ失礼したいと思います」

「ああ、また何かあれば尋ねてくればいい。――そうだ。それと日原君、急かすわけではないがこれを君に渡しておこう」


 部屋を辞そうとしたところ、教授は何やら呼び止めてきた。

 彼は机を漁り、数枚組のレポート用紙を手渡してくる。


 表紙には『保護動物一覧』と記され、続くページには犬猫の写真とともに備考が書き連ねてある。

 つまりこれは次のパートナー動物を決めるための冊子だ。


「情報が定期的に更新されるんだが、ひとまずこれが最新となる。共同飼育などに変えてもいいし、今後どういうことを学ぶかを考えるために持っておきなさい」

「――……っ」


 つい先日までならコウのことや解剖学実習での失敗を思い出して、知らず知らずのうちに目を背けていたことだろう。

 けれども、もうそのようなことはなかった。


 まだまだ進路は定まってはいないが、経験するだけ今後に活きてくるのはよく身に沁みた。これは自分の成長のために必要なものである。

 手に感じるのは、単なる紙以上に思えるずしりとした重みだ。


「はい、ありがとうございます。コウのレポートをまとめつつ、考えたいと思います」


 そう言ってみたところ、ほっと息を吐いた音が聞こえた。

 誰とはわからないが、渡瀬たちはまだ心配をしてくれていたらしい。


 そのまま教授のデスクを出て、四人して寮に向かって歩き出す。

 時刻はもう五時近い。陽が傾いてきたのでこのまま学食で食事にするのもいいだろう。


「さーて、そんじゃあ実習を早退して勉強の機会を逃した日原にメシがてらにいいものを見せてやろうか」

「いいもの?」


 鹿島はくくくと意味深に表情を作る。


 経験談を聞かせてくれるならともかく、見せてくれるとは一体どういうことだろうか。

 解剖学実習はほぼ立ち続けか、簡素なパイプ椅子くらいしかなかったためにノートを取るには適していなかったはずだ。


 日原が疑問に思っていると、鹿島は肩に腕を回して携帯を取り出した。


「日原よ。お前にこれを見る覚悟はあるか?」


 多少、悪ふざけのノリでアルバムのアイコンをタッチした鹿島は一つの画像を見せてくる。

 写されるのは解剖牛の前腕部の筋肉だ。


「おわっ……!? 写真なんて撮ったの!?」

「おうよ。というか、俺たちの画力じゃ復習できるぐらいのものなんてすぐには描けないしな。皆が写真とか動画で撮っていたぞ?」


 鹿島が不意に見せてきた画像くらいならば解剖学の教科書に掲載されたカラー写真でも見慣れたものだ。

 困惑の表情で渡瀬と朽木を見つめると、彼女らもこくこくと頷く。


「あ、うん。だって頭部に前後肢、胴体の筋肉でしょ。まず不慣れに剝皮。その後に教科書と睨めっこして筋肉を一つ一つ同定して付箋をつける。最終的に各部位を三十分ずつで描き上げてもそれだけで二時間。さらに筋肉の名称の口頭テストもあったし、ねえ?」


 列挙される内容だけでも五時、六時までは続きそうだ。

 たははと頬を掻いた渡瀬は朽木に目を向ける。


「あと、片付けも。ニクダシの時みたいに肩関節とか、腿と寛骨臼を切り離したり、内臓を出したり。研究をする先輩が採材したり、写真を撮ったりとかもしてた」

「うわぁ、そうだよね。なるほど……」


 三人ならば解剖学実習後に心配してそのまま尋ねてきてもおかしくなかった。

 だが、それもできないくらいに長丁場だったのだろう。


 解剖教授がすぐに復帰しない方がいいと言った意味もこれを聞けば納得だ。彼女らの経験には本気で舌を巻く。

 そんな日原を鹿島は腕で改めてぐいと引き寄せた。


「というわけで記録はあるんだよ、これが。ほら、生物で習ったけど腸も腸で自動能を持つって話があっただろう? それも生で見ると衝撃的ではあった。気の持ちようが変わっただけじゃなくて映像記録でもう一つクッションを挟めたら安心だろ?」

「そ、それは確かに」


 鹿島が続けて見せるのは、動画であった。

 それにもびくっと構えてしまうものの、徐々にステップアップをしているおかげで耐えられる。


 ともあれ、公衆の面前でそんな画像や動画を見るわけにもいかない。鹿島はそこで身を離し、携帯をしまった。

 時間帯的に人通りも少ない。周囲を一応見回した渡瀬は苦笑を浮かべた。


「私たちの携帯やデジカメがこうなるし、解剖が終わっても高学年になると手術風景を記録してこれまた映像記録が凄いことになっちゃうみたい。携帯の機種変更とかには気をつけないとね……」

「なんか警察沙汰にまで発展しそうだよ、それっ!?」


 言われてみて日原は納得した。

 そもそもが勉強のためとはいえ、何かの拍子に無関係の人がそのデータを見れば驚くことだろう。猟奇的な事件かと、警察に相談あってもおかしくない。


 何とも予想外の罠だ。

 それは恐らく、獣医学生生活に慣れすぎると発生しかねないものだろう。



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