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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十二章 みんなの安息は俺が守る!
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第九十三話 なんて理想的な部屋なんだ

 呼ばれたから来たのに相手は留守だった。


「よし、帰ろう」


 迷う必要なんてないな。約束すっぽかした方が悪いんだ。ここで帰っても俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!

 ガチャ、と扉が独りでに少し開いた。まさかの自動ドア? なわけないか。


「……入れってことか」


 俺はやれやれと肩を竦めてから部屋の中へと入った。帰れなかったよ。残念無念。

 教会の頂点たる大神官様の部屋だからな。中はとんでもなく豪華でだだっ広い部屋――ではなく、四畳半ほどの広さのシンプルな部屋だった。

 唯一置かれているキングサイズのオフトゥンだけはやたら高級感に溢れているな。なんならそれだけで部屋のスペースをほとんど埋めているまである。

 これは――


「なんて、なんて理想的な部屋なんだ……ッ!」


 くっ、俺の部屋もこうすればよかった。なんで思いつかなかったんだ! 流石はネムリア大神官様。安息神教徒の理想を常に体現していらっしゃる。そこに痺れる憧れるぅ!


 その肝心の大神官様はというと……ベッドの中央で気持ちよさそうにすやすやとお眠りあそばされていた。キングサイズベッドにちょこんと寝転ぶ幼女がなんともミスマッチだった。

 ふわっふわのクリームブロンドに整った小さな輪郭。背中に生えていた天使の翼は寝る時に邪魔なのか今は消えている。白いネグリジェを纏っているが、これっぽっちも起伏らしい起伏はない。寝る子は育つとかいう伝承は嘘なんじゃないかと思いたくなるね。


「ネムリア、寝てるなら帰るぞ?」


 自室で寝てる奴を起こすなんて悪魔の所業だもんな。俺にはできない。だから小声でそれだけ囁くと、ネムリアの反応を待つこともなくそっと踵を返した。


「……待つ、なの」


 服の背中を摘ままれた。首だけ振り返ると、四つん這いのネムリアが眠そうな半眼でほっぺをぷっくりさせていた。


「寝たフリしてたのか?」

「……ネムは寝てても起きてる、なの」

「なにそれつらくね? 帰りたくならない?」


 つまりは寝てる状態でも現実世界の物事を把握できるってことだよな。いや待て、寝ながらにしてオフトゥンちゃんと意識的にイチャイチャできると考えれば……有り!


「まあ、人間じゃないならそのくらいできても不思議はないか」


 ネムリアは本人も隠さず言っているように、『新神』とかいう存在だ。読んで字のごとく『新』しい『神』って意味である。

 どうやら神様業界にも世代交代という帰りたくなる面倒なもんがあるらしく、ネムリアは将来の安息神(フトゥン)となるべく新神研修の一環でこの世界に顕現したらしい。なにその会社の新人研修みたいな制度。俺なら絶対帰りたい。


 それはネムリアも同じだった。こんな面倒な研修はさっさと終わらせて帰りたい。だから俺に協力を求めてきたんだ。俺は帰りたい奴の味方だからな。喜んで協力を申し受けたよ。べ、別に安息神教会が魅力的だったからじゃないんだからね!


「で、安息信徒はまだ足りないのか?」


 研修を完了する条件は一つ。安息神の代弁者として教会に君臨し、一定の信徒を獲得することだ。

 安息神教は一応元々から存在していたが、マイナーのマイナーで今まで知名度なんてほとんどなかったらしい。この世界に顕現しているのはそういったマイナーな神の後継者だけだそうな。


「……まだなの。あいつが邪魔してるから」

建労神(ハトァラケー)教会か」


 安息神教会と建労神教会は対立している。オセロの勝負みたいに互いの信徒を奪い合っている現状で、増えても減ってしまいプラマイゼロになってしまうんだ。


「……本来はこうはならない、なの。建労も安息も互いが共存できる関係にあるはずなの」

「だよな。働くからこそ帰りたい。働くからこそ安息は素晴らしい」


 俺たち安息神教会は決して一日中惰眠を貪る会などではなく、そう教えを説いている。たとえ一年中休みたい寝てたいと思っていても、良き安息を得るために適度な労働は必須なんだ。適度な、ここ重要。


「なのにあいつら、倒れるまで働くことが当たり前のブラック企業になってやがるからなぁ。なにが『建労』だ」


 奴らにとって、『安息』は人をダメにする敵だという認識だ。そんな帰りたい思想に信者なんて集まるわけがないと思っていたが、どうやら先の事件のせいで人々の価値観が変になっちまったらしい。

 それは俺にも多少はまあ、責任があると思う。俺がネムリアに協力する大きな理由はそれだ。『責任』なんて言葉がのしかかったままじゃ安息できないだろう?


「……ネムの英雄には期待してる、なの」


 ネムリアが眠そうな半眼のまま俺を見詰めてくる。

 建労神教会を壊滅させるか正常に戻すかして、安息神教会の信徒を確保しネムリアを神界に帰還させる。それが俺の、今のクエストだ。


「それはそうと、俺をここに呼んだ要件をまだ聞いてないんだが?」


 ないなら帰るぞ?

 目力だけでそう伝えるが、ネムリアにはわからなかったらしく、よちよちとキングベッドの上を這ってそれを持ってきた。


 枕だった。

 ただし、真ん中からビリッと裂けて中身の羽毛が飛び出ちまってる。まるでなにかに貫かれたような傷だ。まだ真新しいのに、これは致命傷だろう。マクラちゃあああああああん!?


「……破れた、なの」

「えー、どう使ったらこうなるんだ? まさか敵襲か!」


 だとすればネムリア一人で撃退したことになる。つまり俺を呼んだのは警護してほしいから?


「……違う、なの。経年劣化」

「まだ新しいよねこれ!?」

「……ネムが寝惚けて翼出して貫いたとかじゃない、なの」

「寝てても起きてるって話じゃなかったっけ?」

「……だから違う、なの。ネムは寝てても起きてるからそんな粗相はしない、なの」


 あ、これたぶん嘘設定ですわ。嘘じゃなくてもそんな完璧ってわけじゃなさそうだ。でなけりゃおね翼しないもんな。


「……失礼なこと考えてそうなの」

「そんなことはないぞ。俺は常に帰ることかオフトゥンちゃんとイチャイチャすることしか考えてない!」


 エヴリルがいたら神樹の杖の刑だろうが、ここにあの悪魔はいないからな。存分に言いたいことを言えます。ちょっと寂しいとか思ってないぞ?


「そんで、その粗相を俺にバラしてどうするつもりだ?」

「……粗相じゃない、なの」


 ぷくーとネムリアの頬が膨らんだ。これはもう触れない方がいいね。


「俺はなにをすれば帰っていいんだ?」

「……新しい枕を買いに行く、なの」


 パシリですか。帰りたい。


「……商店街に新しい寝具専門店ができたってオフトゥニアスが言ってた、なの。だからネムと一緒に行ってほしい、なの」

「よしすぐに行こう」


 そういうことならもっと早く言ってほしかったね。

 寝具専門店、大変興味深いです。


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