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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十章 俺は英雄になることを望まない
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第八十話 時間稼ぎは得意分野だ

 そうして詳細は告げられないまま、善は急げと魔法の構築作業が始まってしばらく経った頃だった。

 突然、外から盛大な爆発音が轟いたんだ。


「な、なんじゃ!?」


 暇を持て余し過ぎてラティーシャと腕相撲とかいう無謀に挑戦していたヴァネッサが椅子から転げ落ちた。魔法構築作業に協力してなかったのかと問われれば、「無駄な演出と余計な効果を付け加えようとするその馬鹿はいらないのよ!」とゼノヴィアに超怒られて追い出されていたよ。

 ラティーシャが即座に状況を確認するため部屋の外に出る。そして十秒もしない内に慌ただしく戻ってきた。


「勇者殿、まずいことになった! ついに暴徒が城に攻め込んできたようだ!」

「なんじゃと!? どうするのじゃイの字!?」


 今もまた爆発音が響いて城全体が僅かに揺れた。兵士たちの怒号も聞こえてくる。オフトゥンの中にいてもハッキリと鮮明に。


「……」

「イの字!? 寝てる場合じゃないのじゃ!? 起きるのじゃ!?」


 オフトゥンを被って亀になっていた俺を、焦るヴァネッサが乱暴に揺り動かしてきたぞ。エヴリルさんに比べたらソフトで優しい起こし方をしていて……え? 天使? いや待て俺違うぞ! こいつは馬鹿の中二病患者だ! 騙されるな!


「我が眠りを妨げる者は誰だ……?」

「なんか封印された邪神みたいなこと言い出したのじゃ!?」


 よくゲームとかでボスが襲ってくる前の台詞だが、「こいつ寝起き悪すぎだろwww」って周りは馬鹿にしていたな。でも自分に置き換えてよく考えてみろ。気持ちよくオフトゥンしていたのに邪魔されるってことだぞ。そりゃあボスさんも暴れて邪魔者を排除したくなるってもんだ。

 誰だってそうだ。

 俺だって千年単位でオフトゥンしていたいです!


「ゼノヴィア、魔法は?」


 俺は部屋の中央でせっせと魔法理論かなんかを紙に書き殴っているゼノヴィアに確認する。呪われて暴徒と化した民を鎮圧するための『新しい呪い』さえ編み上がれば、そっちに全部任せちまってもいいんだけど――


「もう少しかかりそうなのよ! 勇者、時間を稼いでほしいのよ!」


 こちらを振り向かずに答えたゼノヴィアは――額に汗を滲ませていた。止まらない手を見ると必死さが伝わってくる。これはちょっと待てば終わるとか、そんな程度の問題じゃなさそうだな。


「外がやかましいとゆっくりオフトゥンできないからな。しょうがない」


 俺はもぞもぞと王女様ご用達の最高級オフトゥンから這い出て軽く伸びをした。ああ、オフトゥン。また会おう。


「さっさと加勢してさっさと帰るぞ。時間稼ぎは得意分野だ」

「そうか、勇者殿には〈凍結〉の能力があったな」

「〈凍結〉……そういえばエの字の動きを止めてたあの術!? イの字はどれだけわしの知らぬ凄い力を持っておるじゃ!?」


 その通り、俺の〈怠惰の凍結(アケディア・フリーズ)〉は範囲内の対象を最大一分間だけ時間ごと停滞させることができる。連続使用で効果が薄れるとかそんなデメリットはないから、切れたらかけ直しを繰り返せば平和的に時間を稼げるって寸法よ。

 ただ、範囲内ならどれだけ人数がいても問題ないが、一度使った後に範囲外から攻めて来られると対応しなきゃならん。仮にも時間を止めるなんてチートだからな。クールタイムが丁度一分間なんだよ。


「イの字! お主は一体いくつ神の力を使えるのじゃ! 隠さないで教えてほしいのじゃ!」

「まとわりつくな今それどころじゃねえだろ!? もうお前帰れよ!?」


 紅葉色の瞳をキラッキラさせて詰め寄って来る中二病患者をぞんざいに引き剥がし、俺たちはラティーシャの部屋を出て城門の方へと急いだ。


 走りながら城の窓から城門の様子を見やる。そこでは警備を固めていた兵士たちと冒険者たちが協力して暴徒を押し止めているようだ。

 大きな盾を持って壁を作る感じでなんとか突破されずに抑えられているな。

 だが――


「なんだよこれ、マジでパニック映画じゃねえか……帰りたい」


 暴徒の数が、異常だ。

 城門という限られた通路だからこそ防げているだけで、数という戦力差は圧倒的だった。こいつら王都中から集まって来ているのか? それともパンデミックしてるのか? どっちにしたって帰りたい。

 それにゼノヴィアが言うには〈呪い〉は個人の欲求の暴走だ。こんなに城に集まって暴動しているってことは、それだけの民が国を不満に思っていたってことだぞ。

 普段の暮らしを見てる感じだと、そんなことはなさそうだったのになぁ。


「……彼らの様子がおかしい」


 押し寄せる暴徒を見たラティーシャが唸るようにそう言った。


「なにか気づいたのか?」

「彼らは暴れていてもまだどこかで理性が残っているように感じていた。だが、今この城に押し寄せている者たちはそうは見えない」


 言われてよく観察してみると……確かに、妙だ。

 暴徒たちの目は焦点が合っていない。それに「あー」とか「うー」とか脳みそが溶けたんじゃないかって感じの声を発している。少なくともエヴリルはがっつり俺たちをターゲッティングしていたし、巨乳だ浮気だとかハッキリと言語を口にしていたぞ。

 まるで本当にゾンビにでもなったみたいだ。


 ドゴォオオオオオオオオン!!


 ここに来るまでも何度か聞いた爆発音。


「あそこじゃ!」


 ヴァネッサが指差した先では炎が爆ぜ、兵士たちが塊で吹っ飛ばされていた。なんとか防いでいた防壁に穴が穿たれ――誰かが、抜けてきたぞ。

 まずい。巨大な剣を大上段に振り被った大男の暴徒が、吹き飛ばした兵士たちには見向きもせずに避難民の方へと飛びかかって行きやがった。


「きゃああああああああああああっ!?」


 狙われて悲鳴を上げたのは、煌びやかな金髪をドリルに巻いたお嬢様――リリアンヌ・ファウルダースだった。


「イの字!」

「〈憤怒の(イラ・)――ダメだ!? ここからじゃ間に合わん!?」


 手を翳してみたが、あまりにも遠い。なにせ複雑な構造のせいで俺たちはまだ城の中だ。テロ対策が仇になってますけど!

 腰を抜かしたリリアンヌに巨剣が無慈悲にも振り下ろされる。

 しかし、血は流れなかった。

 代わりに甲高い金属音が響く。


「大丈夫ですか!」


 女性のピンチに颯爽と駆けつけて大男の巨剣を普通サイズの剣で受け止めたのは、誰もが振り向きうらやむほどの美少年だった。

 ていうかヘクターだった。


「リリアンヌさん! オレの後ろに!」

「ヘクター・マンスフィールド……やっぱりカッコイイですわぁ」


 リリアンヌにはヘクターのことが白馬の王子様にでも見えているのだろうね。ぽっと頬を朱に染めていた。

 そんな彼女の様子には当然気づいていないヘクターは、大男の剣を受け流し、鋭く素早い斬撃を間断なく繰り出す。一撃は軽いが、相手に攻撃する隙を与えないどっかの国の宮廷剣術だとか言っていたな。

 討伐依頼で見ているからヘクターが相当な腕だということはわかっている。しかし、どうやら相手の大男はそれ以上だった。

 ヘクターの連撃を強引に弾きやがったんだ。


「二人とも掴まれ!」

「む?」

「へあ!?」


 もう正規ルートで下りていたら間に合わない。俺は〈古竜の模倣(ドラゴンフォース)〉を纏うと、ラティーシャとヴァネッサを両脇に抱えて窓から飛び降りた。ヴァネッサはなんかじたばたしてたけど、わかってくれ。これも早く帰るためだ。


「ヘクター! 無事か!」

「兄貴!」


 俺の登場により、さっきまでイケメン王子だったヘクターは一気にイケメン子分にグレードダウン。まあヘクターが子分気質なのはいつものことなので、俺は気にせず横薙ぎに振り払われていた巨剣を蹴り弾いておいた。


「――ってこいつよく見たら元六つ星冒険者のええと……ナントカじゃねえか!? なにミイラ取りがミイラになってんの!?」


 エヴリルが暴徒化した時はまだ普通だったよね君? てことは暴徒を対処している内に呪われちゃったってこと? なんてマヌケ! ミイラになる前に帰れよ!


「――唸れ業火。赤き猛撃により爆ぜるがいい」


「イの字!」


 俺がツッコミを入れている間に唱えられた火球の魔法は、突如地面から隆起した土の壁に着弾して盛大な爆発を起こした。


「くっ……今の俺ならあの程度の魔法で火傷もしないとはいえ、ヴァネッサに助けられるとか末代までの恥で帰りたい」

「助けてやったのに酷い言われようなのじゃ!?」


 日頃の行いのせいです。

 俺は魔法が飛んで来た方角を睨む。そこには竈王神教会のローブを纏った赤髪の女が杖を構えていた。


「こいつも確か元六つ星チームにいた奴だな」


 なるほど、さっきからドッカンドッカンやってたのはこいつだったわけか。ヴァネッサが無様に負けた相手だ。名前はなんだっけ? 忘れた。


「知り合いか、勇者殿?」

「一応な。王都がこうなる前に決闘してた連中だ」


 他にもエヴリルと戦った盗賊風の男と、残りの仲間二人も城壁を超えて乱入してきた。元六つ星冒険者が全員暴徒化したんじゃ、一般の兵士じゃ太刀打ちできないだろうね。


「しかしこやつらは呪われていなかったはずじゃ」

「どうやらリリアンヌさんを狙っているようです」

「冗談じゃありませんわ!? あなたたち!? あたくしは雇い主ですわよ!?」


 五人に囲まれて俺たちは背中合わせになる。ゾンビよろしく噛まれたら暴徒の仲間入りしてしまうのか、それとも犯人がまだ〈呪い〉を撒き散らしているのか。

 欲望の暴走で雇い主を狙っているってことは……ストレス溜める扱いされてたんだろうなぁ。ブラックなところに就職しちゃったんですね。ワカリマス。

 世の中ホワイトなカイシャが少なすぎると思います。絶滅危惧種に指定すべき。

 それはともかく。


「こいつら城門の外に押し出すぞ! 〈凍結〉はそれからだ! 手を貸せ!」

「うむ、承知した!」

「決闘のリベンジじゃ!」

「兄貴の背中はオレに任せてください!」

「あたくしは戦えませんわよ!?」


 うん、丁度五対五だな。

 なんて冗談ぶちかますとリリアンヌが泣きそうなので、とりあえず先に巨剣の大男を〈憤怒の一撃(イラ・ブロー)(弱)〉で城壁の外まで吹っ飛ばしておいた。頑丈そうだからたぶん大丈夫と思う。


「さて」


 ラティーシャたちがそれぞれ一人ずつ相手にしている。他人の仕事を奪ってまでやるほど俺はワーカホリックじゃないので、余った一人――呪われてるせいか「キャハハハ」しか言わない女――が鍵爪でリリアンヌを斬り裂く前に手首を掴んだ。


「キャハッ」


 それだけで女が苦しそうな……たぶん苦しそうな声を上げる。今の俺は古竜を超越模倣しているから、力加減が大変なんだよ。

 左手で軽くデコピン。

 あっ、やべ。めっちゃ吹っ飛んだ。

 開いた穴を埋めて暴徒を押し止めていた兵士たちにストライク。ピクリとも動かないけど大丈夫かな? 大丈夫だよね? 元六つ星冒険者だもんね! 帰りたい!

 念のため魔眼で〈解析〉すると、ちょっと直近の記憶が吹っ飛ぶレベルの脳震盪で気絶中だってさ。俺のスキルは模倣したステータスが乗らないから〈憤怒の一撃(イラ・ブロー)〉にしとけばよかったね。


「……やはりこの男、バケモノですわ」


 リリアンヌが失礼なこと言ってる。心が傷ついたから帰ってもいいかな?

 いや、どうも今回ばかりは冗談抜きで帰れそうにないな。


 ビュオオオオッ!

 と、俺たちを中心に不自然な風が舞う。


「キョニュ……ウワキ……ミツケタ」


 見上げると、ハイライトを失った瞳の少女が風を纏って浮かんでいた。神樹の杖を握り、他の暴徒たち同様にすっかり言語能力が怪しくなってしまった俺の相棒。


「来たな、エヴリル」


 俺がいつもの生活に帰るためには、この暴風少女の〈呪い〉だけは絶対に解いてやらなきゃダメなんだ。


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