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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
八章 さりとて俺は病気しない
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第六十四話 待ってエヴリルさん、俺そんな話知らない

 無事にサラマンダーの尻尾を持ち帰り、それを材料にヴァネッサが調合してくれた薬をエヴリルに飲ませてから数刻。

 王都が夕焼け色に染まる頃、ようやくエヴリルの容体が落ち着いてきた。


「普通の風邪も併発しておるようじゃが、まあ、あとは安静にしておればすぐ治るのじゃ」


 一通りの治療を終えたヴァネッサが後片づけをしながらそう言った。薬の調合がやたらと怪しい中二病的儀式のように見えたけど、結果的にはちゃんとしたモノを作ってくれてたんだな。


「風邪薬も一緒に出しておくから、ちゃんと毎食後に飲ませるのじゃぞ」

「すごい、ホントに医者みたいだ……」

「医者じゃと言うとろうが!?」


 実は今の今まで半信半疑だったことは内緒だ。


「ふん。少しは治療代をまけてやろうと思っておったが、逆に高くしてもよいのじゃぞ? そうじゃのう。いろいろあったからこんなもんかのう?」

「せ、請求はヘクターんちにお願いします」


 一応命に関わる病気の治療だったわけで、お値段にするととんでもないことになりそうだから帰りたい。ちなみにヘクターは俺たちが帰った後すぐに家から呼び出しをくらってさっさと退散した。なにかあったのかしらん? 大事な商談がお面のせいでトラブったとか?


「こほっ」


 ヴァネッサが指で示す金額を見ないように目を逸らしていると、ベッドに横たわるエヴリルが可愛く咳をしてゆっくりと瞼を開いた。


「……あれ? 勇者様?」

「おー、エヴリル。気がついたか」


 俺は尚も立てた指を突きつけるヴァネッサに背を向けてベッドに歩み寄った。膨れっ面になったヴァネッサだったが、患者が目を覚ましたとわかると医者の顔になって俺の隣に並んだ。


「気分はどうじゃ?」

「……誰です?」


 エヴリルが眉を顰める。続いて俺がスーパー睨まれた。「わたしの部屋に勇者様が知らない女を連れ込んでいるです!?」と目で訴えている気がします。

 誰かと問われれば……案の定、ヴァネッサは待ってましたと言わんばかりに右手で顔を覆って怪しく笑い始めた。


「クックック、我が名はヴァネッサ・アデリーヌ・ワーデルセラム! 地母神(ガイア)様の愛娘にして大地を司る至高で究極の大魔導師なのじゃ!」


 俺と初めて会った時と一字一句違わぬ自己紹介。この子も飽きないねぇ。

 エヴリルさんもさぞかし引いていることだろう……と思って見てみると、なんだか物凄い驚愕したように目を見開いていた。


「地母神様!? どうして地母神教会の魔導師がここにいるですか!?」

「え? なに? エヴリルさんてば他神教は絶対認めない系の人?」


 そもそもこの世界っていくつ教会があるの? まあ、天空神だけわかっていれば俺はそれでいいけどな。オマエノコトダ、ウラヌス。


「い、いえ、そういうわけではないですが……土属性の魔法は地味なものが多いせいか、地母神教会には無意味に自分を誇示したりやたらと大技を使いたがる面倒臭い人が多いから近づくなってお爺ちゃんが言ってたです」

「あー」

「なぜこっちを見るのじゃ、イの字?」


 超わかる。というかまんまヴァネッサさんのことじゃないですか。まさかこいつ個人じゃなくて教会全体で中二病とか大丈夫か地母神様?


「あっ、ごめんなさいです。別に全員がそうだとは思ってないです」

「そうだな。中には素晴らしい人だっている。たとえばこいつの曾婆ちゃんとか」

「わしは? イの字よ、わしは?」

「……」

「なぜ目を逸らすのじゃ!?」


 エヴリルを治療してくれたことは感謝するが、それとこれとは話が別である。俺に「素晴らしい人」と言わせたければまずその中二病を治してくるんだな。


「えっと、それでどうして地母神教会の魔導師がいるです?」

「クックック、それは星の契約により今から貴様の魂を――」

「こいつは医者だ」

「お医者様だったですか!?」

「最後まで言わせろなのじゃ!?」


 涙目で俺の袖をわしわしするヴァネッサ。こいつの扱いにもだいぶ慣れてきたな。慣れたくなかったよ、中二病患者の扱いなんて。帰りたい。

 それから事情を大まかに説明すると、エヴリルは姿勢を正してヴァネッサに頭を下げた。


「あ、ありがとうございますです、お医者様」

「ヴァネッサでよいのじゃ、エの字」

「エの字……?」

「気にすると帰りたくなるぞ」


 なんなら気にしなくても帰りたい。あ、俺だけか。


「勇者様もありがとうです。わたしのために奔走してくれたみたいで……あれ? じゃあ、お仕事はどうしたです?」

「……」

「……」

「……でっかい火トカゲの魔物を討伐しました」

「報酬は?」

「なんと無償のボランティア! 俺すごい! 人間の鑑! 帰りたい!」

「ヴァネッサさん、ちょっとそこの杖を取ってくださいです」

「なんで!?」

「これかや? むむむ、なかなかいい杖を使っておるのじゃ」

「よしヴァネッサ、そいつは俺に渡せ! 病人にそんなもの持たせちゃいかん!」

「いいえ、こっちです!」


 俺とエヴリルの寄越せコールにヴァネッサは神樹の杖を大きな胸に抱えたまま困ったようにキョロキョロしていた。


「そ、そうじゃな。熱は下がっておるが、エの字はまだ安静にしておくのじゃ」


 やがて『どちらにも渡さない』という英断をしたヴァネッサは、神樹の杖を元の場所に戻しつつエヴリルに告げた。


「むぅ……お医者様がそう言うなら仕方ないです」

「それにあまり怒ってやるでない。イの字が仕事を放棄して頑張らなかったらお主は死んでいたかもしれんのじゃぞ」

「そう……ですね」


 エヴリルも自分がどんな状態だったかの説明は受けているため、それ以上は俺を糾弾しなかった。

 ヴァネッサが窓の外を見る。夕焼け色だった空が夜色と混ざり合って見事なグラデーションを描いていた。もうこんな時間か。


「さて、わしもそろそろ帰らぬと曾お婆ちゃんが心配するのじゃ。金額の話がまだじゃが、まあ今度でよいのじゃ」

「本当にいろいろとありがとうございましたです」

「おう、気をつけて帰れよ」

「お代はわたしがコツコツ貯めていたヘソクリから支払うです」

「待ってエヴリルさん、俺そんな話知らない」


 この子ってば貯金してたのかよ。いや、俺もいつか綿毛鳥の最高級羽毛ベッドを買うために貯めてるけどね。宿を買い取って改修したらベッドも新調したいです。

 踵を返して玄関に向かおうとしたヴァネッサだったが、ふと、なにかを思いついたかのように振り返って俺を見た。


「……送ってくれぬのか?」

「ん?」

「もう空も昏くなっておるのじゃ。まさかイの字よ、わしのようなイタイケな少女を一人で帰らせるつもりかや?」

「んん?」


 イタイケナショウジョ?

 どこにそんなイキモノが?


「なあ、よいじゃろう? もっとお主についていろいろ聞きたいのじゃ」


 トトトトッと戻ってきたヴァネッサが俺の右腕に縋りつく。そのキラッキラした紅葉色の瞳は……こいつ、聞きたいのは俺の力についてだな。確かに中二病患者の琴線には触れまくりだろうよ。というか胸あたってる。やーらかい。ありがとうございます。


「ハッ! だ、だだだダメです!」


 と、今度はエヴリルさんがなにを勘違いしたのかがばっとベッドから飛び降りて俺の左腕を取った。


「勇者様! 病人を置いてどっか行っちゃうなんてことしないですよね!?」

「んんん? 朝思いっきり仕事行けって言われた気が……」

「エの字は心配せずとも寝ておれば治る段階なのじゃ。イの字に感染っても事じゃろう」

「あ、じゃあ俺残ります」

「なんでじゃ!?」


 この世界の風邪が俺に感染るっていうのなら、是非ともウェルカム! そうだ。俺の魔眼って病原菌とか映したりできないかな?

 お、できた。このエヴリルさんの周囲に纏わりついてる青い粒子がそれだな。実は一番便利かもしれないな、この魔眼。

 病原菌が「それいけこいつも風邪にしてやんよ!」って勢いで俺に向かって飛んできた。よっしゃバッチコイ! これで勝つる!

 あ、俺に触れる直前でなんかことごとく消滅した。エヴリルから飛んできた菌以外の病原菌と思われる粒子も、俺の周囲で急に反応がロストする。

 くっ……これが世界の理か。


「ああ、なんだか急に気分が……勇者様、看病してほしいです」

「イの字、こうしている間にもどんどん夜になっていくのじゃ。夜道は危険なのじゃ」


 はっ!

 俺が現実逃避してる間になんか両脇からものすっごい引っ張られてるんだけど!?


「勇者様!」

「イの字!」

「ええい!? 俺だってもうオフトゥンしたいんだよ!? 帰らせろチクショー!?」


 エヴリルと脳筋王女から逃げていた時みたく俺を創造すればいいじゃん! と気づいたのは、それから三十分くらい経ってからだった。


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