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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
八章 さりとて俺は病気しない
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第六十話 なんかその、すみませんでしたッ!

 部屋が薬臭いのは異世界の病院も同じらしい。

 いや、この森の中に佇む木造住宅を病院と呼ぶかはわからんが、とにかくこの臭いのおかげで医者って感じがしてきたぞ。


「ほう、ヘの字はイの字のチームに入って冒険者をしておるのか」


 俺たちを家に招き入れたヴァネッサは、なにが楽しいのか鳶色のツインテールをぴょこぴょこさせながら俺たちにいろいろ話を振っていた。辺鄙なところに家があるから久々の客人が嬉しいのかもしれん。


「冒険者は、楽しいかや?」

「ええ、商人をしてるだけじゃ経験できないことがたくさんあって楽しいですよ」

「ちょい待て、イの字って俺のことか?」

「他に誰がおる? イマキ・タクじゃからイの字じゃ」

「そっちはファミリーネームなんだが……まあいいけど」


 この世界に来てから初めて呼ばれる呼び名が増えまくって混乱しそうです。元の世界だと『伊巻』『拓』『兄貴』の三択であだ名すらなかったから帰りたい。

 玄関から廊下を進み、リビングらしき大広間を抜けた先にある扉の前でヴァネッサは立ち止まった。それから無駄に自信満々な顔を俺に向けてくる。


「ここが曾お婆ちゃんの部屋じゃ。ククク、曾お婆ちゃんはすごい魔導師じゃからな。心するがよい」

「医者じゃないのかよ」

「医者じゃよ。医者で魔導師なのじゃ」


 さっき地母神(ガイア)って言ってたから、エヴリルやゼノヴィアとはまた違う教会に属する魔導師なんだろうね。土系の魔法が得意なのかな。


「曾お婆ちゃん、客を連れてきたのじゃ」


 ノックもせずに扉を開けてヴァネッサが部屋の中に入る。俺とヘクターも「失礼しまーす」と心なし小声で言いつつ後に続く。


 簡素な部屋だった。調度品らしい調度品がほとんど見当たらないな。必要最低限の物しか置かれていない。大商人のマンスフィールド家や貴族のやダイオさんとこのように見栄を張る必要がないからだろう。

 もっと薬が陳列する棚とか医学書が散乱してたりするのかと思ったけど、そういうこともない。本当にさっぱりした部屋だ。

 で、ヴァネッサの曾お婆ちゃんらしい人は――


「……」


 いた。

 皺がれた婆さんが年季の入った木製ベッドで上半身だけ起こし、ムスッとした不機嫌そうな表情で俺たちを見ている。小ぢんまりとして曾孫のヴァネッサより頭二つ分も背は低そうだ。腕は骨が浮き出るほど細くて生きた年月を感じさせるが……その目は、耄碌してないな。はっきりとした意思と鋭い光が確かに宿っているよ。


「お久しぶりです、テッサさん」

「どうも」


 ヘクターに合わせて軽く頭を下げる。正直、ヴァネッサと瓜二つのロリババアとか出て来たらどうしようかと思っていたからちょっと安心した。


「……」

「え? なに? なんかめっちゃ無言で睨まれてるんだけど」


 どうしよう、お婆ちゃん怖い。やっぱ全然安心できない。あ、きたきた。帰りたくなってきましたよワタクシ。


「……」


 内心でオドオドする俺――たぶん表には出てないはず――を厳つい顔の婆さんは口を一ミリとも動かさずガン見し続ける。目力ぱねぇ。やだこれホントどうすればいいのん?


「我が名はテッサ・マルゴ・ワーデルセラム。地母神の化身なり。お主らのような小童が気安く我の視界に入るではない」


 やっと喋った。すんごいご機嫌ナナメで中二的な台詞だったけど、なんか声がずいぶん若々しいな。ていうか口が全く動いてなかった気がするんだけど、魔法かなにかでしょうか?


「――と言っておるのじゃ」


 と思ったらヴァネッサだった。


「どんな通訳だ! てかなにも言ってないだろ!」

「わしほどになれば曾お婆ちゃんの考えは表情を読めばわかるのじゃ」


 むふん、とDはある胸を張るヴァネッサ。お前ほどっていう尺度がよくわからん。一緒に暮らした歳月とかそんな感じだと思っておくか。

 曾孫と話している俺に婆さんからキッ! と殺意すら感じる視線が向けられる。怖い。


「……」

「去れ小童ども! この地に封印されし大地の禁呪が目覚める前にな! ――と言っておるのじゃ」


 なにそれここってそんなに危険な土地だったの?

 とちょっと慄きかけた瞬間――ゴチン!


「ぎゃふっ!?」


 ヴァネッサの頭上から拳の形をした石が降ってきた。


「い、痛いのじゃ曾お婆ちゃん!?」


 ヴァネッサは涙目で頭を押さえて婆さんを見る。婆さんは石製の重そうな杖を枯れ枝のような片手で握り、ヴァネッサをすんごい睨んでいた。


「……」

「うぅ~、わ、わかったのじゃ。二人とも紅茶でいいかや? え? 茶菓子のクッキーも出せって? あ、あれはわしが後でこっそり食べゲフンゲフン! こやつらには勿体ないのじゃ!? お客様はしっかり持てなせ? ぐぬぬ……」

「実はめっちゃ歓迎されてた!?」


 あとヴァネッサは本当に表情から考えがわかるっぽいな。睨まれてビクビクしながら渋々と部屋を出ていったよ。

 すると、ヘクターが俺の耳元で囁いた。


「(こういう人なんです、兄貴)」

「(あー、うん。確かに変人じゃないけど、ちょっとやりづらいな)」


 元々コミュ力の高くない俺からすると今すぐ帰りたいタイプの人間です。無言から意思を読み取るとか魔眼でも〈解析〉できませんぜ。ヴァネッサがいてよかった。

 無言のまま木製テーブルの前で正座する俺とヘクター。この気まずい緊張感。そりゃ正座にもなりますよ帰りたい。


 数分後、紅茶とクッキーをトレーに乗せたヴァネッサが戻ってきた。

 爽やかないい香りだ。まあ、紅茶の種類なんて元の世界でも大して知らないけどな。ダージリンとかアールグレイくらい? 違いはわかりません。


「……」

「それを飲めばお主らは我の眷属となる。そうなれば後戻りはできぬぞ。よく考えてから口にするのだ――と言っておるの痛い!? 曾お婆ちゃん魔法で拳骨するのやめてほしいのじゃ!?」


 またも石の拳が降って来て大きなタンコブを作るヴァネッサだった。俺もよく神樹の杖で頭かち割られてるからよくわかります。


「……」

「で、ホントはなんて言ってるんだ?」

「……ミルクと砂糖はいるか、と」

「お前通訳するならちゃんとしろよ帰るぞ!?」


 出会ってそうそうこれほど信用ならなくなった人間も珍しい気がする。お面大商人とはまた違うベクトルなのがもう頭痛い。ホントに帰ろうかな?


「……」

「見たところ両者とも健康そうじゃが、どっちが診察を受けたいのじゃ? ――と言っておるのじゃ」

「あ、診てほしいのは俺たちじゃないんだ」


 今度は真面目に通訳したらしいな。俺は今も宿のベッドで病気に苦しみ寝込んでいるエヴリルが羨ましい……じゃなくて、エヴリルの症状やら今朝の状況やらを簡潔に説明した。


「なるほどのう、お主たちのパーティメンバーが風邪を引いて寝込んでおると。となるとお主らの宿まで出向く必要があるの」

「そう言ってるのか?」

「いや、今のはわしの言葉じゃ」

「紛らわしいな」


 婆さんが喋った言葉を通訳してくれるならわかりやすいんだけど、よくもまあここまで終始無言だよな。歯が抜けて上手く発音できんとかかな? 深くは考えないでおこう。


「……」

「わかった、と言いたいところじゃが、お主らの宿に行くことはできん――と言っておるのじゃ」

「どうしてですか?」


 ヘクターが眉を顰める。ヴァネッサは婆さんと顔を見合わせると、婆さんの足にかかっていた毛布を取り払った。


「曾お婆ちゃん、足を怪我してるのじゃ」


 そこにはギプスで固定された痛々しい右足があった。


「足を? その、大丈夫ですか?」

「うむ、骨は折れておらぬが、一人で歩くことができぬのじゃ」

「どうしてまた……」

「この間、王都の近くでドラゴンが暴れておったじゃろ? その時に街に大量の隕石の破片が降って来たのじゃ。ここは北の端じゃから直接被害はなかったのじゃが、余波で曾お婆ちゃんが転んで……なんでイの字は額を床に擦りつけておるのじゃ?」


 話の途中から冷や汗が止まらなくなった俺は堪らず土下座するしかなかった。だって隕石落としたの、俺ですやん。


「いや、なんかその、すみませんでしたッ!」


 もう謝るしかねえよ。あの時の被害者をこの目で見ちゃったらさ。帰りたいとか、思っても口には出せません。


「そのドラゴンを退けた冒険者が、兄貴なんです」

「なんと!」

「……」


 ヘクターが苦笑しつつ説明すると、ヴァネッサは驚愕に目を見開いた。婆さんの方はピクリとも表情が変わらなかったけど。


「……」

「お主のせいで満足に歩けぬ体になったのじゃ! 責任を取って我の召使いとなって馬車馬のごとく働け小童! ――と言ってお……言ってないのじゃ」


 杖を構えた婆さんを見たヴァネッサは間一髪で訂正した。あと数秒遅かったら拳骨だったな。


「……」

「足のことは気にするな。わしの不注意だ。安静にしていれば治る。それより街を救ってくれたことを住民の一人として感謝する――と言っておるのじゃ」


 俺は土下座をやめて婆さんに視線をやる。気難しいってヘクターは言ってたけど、ヴァネッサの通訳が正しいならいいお婆ちゃんじゃないか。


「そう言ってくれると助かる。正直俺には責任が重すぎて帰りたくなるからな。足、無理そうなら諦めて他の医者を捜すよ」


 紹介してくれたヘクターには悪いけど、別にこの人じゃないとダメだってわけじゃないからな。

 そう考えて立ち上がると――


「その必要はないのじゃ!」


 ヴァネッサが、やたら堂々と発育のいい胸を張った。


「は?」


 婆さんは信用に足るが、俺はこの中二病患者についてはまだ警戒心しかないぞ。ほら、また顔に掌をあてたカッコよさげなポーズで指の隙間から俺を見てきたよ。


「クックック、イの字よ、わしをなんだと思っておる?」

「ちょっと中二病を拗らせたイタイ頭の人間型通訳機」

「ホントになんだと思っておるのじゃ!?」


 医者なら直してやれよ、中二病。無理か。帰りたい病も無理だもんな。


「わしだって医者じゃぞ!? 薬だって作れるのじゃ!? 曾お婆ちゃんに魔法と技術と知識を叩き込まれたからの!?」


 自前の石杖を取り出して俺に向けるヴァネッサは、やっぱり胡散臭いな。ヘクターに目配せすると、やれやれと肩を竦めた。イケメンがやると絵になるからムカツキマス。


「性格はともかく、腕は間違いないと思いますよ」

「ヘの字まで性格はともかくとはなんじゃ!?」

「どうしたもんかね……」


 変に引っ掻き回されてエヴリルの症状が悪くなったらマズイし、俺に感染ってくれるなら万々歳だけども。


「……」

「ほら、曾お婆ちゃんもわしを連れて行けと言っておるのじゃ!」


 それが嘘じゃないことは、石の拳骨が降って来なかったから間違いなかった。

 婆さんが言うなら、信じてみるか。


「わかった。診察はちゃんと真面目にやってくれよ?」

「! 任せるのじゃ!」


 了承してやると、ヴァネッサは幼い子供のようにパアァと顔を輝かせた。


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