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◆第一話◆ 若き大尉の悩み

 アルダナ王国軍入隊式。


 そこに着座している誰もが、壇上で話す将軍を鋭い目つきで真剣に見つめ、その一言一句を頭と心に刻みつけていた。


 大勢の男らに囲まれたポニーテールの少女、ティアナ・アンダーソンもその一人。期待に胸を膨らませた、いい目をしていた。


「諸君の胸に耀く軍章を誇りとし、日々精進すること。以上!」


 そんな言葉で締めくくられる。



 


「わあ……すっごい」


 ティアナの口から、思わずそんな感嘆が漏れた。


 西洋最強と言われるアルダナ王国軍内部は、屈強な男たちが姿勢正しく闊歩し、彼らが自分を配属課へ案内してくれている、文官の割に体躯の良い軍曹とすれ違うと、ビシッと敬礼した。

 その姿は壮観であった。頼もしくもあり、怖くもある。


 帯銃している彼らは武官らしい。ならば、自分と仕事を同じくすることはないだろうなと思った。




「初めまして。本日付でこちらに配属となりました、ティ……ティアナ・アンダーソンであります!」


 まずは課の長たる大尉に挨拶をと、ティアナは緊張気味に敬礼した。声が裏返ったり名前で噛んだのはご愛敬。


 だが目の前のパーマがかった茶髪の上官は、机に突っ伏したまま亡霊のようなオーラを漂わせたまま、うんともすんとも言わない。


「オホン……あの、大尉……。新人が来ているのですが」


 案内役の軍曹が怖ず怖ずと声を掛けると、ふらりふらりと顔を上げる。

 細い眼鏡をかけた上官は、大尉というには若すぎるほど若いし、結構な男前。男だらけの軍人の中でもかなりモテる部類だろうが、その瞳は空を漂って心許なかった。


「ああ……俺はエルネスト・ボルテール……地位は大尉。でも覚えなくていいよ。俺は明日死ぬから。あはは」


「え……?」


 軍曹とティアナの声が重なりあう。


 だがエルネストはそんなことには歯牙にも掛けず、廊下を闊歩する勇壮な軍人たちとは似ても似つかない猫背でよろよろと立ち上がると、一度も視線を合わせないままに扉へ向かう。


「あ、そうそう。俺の出世に響くから、面倒ごとは一切報告しなくて結構。好きなタイプは真面目で優しい子。いたら今日紹介して、明日じゃ手遅れだから……あ、だったら出世とかも気になくていいんだ。あはははは」


 パタンと閉まる、扉の音にすら生気を感じられない。


「な……何だろうアレ」

「そうそう、君さ」

「は、はい!」


 出て行ったと思ったエルネストが、突然扉の間から顔を覗かせ、ティアナは慌てて背筋を伸ばして返事する。


「剣術とかできたりしない?」


 その質問に、ティアナは正直ドキリとした。


「い、いえ……。私は文官ですから、武術は全く」

「だよねー、だよねー。はあ……」


 今度こそ本当に扉の向こうへ消えたらしいエルネストに、ティアナは早速上官に嘘をついてしまった罪悪感にため息をついた。


 正直、剣術は得意だ。

 だが、女が剣を扱うなど、この国では珍獣に等しい。何を言われるか、分かった物ではないのだ。


 しかし、だからこそ、なぜエルネストがそんなことを尋ねたのかと首を傾げる。


「あの、大尉は一体どうされたのでしょうか」


 案内役のゴリラのような軍曹は、毛深い手を額に当てた。


「すまないな、初日から。だがこれも仕方ない。国王直々にお達しが出たそうだよ。女剣士を連れてこいと」

「国王から……。しかし、なぜそんな無茶な依頼を。この国で女剣士を見つけるなんて、至難の業です」

「そりゃ大尉も分かっておられるさ。なんでも、護衛対象たる王子の御所望らしいが、今日中に宮廷へ連れていかないと大尉の首がスッ飛ぶらしい。こっちの首の方がね」


 そう言って軍曹は、トントンと自分の首に手刀を当てる。


(ますます、意味が分からない……)


 そのあと、各関係課へ挨拶回りをしたが、女珍しさに自分を見て顔を赤らめる軍人たちよりも、先ほどの女剣士の話が気になって、頭からずっと離れなかった。

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