81.あの後とこの後と裏
「良かったのか? あいつらに姿を見せなくて」
俺――大神大河は鈴鹿達が出て行った扉とは別の、隣の部屋へと続く方の扉を見て声を掛ける。
俺の声と共にその扉から鈴鹿と一緒に出て言った筈のトリニティが現れた。
否、正確には先程まで居たトリニティは愛の姿をしたトリニティであり、今目の前に居るのは正真正銘の本物の一之瀬愛だ。
但しその姿は今までの愛よりも若干幼い感じを与えている。
何故なら今愛が入っているそのボディーはVer 2.5でトリニティが使用しているVer 3.2よりも古いタイプのボディーだからだ。
「いいのよ。私は死んだことにした方があの子たちの為だからね」
まぁ愛の言わんとすることは分かる。
このまま愛が生きていたと言えば鈴鹿達は喜ぶだろうが、そのまま愛に依存しないとは限らないからな。
愛は鈴鹿達が独り立ちをする為に敢えて死んだことにして身を引いたとのだろう。
「鈴鹿が愛の後を継ぐって言ったのは嬉しかったんじゃないのか?」
「嬉しい事は嬉しいけど・・・やっぱり私が鈴鹿くんに与えた影響は大きかったみたいね。
死んだままにしておいて良かったわ」
「ま、鈴鹿もひと夏の経験じゃないが、今回の件で大きく成長した。その経験をもとに鈴鹿がどのみちを行こうが俺はそれを応援するだけだよ」
「俺としては鈴鹿が電脳警察に来てもらえるのは嬉しいがな。
トリニティもこの世界になれたらおそらく電脳警察に来るだろうから俺からしたら万々歳だな」
トリニティは愛の弟子と言う誇りがあるからな。この世界の愛の軌跡を知れば自ずと同じ道を歩むだろう、
俺達としては陰ながらそっと支えてやるつもりではいる。
となれば、鈴鹿とトリニティはここでもまた一緒に行動する訳で・・・うーむ、今後の唯姫ちゃんの進路次第だが、1歩出遅れているなぁ。
鈴鹿がどちらを選ぶかは分からないが、俺としては唯姫ちゃんを選んでほしいところだ。
「ところで、旧Verのボディーだが不具合は生じてないか?」
「ちょっと反応が遅いけど問題は無いわ。まぁこの体もこちらに居る一時的なものでしかないから大丈夫よ」
本当であれば愛はAlive In World Online――神秘界で死んでいた筈だ。
愛固有の能力である『電脳仕掛けの神』の進化系・『電霊子支配の王神』を使用したことで残っていた愛の寿命が無くなり魂を保つことが出来ず死んだ。
――が、死から蘇らせたのが榊原源次郎が残した不老不死の法だった。
何故、榊原源次郎は発見した不老不死の法をわざわざ8つに分けて秘宝の欠片にして俺達ユニーク職の中に隠したのか。
八天創造神――Arcadia社幹部が不老不死を狙っているのを知っていたから狙われないようにするため、と言えば聞こえはいいが、だったら隠さずに完全にそのデータを消去すればいいだけなのに。
その答えがこれだと俺達は思ったのだ。
愛に何かあった時にその不老不死の法を与える為だと。
勿論、榊原源次郎は愛が寿命を減らすような『電脳仕掛けの神』を使えるとは予想しなかっただろう。
だが、結果としては榊原源次郎が残した不老不死の法は愛を救った。
奪われた7つの秘宝の欠片と、謎のジジイことGGの中にある秘宝の欠片を合わせて不老不死の法を手に入れ俺達は愛を蘇らせた。
愛の復活を願ったのは俺達だけじゃない。愛の妹であるAliceも復活を願ったのだ。
これからの神秘界の管理の協力と、現実世界を繋ぐ懸け橋になってもらう為に。
そう、愛は元がAIプログラムであるが為にAlive In World Onlineと現実世界の時間差の流れに関係なく行き来できるのだ。
その為、愛にはこちらと向こうの連絡役と調整をお願いする為に愛を蘇らせたと言う訳だ。
尤も、『電脳仕掛けの神』及び『電霊子支配の王神』は奇跡の能力だったらしく、蘇った愛にはその能力は失われていた。
「まぁ、連絡役と言っても愛は殆んど向こうで過ごすことになるんだろ?」
「そうね。私は死んでいる事になるから私も向こうの住人になるわね。GGと同じく」
Alive In World Onlineの中で生きていることが判明したGGだが、愛やトリニティのようにこちらでヒューマノイドボディを与えれば戻って来ることが出来たのだ。
だが、彼は自分は完全に向こうの住人だと言って断ったのだ。
考えてみればGGは100年と言う永い年月を向こう側で生き抜いてきた。GGに取って最早こちらは思い出の中の世界でしかないのだろう。
GGはデュオを支え、影から移住計画を推し進めて行く事になるだろう。榊原源次郎に依頼され暗躍してきたように。
「Arcadia社はICEに吸収合併されたのは聞いたけど、肝心要の幹部たちの7人――この場合は残りの6人ね。その彼女たちの行方はどうなったの?
神秘界で死んだはずだからこっちにあるのは完全にからの肉体だけど、彼女らの行った行為を考えると死んでましたから放っておきましょうっていかないでしょ」
「まぁあな、そこは俺達の仕事だな。何もただAIWOnだけを攻略してた訳じゃない。ちゃんとこっちのあいつらの行方も追っていたよ。
まぁ、見つけたからと言って大手を振るって裁く事は出来ないがな」
Arcadia社の幹部は7人だが、木原時枝は日輪陽菜たちを裏切り俺達側――正確にはデュオ達側――に付いたから6人の行方となる。
幹部たちはAlive In World Onlineが最終軌道に乗ると管理を社員たちに任せ行方をくらました。
つまり現実世界の体を捨て、Alive In World Online――神秘界を拠点としたのだ。
向こうで不老不死となり神秘界の支配者となってこちらへは戻って来ないつもりだったのだろう。
まぁ、中には不老不死となってこちらへ戻って来るつもりの奴も居ただろうが、それは叶わぬ願いとなっている。
だからと言ってこっちに残っている体をそのままと言う訳にはいかない。
紫たち電脳警察の必死に捜査によりようやく6人の行方を掴んだ訳だ。
発見当時の幹部たちは、それぞれが巧妙に隠された別荘やら別宅で特殊VRギアを用いたダイブを行なっており、魂の抜けた体が残されていた。
まぁAliceの話じゃ最近神秘界で死んだ者は蘇らせることが出来るからやろうと思えばArcadia社の幹部も蘇らせることは出来た。
実際最近神秘界で死んだ者は無事に魂を救い出し現実世界に戻せている。
だが生きて罪を償わせようとするとかえって話がこじれるので蘇らせるようなことはしなかった。
最終的には幹部たちはAlive In World Onlineから意識不明者を出しつつも運営を続けた責任を問い裁かれる事になるが、プレイヤーと同じように原因不明の昏睡状態となりそのまま死亡したと世間に公表する予定となっている。
真相を知るのは電脳警察とICEの一部と政府のお偉いさん方のみだ。
まぁ、Angel Inプレイヤーや一部の鋭いネット住人は気が付いているだろうが、騒いだところで噂止まりになるように世間操作されることになる。
「とまぁ、一応、世間様には幹部たちは罪を背負うように知らしめることが出来る訳だ。
実際、昏睡状態の放置以外にも何人かの幹部は現実世界でも魂魄理論の為の人体実験などが行われているからまず間違いなく犯罪者のレッテルを張られることになるよ」
「それって、木原時枝もって事?」
「そうだ。これは彼女の望みでもある」
木原時枝は幹部たちを裏切って俺達側に付いたわけだが、これまで行っていた行為が許されるわけじゃない。
だから木原時枝は現実世界では犯罪者として罪を背負う事にし、その罪を神秘界で償うと言う事にしたのだ。
彼女は二度と現実世界に戻って来ることはせずに神秘界でデュオの移住計画を手伝いそのまま向こうで生を全うする事になる。
ある意味神秘界への追放は罰と同時に救済でもある。
「そっか、木原時枝が納得しているんだったら私からは何も言うことは無いわ。
後は・・・神秘界からの帰還者ね」
「こればっかりは完全に予想外だよなぁ」
「それとなく監視を付けて経過観察、だな」
紫がお手上げとばかりに両手を上げるが、その気持ちはよく分かる。
魂魄理論の証明と言うか、魂に与える影響が現実世界にまで及ぶとはだれが予想できようか。
神秘界に行った事のあるプレイヤーはその鍛え上げた身体が現実世界にまで影響を及ぼしていたのだ。
つまり超人的なまでに鍛え上げた身体が現実世界での僅かながら影響し、覚えた魔法がこちら側でも使う事が出来るようになってしまったのだ。
おそらく普通のプレイと違い、神秘界が魂を呼び寄せる事で成り立っていた世界が原因だろう。
そもそも神秘界自体が電霊子なる魂を持った電脳世界なのだ。影響が無い方がおかしいのかもしれない。
当然、俺や紫だけじゃなく、鈴鹿や唯姫ちゃんにも影響が出ている。
第二次経過報告じゃ一般の帰還者はまだ大きな影響は出ていないが、Angel Inプレイヤーのルーベットや狼御前はその兆候が見られるとの事だ。
そしてAngel Inプレイヤーの中でも最も影響が大きいユニーク職――つまり俺や紫ははっきりとした影響が見られた。確実な身体能力の向上に殺傷能力を持つ魔法の発現などだ。
息子の鈴鹿にも同じように七王神――闘鬼神の力を分け与えていたので影響が出ている。
そして唯姫ちゃんも祝福と言ったあり得ない能力を保持しての帰還となっているのだ。
はっきり言ってこれらの変化は今後の世界を揺るがすほどの大事件だ。
「はぁ、また冬至と舞子には借りが出来るな」
「仕方がないさ。これは電脳警察だけじゃ手に余る問題だからな。
四ツ葉財閥を通じて政府に働きかけるしかないだろう」
監視のための非公開の特別組織に、人体に及ぼす影響や発現した能力の経過観察を研究する機関の設立などだ。
無論、俺達ユニーク職は最重要監視の対象であり、研究対象となる。
鈴鹿達は未成年であることや俺達が身を捧げる事を理由に監視は兎も角、研究対象にはしないように冬至と舞子に働きかけてもらっている。
まぁ、本人たちが騒ぎを大きくしてしまえば隠しようが無くなるので能力の使用の禁止をしているのだが・・・出て行った時のあの様子を見れば遠からず研究対象になるかもしれないな。
「さて、と。あまりこちらに居ると向こうの時間がどんどん過ぎていくからもう行くね。
Aliceから遅いって文句も言われそうだし」
「ああ、向こうの世界をよろしく頼むな」
「移住計画が完遂すれば神秘界と現実世界の時間を同調させることが出来るから早いとこ終わらせるよう頼むぜ。
そうすれば愛も気軽に来れるようになるしな」
「ふふ、そうね。紫さんの言う通り早く終わらせればそれだけ交流が早まるわね」
「交流が出来るようになったら愛だけじゃなく神秘界人との交流もあったらいいな。
それで神秘界人と一緒にVRMMOをするのもまた面白いかもしれないな」
「おい、またそんな無茶な事を言いやがって・・・どんだけ電脳警察に負担を掛ければ気が済むんだよ」
俺が将来神秘界との交流が出来て一緒にVRMMOを遊ぶ姿を思い描いていると、紫が呆れたように言ってくる。
まぁ、異世界との交流が現実になったら世間は大騒ぎだし、それに対応した政治関連の問題も上がってくるだろうから紫が呆れるのも無理はない。
だがそうなったら面白そうじゃないか? 年甲斐も無く胸が高まる。
「大河さんは相変わらずね。
・・・じゃあ、もう行くね。ま、永遠の別れじゃないけど大河さん、紫さん、お元気で」
「ああ、愛も元気でな」
「頑張れよ」
そう言って愛は再び神秘界へと戻っていった。
残されたVer 2.5のボディーはそのまま力なく倒れる。
「行っちまったな・・・」
「ああ。
・・・さて、何時までも感傷に浸ってないで俺達もやることをやらないとな」
「だな。やることは沢山あるしな」
「まずは神秘界人用のVRMMOの開発から始めるか」
「・・・って、おい! それってマジでいってるのか!?」
紫が騒ぎ立てているが、大マジだ。
ついさっき思いつきで言ったのだが、向こうの世界の事や魂魄理論、こちらの世界に及ぼした影響などを考えると色々とアイデアが出てくるのだ。
ならばこれを実現しない手は無い。何せ俺はICEのVR部門の課長だからな。新しいVRMMOの開発も仕事の内の一つだ。
「さぁて、忙しくなるぞ!」
「おい、待て! これ以上ややこやしい事をするな! なんかいつもと立場が逆だぞ! 俺が暴れて大河が抑えに回る立場じゃなかったのかよ! おい、聞いているのか!?」
……To Be Continued?




