80.あれからとこれからと表
「よーし、今日はここまでだ」
終了の合図と共に俺達はようやく解放された事でようやく一息を付く。
今教室に居るのは俺と唯姫を含めた5人のみ。
5人の共通点はAlive In World Onlineで神秘界に行ったことにより、長期間学校を休学していた事だ。
つまり、俺達は休学していた為にその分の補習を受けさせられていると言う事だ。
放課後の1時間に加え、土曜日の午前をも使った補修だ。
放課後は兎も角、土曜日の補修は勘弁して欲しかったぜ。
「明日もこの時間に補修があるからな、遅れるなよ」
補修を受け持っていた先生はそう言って教室を出ていく。
俺と唯姫もこの後の用事の為に教室を出ようとするが、一緒に補習を受けた内の1人が声を掛けてくる。
「なぁ、良かったら一緒に帰らないか? 色々と話したい事があるからさ。
特に『八翼』のディープブルーとは一度話してみたかったんだ」
他の3人はクラスが別なのでよくはしらないが、神秘界まで行った事を考慮すればかなりのプレイヤーなのだろう。
それでもその中で唯姫は群を抜いて有名プレイヤーだったらしい。
「あの、ごめんなさい。あたし達この後用事があるから」
「あ、そ、そっか。うん、そうだよな。お邪魔しちゃ悪いもんな」
唯姫は俺の影に隠れるようにして声を掛けてきた男子生徒から少し距離を取りつつ断りを入れた。
その様子を見た男子生徒は俺と唯姫を交互に見ては少しがっかりした感じで教室を出ていく。
まぁ唯姫が距離を取ったのはAIWOnの時の男性恐怖症が完全に治ってないからだけどな。
傍から見れば俺に寄り添っているように見えるからその男子生徒は勘違いをしたんだろう。
まぁ、その解釈は間違っちゃいないがな。
残りの2人のうち1人はその男子生徒をからかいながら一緒に教室を後にする。
もう1人の女子生徒は特に俺達と話すことなくいつの間にか居なくなっていた。
「俺達も早く行こうぜ」
「うん」
教室を出ると廊下には見覚えのある男子生徒が俺達を待っていた。
俺達と言うよりも、唯姫を、と言った方が正確だが。
「唯姫、待っていたよ。今日こそ俺の気持ちに応えてくれると思っているよ。」
相変わらずのキザ野郎の偽の宝石野郎・志波光輝だ。
志波はAIWOnで、神秘界で俺が間違いなく殺した。
なら何故、志波が現実世界でこうして生きているのか。
その理由は女神アリスによる粋な計らいがあったのだ。
神秘界で死ねば、その魂は神秘界に取り込まれ電霊子を構成するエネルギーとなってしまう。
元々電子構成されていた神秘界が霊子を帯びたのが魂のエネルギーを取り込んだことによるものだからだ。
当然、志波も神秘界で死んだためそのエネルギーとなる予定だったが、死んで直ぐに取り込まれるわけじゃなく、暫くは魂を保有したまま徐々に神秘界に溶けるようにしてエネルギーとなっていくはずだった。
だが志波が死んで間もなく俺達が全ての神秘界の騎士を攻略し、緊急脱出口を解放したことにより天と地を支える世界へ戻ることが出来た。
そして天と地を支える世界からログアウトが出来た訳だ。
その緊急脱出口を通じて、女神アリスが死んで間もない原型を止めている志波の魂を現実世界へと戻してくれたのだ。
勿論、志波だけじゃない。他の大勢の魂達を女神アリスは現実世界に戻してくれた。
そのお蔭で少なくない意識不明者が目を覚ます事となったのだ。
志波も当初は死んだと思い混乱をしていたらしいが、直ぐに現実のものと受け止めこれまでと変わらない生活をしている。
いや、1つだけ変わった事と言えば、神秘界の出来事を今でも引きずっている所為か、ウザいくらいにことあるごとに唯姫に想いを伝え来るのだ。
因みに志波が補習を受けていないのは休んでいた期間(神秘界に居た期間)がそれ程長くなかったからだ。
「あの、ごめんなさい。何度も言うけど、あたし鈴くんの事が好きだから志波くんの気持ちには答えられない」
「・・・くっ、こんな虫の何処がいいんだか。いや、あの時守れなかった俺が言うべきことじゃないか。
だが、俺は諦めない。何度でも唯姫に気持ちを伝えるよ。今日の所は諦めるけどね。
おい、虫! 少しでも不甲斐無い真似でもしてみろ。直ぐに唯姫を奪い返してやるからな! 精々唯姫に呆れられないように努力するんだな!」
そう言いながら志波は俺達の前を立ち去る。
と言うか、俺の返しを聞かないで言いたい事だけをいって居なくなったな。あいつ。
やっぱり神秘界の事を引きずっているなぁ。俺に負けた事で認めている部分が多少残っているようにも見える。
「唯姫、いいのか。そんなにはっきり言っちまって」
「うん、志波くんじゃないけど、あたしも言いたいことを言えずにいるのはもうやめたの。
だって言えないまま死んじゃったら嫌だもんね」
まぁ、唯姫にとってあの時の心的外傷になった出来事を考えれば言えないまま後悔したくないのだろう。
「言っておくが、俺の気持ちははっきりしているからな。でなければ命懸けで助けになんか行かないぞ」
「うん。だからあたしも鈴くんの気持ちにしっかり応えるの。
でも・・・その気持ちってあたしだけなのかなぁ? なんて思ったりして」
「な、何の事だかな・・・?」
恍けて見せるも、唯姫にはお見通しのようでちょっと拗ねた様な、からかう様な顔をして見せる。
「そ、そんな事より早く行こうぜ。あんまり待たせちゃ悪いだろ」
「え~、それってやっぱりそうなのかなぁ~?
う、藪蛇だったか。
俺達がこの後の用事と言うのが、唯姫の懸念する原因が居る場所でもあるからだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺達が向かった先は親父の会社だ。
Intelligence・Create・Electronics=通称ICE、四ツ葉グループの中でも新進気鋭中の会社だ。
もともとAI産業を主体とした作業用AIやプログラム制御AIを研究・販売していたのだが、近年人間とほぼ変わらないヒューマノイド――つまりアンドロイドを作成したことで一気に世間の注目を集めていた。
今更説明する必要もないが、今までのロボット然としたアンドロイドと違い、ヒューマノイドは人間と変わらない頭脳――AIを持ち、人間と同じように肉質を持ち血を通わせ食事や排せつもするという画期的なものだ。
親父はVR部門の課長だが、今回はヒューマノイドを取り扱うHN部門に用があった。
あったと言うより、用があった人物を迎えに行ったと言う方が正しいか。
俺と唯姫はICEの受付で用件を伝え、親父達が待っている一室へと通される。
部屋の中に居たのは親父と紫さん、そして――検査を終えた愛さんが居た。
但し、今目の前にいる愛さんは愛さんであって愛さんでない。
何を言っているのかと思うかもしれないが、この愛さんは中身がまるっきり別人なのだ。
「あ、鈴鹿、唯姫、来てくれたんだ。ガッコウ?とホシュウ?と言うのは終わったの?」
「ああ、今日の分の補習は終わったよ。はぁ~暫くこれが続くと思うと気が滅入るな」
「休んでいた分が補習で済んだんだから良しと思わないと。それとも留年でもした方が良かったか?」
まぁ、親父の言う通り補習で済むんだからそこはありがたく思ってはいる。
おそらくだが親父や紫さんが学校に働きかけAIWOnプレイヤーに対する補償をするようにしてくれたのだろう。
後で親父に聞いた話だが、決して少なくないとは言え全国で意識不明者が居た訳で、帰還者に対して政治的な動きもあったと言う事だ。
その政治的な働きの中には学生に対する事項もあったのだろうな。
「ふーん、よく分からないけど、鈴鹿が頭が悪いと言う事だけは分かったわ」
「ほー、言ってくれるじゃねぇか、トリニティさんよ。
俺の天と地を支える世界での活躍を覚えてないとでも?
頭が良くなければとてもじゃないが生き延びれないと思うが?」
「あれ~? それは愛さんのお蔭でしょ? ぷーくすくす、鈴鹿ったら愛さんの手柄を自分の手柄にしちゃってるよ」
「くっ、愛さんの姿でその笑い方やめろよ。愛さんのイメージが壊れる」
「ふっふーん、残念でした。もうこの体はあたしの物でーす。愛さんの許可もちゃんとありますのであたしがどう使おうとあたしの勝手だよ」
「おうおう、だからってこれまでの何でも好き勝手やられちゃ困るんだよ。愛さんの立場ってものがあるんだからよ」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。鈴くん、トリニティはまだこっちの世界に馴染んでないんだから優しくしないと。トリニティもいきなり鈴くんに喧嘩を売らないの」
唯姫に諌められ俺達は不本意ながらも言い争いを止める。
まぁ、本気で言い争ってた訳じゃなく、半ばじゃれ合いみたいなものだが。
つまり目の前にいる愛さんは中身がトリニティなのだ。
愛さんが『電霊子支配の王神』を使用した時に言っていた通り、現実世界に残されたアイさんのボディをトリニティが使えるように調節してくれていたのだ。
なので、トリニティは愛さんの体を通じて俺達の世界に来ることが出来ていた。
愛さんの体は元々ヒューマノイドボディなのでそう言った調整を施せば他のAIや魂を受け入れることが出来るのだ。
とは言っても、言うほど簡単な事じゃないのはお分かり頂けるだろう。
愛さんのAI(この場合は魂と言った方がいいのか?)に特化して調整されていたボディだ。それを他人用に調整するのは至難を極める作業なはず。
尤も愛さんは『電霊子支配の王神』で神秘界を救うついでにちょこちょこっと調整したみたいだが。
今日トリニティがICEに居るのもその後遺症みたいなのが無いかの検査の為でもあった。
「それで? トリニティには変調は見られないのか?」
「ああ、検査の結果は至って良好だそうだ。後は定期的に検査をして様子を見るしかないな」
親父がHN部門に依頼してトリニティの――愛さんのボディとの同調率などの検査を行ったわけだが、結果は問題ないと言う事らしい。
ま、愛さんが最後の命を振り絞ってトリニティに体を譲り渡したんだ。そう簡単に不具合が生じてたまるか。
「ま、その前にこっちの世界の常識やら価値観やらを学ばないとな。さっきの鈴鹿の言葉じゃないが、今のトリニティは愛の立場を受け継ぐ形になる。
記憶喪失とかでまるっきりの別人を演じてもいいが、全く知らないよりは知っておいた方がいいだろう」
紫さんの言う通り、トリニティは愛さんの体を受け継いだ。つまり愛さんの社会的立場、功績、交友関係を受け継いだことになるのだ。
下手な行動は愛さんのこれまで築いたものを壊すことになってしまうのだ。
尤も、完全に愛さんに成り代わることは不可能なので、紫さんの言う通り記憶喪失とかで新しい立場を手に入れる方法もあると言う事だ。
どちらかと言うと、そっちの方がトリニティにとっては無難な形になるだろう。
愛さんも自分の立場まで受け継ぐように言ったわけじゃないだろうし。
もしそうだとしたら、愛さんはトリニティに目茶苦茶苦難を与えたことになるな。恐ろしや。
「まぁ天と地を支える世界・・・この場合はAIWOnって言った方がいいのかな? もうあっちには戻れないからこっちで生活する為には色々と学ばないといけないのはしょうがないし」
そう、トリニティの言う通り、現在AIWOnと現実世界との繋がりは断たれている。
正確には時間の流れがこちらと向こうでは大きな差が生じている為、交流がほぼ不可能な状態なのだ。
現在こちらの1日が向こうでは3年経過するようになっている。
あまりにも互いの世界の時間差が大きいため行き来する調整が人の手では不可能と判断され、俺達が現実世界に戻ってきた後の数度の交流を最後に交流を断ったのだ。
何故そうなったのかと言えば、デュオ達が計画していた神秘界移住計画の為だ。
現実世界で運営しているAlive In World Onlineを終了すれば、天と地を支える世界は消滅してしまう。
その為神秘界に避難しようとしているのだが、当然一筋縄じゃいかない。
なのでデュオ達は神秘界移住を100年計画として見ていた。
だが、現実世界で100年も待ってられる訳も無く、MMO-RPGの寿命は長くて10年持てばいい方なので、100年を待たずして天と地を支える世界が消滅する可能性が大きいのだ。
そこで元々AIWOnと現実世界では1.5倍ほど時間の流れに差があったのを最大現にし、向こうの世界の時間を一気に進めることにしたのだ。
短ければ1ヶ月、長くて2か月もあれば神秘界に移住は完了しているだろうと。
そして2か月もすれば、AIWOnでは180年も経過している訳で、トリニティの帰る場所はもう既に無いと言う事になる。
そうした事を踏まえ、トリニティは俺達の世界で生きて行く事を決めたのだ。
まぁ本人曰く、愛さんの遺言(俺の事をよろしく頼むとの事)があるからとも言っていたが、二度と故郷に戻れず離れて住むともなれば余程の覚悟が要る事だったろう。
そうそう、Alive In World Onlineの運営は今はICEのVR部門が管理している。
元々の運営のArcadia社は幹部(八天創造神)がこちらでは行方不明状態なので、もう数か月もすれば管理が出来ずに運営を終了してしまう事から親父達がArcadia社を乗っ取りAIWOnの管理を引き継いだのだ。
Arcadia社の乗っ取りと同時にAIWOnの運営終了を告知してプレイヤーを天と地を支える世界から撤退させ、デュオ達が移住計画を推進しやすい環境を整えた。
後は1ヶ月から2か月待てばAlive In World Onlineは正式に終了することになる。
「こうしている間にも向こうの時間はどんどん流れ、お姉ちゃん達は移住を頑張っているんだよね・・・」
「なんだ? もうホームシックか?」
「違うわよ。・・・ううん、そうね。やっぱりちょっと寂しいかな? あたしの知っている世界があっという間に無くなっちゃうのはね・・・」
「トリニティ・・・」
なんだかんだ言っても向こうでは成人とみられる年齢でも、トリニティは俺達と変わらない年齢なのだ。
寂しくないわけがない。
「さ、辛気臭い話はやめにして昨日の続きのこの世界の案内をして頂戴」
そう言ってトリニティは左右に俺と唯姫の腕を組んで部屋から出ようとする。
「大河さん、それじゃあまた1週間後検査に来ますね」
「ああ、何か体に変化があったらすぐ来るんだぞ。
それと、トリニティ・・・と唯姫ちゃんもだな。鈴鹿をよろしく頼むな」
親父はニヤニヤしながら俺を見てきた。
「勿論。あたしは鈴鹿のパートナーだからね。鈴鹿はあたしが居ないと駄目なんだから」
「はい。寧ろあたしが鈴くによろしくお願いする方ですよ。と言うか、トリニティ。そのパートナーってどういう意味かな? ん?」
そう言って唯姫は手首に小さな魔法陣を展開して手に炎を灯す。
その魔法陣はAIWOnでよく見た唯姫が身に着けていた自動義肢の祝福の魔法陣だった。
そう、唯姫は自動義肢の内蔵していた祝福の刻印の12個の祝福を現実世界で使えるのだ。
そして俺も僅かだが、魔法や鬼獣化を使う事が出来ていた。
俺だけじゃない。親父や紫さんも何かしらの影響が出ていた。
影響が出ていたのは神秘界を生きぬいた者だけだ。通常のAIWOnプレイヤーには影響は出ていない。
おそらくだが、神秘界では魂をむき出しの状態で居た為、現実世界に戻る時に身体のデーターを取り込んでしまったのだろう。
「そりゃあ、パートナーはパートナーよ。ふっふーん、唯姫には幼馴染と言うアドバンテージがあるけど、あたしには愛さんの体と言う唯姫に匹敵する鈴鹿の好意にこれまで旅をしてきたとぉっても濃い親密度があるからね。
言っておくけど負けないから」
「いい度胸じゃないの。鈴くんは絶対に渡さないから!」
おおーい、唯姫さんや、祝福の力を持って暴れちゃ周りが迷惑するから!
俺の心配を余所に、2人は騒ぎながらも部屋を出ていく。
2人に好意を持たれるのは嬉しいが、どちらを選べと言われれば俺はどっちを選ぶんだろう?
唯姫が好きなのは前よりはっきりしているが、トリニティの言うように一緒に旅をしてきた事でトリニティにも好意を抱いているし、愛さんの体を使っていると言う点も惹かれているんだよなぁ。
っと、贅沢な悩みの前にまずは2人を止めないとな。
俺は2人を追いかけて部屋を出ようとして一度足を止め親父達の方を振り返る。
「あ、そうだ親父。俺、将来電脳警察に入ることにしたから」
「ほぅ? それは愛の後を継ぐと言う事か?」
「ああ、愛さんがしてきたことを俺が継ぐ。愛さんがどれだけ凄かったのか俺が証明してやる。愛さんが現実に生きていたと言う証を残すんだ」
「俺としてはICEに入って欲しいところだったんだが・・・まぁあれだけの経験をしたんだ。普通の就職はしないだろうと思ってたさ。
鈴鹿の好きにしなさい。どんな仕事を選んでも俺は鈴鹿を応援するよ」
俺の決意を聞いた親父は少しさびしそうな、それでいて頼もしそうな顔をしていた。
「そうかそうか。鈴鹿は電脳警察を目指すか。愛の後を追うんだったら生半可な事じゃ追いつけないぞ。覚悟しておくんだな」
そして電脳警察の紫さんは嬉しそうにしていた。
「まぁ、愛の後を追う前に今は2人を追った方がいいな」
親父に言われて部屋の外に耳を傾ければ、廊下の奥から何やら激しい物音が聞こえる。
げっ、あいつらマジでやりあっちゃってるわけ!?
俺は慌てて部屋を出て2人を止めにダッシュする。
愛さん見ててくれよ。俺、頑張るから。
……The End




