79.奇跡と軌跡と全ての決着
光の粒子の残滓が空に舞い上がる。
まるでアイさんの魂が天に上るかのように。
「ぐすっ・・・鈴鹿、アイさんの事が好きだったんだね」
トリニティの言葉に俺は思わず顔を上げる。
「いや、何を言っているんだよ。俺は・・・唯姫が好きなんだぜ。そりゃあアイさんの事は嫌いじゃないが、そう言った感情はねぇよ」
「ううん。鈴鹿はユキも好きだけど、アイさんも好きだったんだよ。まぁ、ユキとは好きのベクトルが違うけど」
そう・・・なのか?
よくよく考えればアイさんと出会ってから実質半年もたってないんだよな。
だがその半年はとても濃い半年だ。
唯姫を助けるためにAIWOnにアイさんと共にダイブし、天と地を支える世界を冒険した。
そんな旅の中でアイさんはとても頼りになったし、どんなピンチもアイさんと共になら乗り越えられるような気もした。
そして時には厳しく、時には優しく俺に接してくれた。
・・・そう、か。俺は気が付かないうちにアイさんの事も好きになっていたんだな。
この喪失感はただ仲間が居なくなっただけじゃないんだ。
居なくなってから気が付くなんて・・・
「・・・鈴鹿。あたしも鈴鹿の事好きだよ」
「はぁっ!? おま、こんな時に何を言っているんだよ!?」
「こんな時、だからだよ。ユキやアイさんに敵わないかもしれないけど、あたしも鈴鹿が好き。
最初の出会いは最悪だったけど、ずっと一緒に旅をしてきて鈴鹿に魅かれていくのに気が付いたの。
だから後悔しないように今言っておきたかったの」
「・・・・・・・・・それって死亡フラグだぞ」
「かもね。でもそんな運命は捻じ伏せてやるわ。だってあたしはトリニティ。アイさんの弟子で鈴鹿の相棒よ」
トリニティはこれまでにない笑顔を見せて蛇腹剣を構える。
「ははっ・・・言っておくがお前の気持ちに応えられるか分かんないぜ? 俺の心の中には唯姫と・・・アイさんが占めているからな」
「ふふん、直ぐにひっくり返してあげるわよ」
・・・本当に、こいつも変わったな。
言う通り出会いは最悪だったが、なんだかんだ言いつつもトリニティはずっと俺達に付いて来てくれていた。
最初は強引に旅に付いてこさせたが、途中からは仲間として自ら俺達の傍に居てくれた。そして今では欠かせない仲間として相棒として俺の隣に立ってくれている。
今気が付いたが、トリニティに対してもそう言った感情がまるっきりないわけでもない。
まぁ、言うと調子に乗りそうだし、恥ずかしいから言うつもりはないけどな。
取り敢えず惚れた腫れたは事が片付いてからじっくり考えようか。
トリニティに言ったセリフじゃないが、死亡フラグになりかねん。
俺はトリニティの前に立ち、ユニコハルコンを構え日輪陽菜を見据える。
向こうさんは律儀にも俺達を待っていてくれていた。
「随分とまぁ青臭い事をしていますのね。見ている分には面白かったですわ」
「余裕こいているのも今の内だぜ。てめぇの不老不死はアイさんが破った」
「何を馬鹿な事を。電霊子に干渉するなんて不可能ですわ。現に一之瀬愛は己の力を制御できずに消滅してしまったじゃありませんか」
余程の自信があるのか、日輪陽菜はアイさんが消えたのは『電霊子支配の王神』が失敗した反動だと思っているみたいだ。
いいぜ。その自信を今打ち砕いてやる。
「トリニティ!」
「うん!」
トリニティは俺の意図を組んで蛇腹剣・無限刃モードで日輪陽菜の腕を斬り落とす。
あわよくばそのまま首を狙いたいところだったが、流石に用心したのか日輪陽菜が蛇腹剣の前に腕を差し出し防いでいた。
日輪陽菜が未だ不老不死であれば切り落とした腕は直ぐに再生されるはずだが、腕からは血が流れ斬り落とされた腕も地面へと転がったままだ。
「――っ!???」
ここに来て異常が起きた事に気が付いた日輪陽菜が慌てて自分の腕を拾い必死になって繋げようとしていた。
「そ、そんな馬鹿な事がありますか! 何故再生が始まりませんの!?
ヒ・ヒール! ヒール! ヒール! エクストラヒール!!」
治癒魔法で腕を繋げた日輪陽菜は信じられない表情をしながら必死になって自分の体をまさぐる。
その表情は最早先程までの余裕が消え失せていた。
「あり得ません! 私の不老不死が! 長年の夢が! さっきまで手が届いていたのに!」
「陽菜様、落ち着いて。まだそうと決まった訳じゃない。仮にそうだとしてもまた不老不死の法を見つければいいだけだ」
「そ、そうですね。これは一時的なものかもしれないし、私にはまだ完璧に解明した魂魄理論があります。寧ろ厄介な一之瀬愛が居なくなったので後でゆっくり研究も出来るのです」
取り乱している日輪陽菜にJudgementが寄り添い、落ち着かせようと言葉を掛ける。
その言葉をきいて日輪陽菜は大分落ち着きを取り戻したが、そうはさせない。動揺している今がチャンスだ。このまま畳み掛ける。
「おっと、そんな余裕はあるのか? 消えて無くなったのは不老不死だけじゃないみたいだぜ?」
何を言われたのか分からない日輪陽菜が怯えるように周囲を見渡す。
そしてその変化を目にする。
「あ、あれ・・・? あたし何をして・・・」
「はぁ・・・そう言う事ね。どうやらわたし達日輪陽菜の術中に嵌まっていたみたいね」
日輪陽菜の能力【繋ぎ】で別の記憶を植え付けられていた唯姫と親父の記憶が元に戻ったのだ。
そしてそれは当然アルベルトにも当てはまる。
「オ・オラ、何をして・・・ああ! ルーナ様! ルーナ様!」
「アルベルトさん・・・? ここは・・・?」
アルベルトに揺り動かされてルーナも目を覚ます。
アイさんが、日輪陽菜の不老不死を解くのと一緒に【繋ぎ】の能力を解除してくれた。
ルーナが目を覚ましたのもおそらくアイさんが何かしらの干渉をしてくれたからだろう。
これで俺達を縛る枷は無くなった。後は決着を着けるだけだ。
「私の【繋ぎ】も解除された・・・? あり得ません。なんですかそのチートは!
くっ、【繋げ】【繋げ】【繋げ】【繋げ】【繋げ】【繋げ】【繋げ】!!!」
必死になって再び【繋ぎ】を使おうとしているが、どうやら【繋ぎ】の能力そのものが失っているみたいだ。
「さぁて、覚悟してもらおうか。てめぇがしてきたこれまでの事の報いを受けさせてやる」
俺がユニコハルコンを構えるとトリニティも俺の隣で蛇腹剣を構える。
親父も俺と日輪陽菜の状況を把握して左右の刀を抜いて臨戦態勢を取り、唯姫も完全に理解が追いついていないようだが場の雰囲気を察し親父の後ろで杖を構え『八翼』を展開する。
アルベルトもルーナを背後に庇いながらハルベルトを構える。
「ひ、ひぃぃぃ・・・! Ju、Judgement! 私を守りなさい! 貴方の役目を全うするのです! こういう時の為に貴方が居るのです!」
最初の頃の威厳は何処に行ったのやら、日輪陽菜は怯える小鹿のように震えながらJudgementに縋りつき俺達を排除するように命じる。
Judgementは命令を承ったと、直ぐに俺達の排除へと動いた。
「了解、陽菜様」
Judgementの『審判』は日輪陽菜に対する敵意・悪意に対して分身を遣わし捌きを下す能力だ。
そしてその分身の数に制限は、無かった。
俺達の目の前、親父達の目の前、俺達を取り囲むように周囲に、何人ものJudgementが現れたのだ。
その数ざっと26人。
おそらくその気になればもっと増やすことが出来るだろう。
「分身たちよ、やれ!
陽菜様、今の内にこの場から離れよう。今は一刻も早くこの場を離れ、体勢を整えるべきだ。状況さえ落ち着けば陽菜様に敵う者などいやしない」
「え、ええ、そうですね」
Judgement本体は日輪陽菜を連れてこの場を去ろうとする。
ヤバい。今、日輪陽菜に逃げられるのはマズイ。
今はアイさんの『電霊子支配の王神』が効いているが、それがどのくらい効果があるか不明だ。
一時だけか、それとも永遠に効果があるのか。
また或いは、日輪陽菜やJudgementが言うように今のとは別の方法で『電霊子支配の王神』の及ばない不老不死や【繋ぎ】が使えるようになるのかもしれない。
「みんな! 日輪陽菜を絶対に逃がすなっ!!」
「無駄だ。俺の『審判』は敵意・悪意が大きければ大きいほどその強さを増す。
流石に分身は本体の俺には劣るが、それでもお前らを足止めするだけの強さは持ち合わせている。
お前らこそ『審判』の裁きを舐めるなよ」
くっ、確かに分身は本体より劣るのだろうが、今相手している分身たちはサンフレア神殿で戦った時よりも強くなっている。
俺は鬼獣化状態なのでそれ程苦戦はしていないが、数が多い・・・?
いや、倒しているその傍から新たな分身が現れているのだ。
そして俺以外のトリニティ達が苦戦を強いられていた。
辛うじて親父だけが何とか対抗できているが、トリニティ、アルベルト、唯姫は押されていた。
特に唯姫は能力的には問題は無いと思われるが、今の状況が分かっていない精神状態だと実力が完全には発揮されない。
このままだと日輪陽菜に逃げられる。
こうなれば多少の無茶をしてでもJudgementの群れを突破しようと覚悟を決めたその時――
――大丈夫だよ――
アイさんの声が聞こえた気がした。
日輪陽菜達がその場を離れようとした時、目の前に炎の塊が落ちてきて行く手を遮る。
炎の塊と思われたのは獰猛な笑みを浮かべた猿の獣人・猿人だ。
「よう! 面白い事をやってんな! 俺様も混ぜろや!!」
いつか乱入した時にも聞いた事のあるセリフを吐きながら俺達の前に現れたその猿人は炎聖国の国王・ゴーグロット=セイテン=フレイド――『炎神』の二つ名を持つゴーグロット王だった。
って、はぁぁっ!? 何でゴーグロット王が神秘界に居るんだよ!?
突如現れたゴーグロット王に日輪陽菜はビビるも、Judgementは直ぐに分身体を使わし退路を確保しようとする。
「お? こいつらが敵か? 見たところ強そうじゃねぇか。腕が鳴るねぇって、ああ―――!!!」
ゴーグロット王の祝福である炎纏装を纏いながら両腕の拳を打ち鳴らし襲い掛かる分身Judgementを迎え撃とうとした時、横合いからの一撃で分身Judgementは吹き飛ばされてしまう。
ゴーグロット王は獲物を横取りされた事に批難の声を上げる。
「アーノルド、てめぇ俺の獲物を横取りするんじゃねぇよ!」
「何を言う。獲物ならそこら中選り取り見取りじゃないか。それにこういうのは早い者勝ちと言うんじゃないのか?」
ゴーグロット王に襲い掛かろうとした分身Judgementを吹き飛ばしたのは、ゴーグロット王のライバルである獣王国国王アーノルド=アルニム=アーマレストだった。
牛の獣人・牛人であるアーノルド国王の別名は『牛魔王』。
「おい、アーノルド。あまり無茶はするなよ。おめぇさん、戦闘力が半減しているんだからな」
「ふははっ、何を言う。我が姫への愛の前にはそんな事は些細な事だ!」
「かーっ! いい加減目を覚ませよなぁ・・・」
分身Judgementを薙ぎ払いながらアーノルド国王と共に現れたのは26の使徒『勇敢な使徒・Valiant』の鼠人のマクレーンだった。別名『勇者』。
「って、これ一体何がどうなっているんだ!?」
「あたしも聞きたいわよ!? 何でマクレーンたちがここに居るのよ!?」
トリニティもあまりの状況に蛇腹剣を振るいながらも驚きを隠せないでいた。
3人とも天と地を支える世界に居るはずなのに、何故かここ神秘界で俺達の目の前でJudgementの分身と戦っている。
や、確かに今の状況で戦力が増えるのはありがたいんだが、何の脈絡も無く助っ人が現れるのは喜びよりも寧ろ戸惑いを覚えるぞ。
「何も不思議に思う事は無いですよ。これまで鈴鹿が旅をしてきて築いてきた繋がりでしょう」
「ハーティー!」
俺の背後からそう言って現れたのはマクレーンと同じく26の使徒『旋律の使徒・Rhythm』のハーティーだった。
正統な後継者ではないが、俺と同じく剣姫流を扱う吟遊詩人だ。
一時はパーティーを組んでアーノルド国王やゴーグロット王とも戦った仲間だ。
「いや、それは分かるが何で神秘界に居るんだよ」
「それはアイさんの声が聞こえたから、ですね」
「アイさんの?」
「ええ、鈴鹿を助けてくれって。おそらくですが、鈴鹿に縁のある者達が呼ばれたのではないでしょうか。
ほら、彼らのように」
そう言ってハーティーが示す先にはこれまた見覚えのある3人組が居た。
獣人王国の四天王。あ、今は1人欠けているんだったな。
「おお!? こいつら意外とやるなぁ。ならばこれでどうだ! 超魔闘人!」
狼人の武闘士。26の使徒『闘争の使徒・Bout』ヴォルフガング・ウルフェンが超サ○ヤ人モドキで分身Judgementとガチの殴り合いをしている。
「流石に上空への対策は万全ではないようだな。悪いがこのまま一方的に攻撃させてもらおう」
そしてヴォルフガングを援護するように鷲鷹人の翼で空を飛び、上空からの投槍を放ち分身Judgementを足止めしているのは26の使徒『投槍の使徒・Javelin』のリザルト・ホークアイ。
「ねぇ!? ボク、逃げるしか能が無いんだけど、今は必要なくない!? どう見ても相手のレベルが違いすぎるような気がするんだけど!」
悲鳴を上げながらもぴょんぴょんと跳ねながら逃げ回っているのはこの場には不釣り合いな兎人でバニーガールだ。だがその正体は26の使徒『逃走の使徒・Escape』のミント・ショコラティア。
ただ逃げ回っているだけのように見えるが、その分多くの分身Judgementを引き付けてくれていた。
「彼らもまたアイさんの呼び掛けに応えて鈴鹿の力になりに来たのです」
「鈴鹿! 凄いよ、これ! 今まで旅をしてきて仲良くなってくれた人たちがあたし達を助けに来てくれているよ!」
・・・ははっ、何だよ、アイさん。さっきの「これまで旅をしてきて出会った友が居る」ってこういう事かよ。
アイさんが俺達の力になるために最後の力を振り絞って彼らを天と地を支える世界から神秘界に呼んでくれたんだな。
唯姫を助けるために天と地を支える世界を駆け巡ったのは無駄じゃなかったんだ。
見れば深緑の森の原型獣人の蛇人・人馬・羽鳥人が住まうアーキティパ村の警備長・ターニャが人馬の機動力を生かしながら縦横無尽に戦場を駆け巡っていた。
「鈴鹿殿には子供達の命を救ってもらった恩がある。恩人の為に我が槍を奮おうではないか」
見れば第四衛星都市を拠点とする虎人のバダックがその剛腕を振るっている。『力の使徒・Power』らしく剛腕から放たれる拳は一撃で分身Judgementを吹き飛ばす。
「なんだなんだ? 鈴鹿がピンチだからって来てみれば手応えの無い連中ばかりだな。おいおい、まさか鈴鹿の奴日和ったんじゃねぇんだろうな」
バダックの奴、失礼な事言いやがって。
と言うか、よく見ればゴーグロット王・ヴォルフガング・バダックと言ったバトル馬鹿が3人も揃ってしまっているじゃねぇか。嬉し恐ろしいやら頼もしいやら。
見れば巨大な竜が居る。ドラゴンブレスで周囲の分身Judgementを薙ぎ払っている。
あれは『始まりの使徒・Start』、老竜のエルディディアル。師匠の親友だ。
彼もまた俺に力を貸しにアイさんに導かれ神秘界に来てくれたのだ。
「フハハハハ、親友の弟子の為に力を奮おうではないか!」
見れば巨大なエルフ少女――ロボット人形に乗ったS級冒険者人形遣い・メイデン=マリネットが居る。
確かあのロボット人形は機動人形RX78-2エルダムと言う名前だったな。
そしてお供に3体の護衛人形――騎士、武闘士、魔術師が暴れまくっていた。
『シャイニングレイ・レーザー、発射!なのじゃー!』
「マスターの剣にして盾、エルヴンナイト・ナーザ。参ります!」
「マスターの前に立ちふさがる者を破壊する者。エルヴングラップ・ガーナ。行くよ!」
「マスターの我儘爆発火力、エルヴンソーサレス・ヴィズ。早く終わらせて休みたい」
いや、この場に来てくれたのは嬉しいが、人形遣いと顔を合わせたのはほぼ戦場だけだったよな。と言うか俺達は敵対関係だったよな!?
見れば巨大な狼がその牙と爪で分身Judgementを薙ぎ払う。その狼の正体は神狼フェンリル。冬華樹の守護者にして26の使徒『牙狼の使徒・Fang』。
まさか神狼フェンリルまで来てくれるとは。
「本来なら我の力はルナムーン様の為にあるのだが、今回はルナムーン様からの願いでもある。
我は神狼フェンリル。恐れを知らぬ我こそはと言う者は掛かってくるがよい」
ああ、アイさんだけでなくルナムーンからの口添えもあったのか。ありがてぇ。
見ればドワーフの親子が居る。
自警団団長のグリューが槍を奮い、その娘のロゼッタが大金槌をぶん回す。
「ふっ、幾ら里の恩人とは言えまさか神秘界に来る羽目になるとはな!」
「親父、鈴鹿達はあたいの命の恩人でもあるんだよ。ここはその報いに応えるべきだろう!」
「娘よ、何も不満があるわけじゃない。寧ろ未知の世界に呼ばれて興奮しているんだよ!」
「違いねぇ! あたいも興奮しているよ!」
と言うかロゼッタ、お前、鍛冶屋じゃなかったのか? 普通にハンマーぶん回して戦いに参加しているが、意外と強いじゃねぇか。
見れば竜人が槍を奮い分身Judgementを屠る。
その竜人は流浪の修行者であり、竜の里の紅玉族族長の後継者・リュデオ=グランディオ。かつて万を超えるモンスターを相手に共に戦い抜いた戦友だ。
「ワシに何かあれば駆けつけると約束したが、まさか逆にワシが鈴鹿殿の元へ駆けつけることになるとはな! 世の中分からんものだな」
確かに言ってたな。リュデオに何かあったら助けに行くって。すまんな、戦友。だがそれでも来てくれたのはありがたいぜ。
見れば天使化した女性が光りの羽で分身Judgementを退け、小柄な少女が天使化した女性に次に向かう相手を支持する。
2人は母娘で、2人とも26の使徒だ。
天使化した女性は『天界の使徒・Heaven』・アーシャ。小柄な少女は『警告の使徒・Warning』・アーシェリア。
「お母さん、次はあいつだよ!」
「ええ! 少しでも鈴鹿さん達の力になれるように頑張りましょう!」
「うん! 鈴鹿達にはおっきな借りがあるからね!」
おいおい、折角母娘で幸せに暮らしていたのにこんな所に来ていいのかよ。と言うか、アーシェは戦闘系使徒じゃねぇだろ。無茶しやがって。
でもまぁ、この助っ人は素直に感謝するぜ。
見れば日曜都市の外で待機していた美刃さん、アッシュ、リュナウディア、アイリス、スノウもこの場に現れていた。
突然の戦闘の場への召喚にも拘らず、3人と1匹は直ぐに事情を察し分身Judgementの排除へと掛かる。
「ん、まさかのいきなりの最終決戦。しかもクライマックス。やるね、鈴鹿くん」
「おいおい、連絡が全然取れなくなったと思ったらいきなりこれかよ!」
「と言うか、半ば予想していたけどね! ただ事じゃない事態が起きているって!」
「いや、でも流石に最終決戦が行われているとは思わないぞ?」
「グルゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――!!」
突然現れたにもかかわらず瞬時に現状を把握し参戦する美刃さん。そして腐っても七王神だな。アッシュは直ぐに臨戦態勢を取り、アイリスは状況を予測していたのか嬉しそうに戦いに参加する。
逆にリュナウディアはまさかの最終決戦(対日輪陽菜戦)が行われているとは思わず少々戸惑ってはいたが。
スノウはスノウで本来の大きさに戻り、他の巨大生物同様に大暴れを開始する。
大勢の助っ人が現れたお蔭で分身Judgementを相手する必要が無くなったので、俺はトリニティを連れて本体と、全ての元凶である日輪陽菜の元へ向かう事にする。
「ハーティー! こいつ等の相手を頼む。俺はこいつ等の大元であるJudgementの本体と、元凶の日輪陽菜を倒しに向かう」
「ええ、こちらは私達に任せて鈴鹿の為すべきことを為してください」
「頼んだぜ。トリニティ、行くぞ!」
「うん! ハーティーもありがとう! 来てくれてすっごく嬉しかったよ!」
俺達は分身Judgementをハーティー達大勢の助っ人に任せ、日輪陽菜とJudgement本体へと向かう。と、その前に親父と唯姫の元へ向かう。
「フェンリル、唯姫を借りていくぞ」
「・・・っ! 分かったわ。気を付けてね。相手はラスボスよ。一筋縄じゃいかないと思いなさい」
親父は直ぐに察してくれて唯姫を俺達へ寄越す。
分身Judgementと戦闘になった時、傍にいたのが唯姫だったから2人で組んで相手していたが、どちらかと言うと親父は単独で動いた方が己の力を最大限に発揮できると思う。
無論唯姫が弱くて足手まといと言う訳ではないが、親父の強さは一種の別次元と言っても過言ではない。その為には1人で全力を出せる状況が必要だ。
それに今から俺達が向かう日輪陽菜とJudgement本体を相手するのに前衛系2人だけよりも後衛の唯姫を加えたパーティーの方がいいと判断したのもあるだろう。
「鈴くん、あたし達の相手が日輪陽菜、なのね」
「ああ、全ての元凶だ。俺達の手で終わらせに行く」
流石にラスボス相手に唯姫は緊張していた。
まぁ、唯姫にしてみれば気が付けばいきなり最終決戦だからな。心構えをする暇もなかったわけだから緊張するのは仕方がない。
だが唯姫には申し訳ないが、一気にケリをつける。この最大のチャンスを逃す訳にはいかないのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日輪陽菜たちは分身Judgementで俺達を囲いその隙をついて逃げるはずだったが、今は逆に俺達の仲間に囲まれる羽目になっていた。
周囲には神狼フェンリル、老竜、スノウ、機動人形RX78-2エルダムと言った巨大な障害物たちが囲んでいるからおいそれとは逃げれないのだ。
「さぁて、いよいよ追い詰められた訳だが・・・覚悟はいいか? これまでの報いを受けてもらうぜ。Judgementじゃないが、捌きの時間だ」
「ひっ・・・!」
日輪陽菜は俺達が目の前に現れると明らかに怯えた表情で後ずさりをしていた。
最初の頃の唯姫達を弄りおもちゃにして喜んでいた姿は何処に行ったとしか言いようがない醜態っぷりだ。
だがこんな醜態を晒してもまだ日輪陽菜は諦めていないらしい。
「わ、分かっているのですか、これはゲームではないのですよ!? 神秘界での死は現実世界での死なのですよ。
つまり私を殺せば貴方は人殺しになるのです! それを分かっていながら私を殺すというのですか!」
・・・今さら何を。そんな事はとっくに承知しているんだよ。
木曜創造神の木原から神秘界の成り立ちを聞いた時にその事は既に予想できていた。
現実世界でAIWOnプレイヤーが昏睡状態なのは魂魄理論で魂が神秘界に捉われているからだと。
当然神秘界で死んでしまえば魂は消滅し、現実世界では魂が戻らずに死が確定するのは必然だ。
俺はそれを承知の上で八天創造神の魂を奪う事を決めたのだ。
そして唯姫を現実世界に戻すために障害となる敵を殺すことに躊躇わない事も。
なので俺にとっては人殺しと批難されるのは今更なのだ。
「それをてめぇが言うか? 今まで人殺しをしてきたてめぇが言ったところで何の説得力もねぇよ」
「わ、私は神なのです。神が人の命を弄ぶのは当然ではないですか。貴方方凡俗な人間と一緒にしないで欲しいです!」
「てめぇは人間だよ。どんなに気取ろうが、どんなに足掻こうが、俺達と同じ人間だよ」
「違います! 私は選ばれたのですよ。人間の進化した神と言う新たな種として。
それなのに何ですかこれは・・・! こんな、こんなはずじゃなかったのに・・・あり得ません、あり得ません、あり得ません・・・私の夢が、望みが・・・!」
これ以上の問答は無意味だな。
俺はユニコハルコンを引っ提げ、日輪陽菜を討つ準備を開始する。
両隣に控えた唯姫とトリニティも最後の決着をつけるべく構えを取る。
だが、そうはさせまいと1人の男が俺達の前に立ち塞がる。
「陽菜様、落ち着いて。まだ挽回が可能だ。今はこの窮地を脱する事に集中してくれ。俺が何とか突破口を開くから」
Judgementの本体だ。
日輪陽菜には勿体ないくらいの忠誠っぷりだな。
だけど俺達の前に立ち塞がるのなら容赦はしない。
「唯姫! トリニティ! 少しの間時間を稼いでくれ! この一撃で決める!」
「分かったわ!」
「了解!」
唯姫『八翼』を展開し幾つかの祝福を発動しながら、トリニティは蛇腹剣を無限増殖モード・八岐大蛇で周囲を薙ぎ払いながら俺の最後の一撃を放つための時間稼ぎとしてJudgementに立ち向かう。
2人には俺が放つ最後の一撃がどんなものかを説明してあるので何の躊躇いも無く俺に命を預けてくれた。
このクライマックスの流れをぶった切るような理不尽な一撃を放つための。
放つのは剣姫一刀流の三つ目の奥義。
この奥義は師匠ですら成功したことの無い理論だけの実質不可能とされている奥義だ。
だが、今の状況・状態の俺なら可能だ。
何もクライマックスで気分が盛り上がっているからだとか、限界を乗り越えて不可能を可能にしたとかではない。
おそらくだがアイさんが力を貸してくれている。
『電霊子支配の王神』の効果が今の俺に奥義の発動を可能にしてくれいている。
俺は何時もの天衣無縫のように鞘の内側に8属性の魔法を掛け融合させていく。
デュオに再会した時に聞いた話だが、この複数の属性を1つにするのは融合魔法と言うらしく、デュオですら発動は不可能とだと言う。
師匠は若い時の冒険者としての旅である人物から教えてもらったと言っていたが、今となっては融合魔法の詳細は不明だ。
だが『電霊子支配の王神』の加護を受けた今の俺なら何となく分かる。
天衣無縫なら8属性の魔法を融合させた時点で発動が可能だが、この最後の奥義は更に8属性の魔法を重ね掛けし、更に融合させていく。
より多く属性魔法を融合させることで深度を深めていく。
複数の魔法の詠唱と融合魔法の制御を行なう。融合魔法の深度が深くなるたびに処理速度が追いつかず頭がオーバーヒートを起こすが無理やりユニコハルコンの治癒能力で捻じ伏せ更に深度を深めていく。
複数の属性魔法は火水風土雷氷光闇聖魔と言った自然を司るものであり、融合魔法とは属性魔法の真の力を引出し自然と一体となる魔法なのだ。
自然と一体になることにより、それは即ち世界と一体となる事を意味している。
そう、融合魔法の行き着く先の究極は、アイさんの『電霊子支配の王神』と同じ世界を意味していた。
だが、たかが魔法で世界を支配するのはほぼ不可能であり、師匠は刀を媒体にすることで限定的に世界を支配する事を可能にしたのだ。理論上は。
それは距離・障害物・硬度・時間・事象・概念すらも関係ない。
即ち『斬る』事に特化した世界支配だ。
無数の属性魔法を唱え、幾つもの属性魔法を融合し、襲い掛かる苦痛を乗り越え、更なる深度を深め、遂にその深淵へと到達する。
「唯姫! トリニティ!」
俺の合図と共に2人はJudgementから離れる。
この奥義の特性上、フレンドリーファイヤーは関係ないのだが、奥義を放つタイミングを知らせると同時に奥義を放った後の悪足掻きに2人が巻き込まれない意味もあった。
無限とも言える属性魔法を込めた鞘にユニコハルコンを収め、俺はJudgementに奥義を放つ。
「剣姫一刀流・最終奥義! 森羅万象!!!」
俺は何も無い空間――世界を居合斬る。
抜刀と同時に光が世界を包み込む。
光が収まるとそこには袈裟切りにされたJudgementが居た。
「なん・・・だと・・・? くそったれ、防ぎようのない攻撃なんて、チートじゃねぇか・・・!」
その言葉を最後にJudgementは倒れ地に伏した。
日輪陽菜はJudgementが倒れたことが信じられずただただ呆然としていた。
俺はと言うと、森羅万象を放った影響で体力・精神力共に限界を超えて搾り取られたので立っているのがやっとだった。
だがまだ終われない。
日輪陽菜が残っている。
森羅万象の本来の威力なら、人数に関係なく『敵』だけを全て斬り捨てることが可能なのだが、『電霊子支配の王神』の加護を受けた状態でもJudgementが精一杯だった。
俺は今にも倒れそうな体に活を入れゆっくりとだが日輪陽菜に向かって歩き出す。
「鈴くん、待って。あたしにやらせて」
唯姫が俺の前に立つ。
「鈴くんだけに手を汚させない。あたしも、あたしにも鈴くんの業を背負わせて」
「待て、わざわざ唯姫が手を汚す必要は無いんだ」
「ううん、これはあたしに必要な事でもあるの。あたしだって彼女に何の恨みも無いわけじゃないんだよ?」
そう言われてしまえば俺はこれ以上何も言えない。
唯姫とて人間だ。あれだけの事を身に受けて怨みや憎しみが無い方がおかしい。
そしてその元凶である人物が目の前に居る。
怨みを晴らす絶好の機会だ。
「・・・分かった。唯姫の好きなようにしろ」
「鈴くん、ありがとう。トリニティ、鈴くんを支えてあげて」
トリニティが今にも倒れそうな俺の方を担ぎ支えてくれる。
「ユキ、思いっきりやっちゃいな」
唯姫が一歩一歩近づくたびに日輪陽菜の表情は怯えに歪んでいく。
そして目の前に辿り着いた唯姫に日輪陽菜はとうとう見っともなく命乞いを始めた。
「い、嫌です! 私はまだ死にたくありません! こんなの理不尽すぎます・・・!」
「それ、あたし以外の人たちに同じことが言える? 貴女が殺した、弄んだ大勢の人へ。
その人たちだって死にたくなかったわよ。理不尽だって思ったわよ。でも貴女は自分の欲望の為に大勢を殺した。
だから今度は貴女の番」
唯姫は祝福の刻印の1つ、S級の祝福・腐食を発動させる。
「しにたくないしにたくないしにたくないしにたくない」
「さようなら」
腐食を纏った右手の手刀が日輪陽菜の心臓を貫いた。
「――ぐふ」
唯姫が右手を抜き取ると、支えを失った日輪陽菜はその場に崩れ落ちた。
縛らく残心で日輪陽菜を見ていた唯姫だったが、動き出す様子は無く完全に死んでいた。
全ての元凶であるArcadia社幹部――日曜創造神・日輪陽菜は死んだ。
「やっと、やっと終わったな。後は唯姫を現実世界に帰すだけだ」
「そっか、鈴鹿達は帰っちゃうんだよね」
事件が片付いた今、俺達がAIWOnに居る理由が無い。と言うか早く帰らないと唯姫の体が危ない。3ヵ月近く魂の抜けた状態で昏睡状態が続いている。まだ若干の余裕があるとは言え、早く体に魂を戻してやらないと。
「トリニティには色々世話になったな」
「ううん、あたしの方こそ色々いい経験させてもらったよ」
トリニティは少し寂しげな表情を見せたものの、これまでの旅を思い出したのか微笑んで見せた。
アイさんの事も思い出したんだろうな。
俺もここまで来れたのはアイさんが居てくれたお蔭だ。だがそのアイさんはもう・・・いや、アイさんだけじゃない。他にも色んな人が犠牲になった。
だがここでうじうじしていたらアイさんに怒鳴られそうだ。
今は生き残ったことを、唯姫を助け出せたことを喜んで胸を張って凱旋しよう。
「まぁ、別れを惜しむのはまだ先になりそうだ。どうやら一仕事が残っているからな」
見れば向こうの方でもJudgementが倒されたので分身体が居なくなりこちらへと駆け寄る皆が見えた。
呼び出したはいいものの、『電霊子支配の王神』を使えない今となっては彼らを天と地を支える世界に帰すのは一苦労しそうだ。
ああ、デュオとソロの計画じゃ神秘界に移住計画を目論んでいたんだっけ。
まぁ移住計画を実行に移すとしても色々な調整があるだろうし、一旦は帰しておかないとな。
「鈴くん、何の話?」
「何でもねぇよ。早く現実世界に帰ってのんびりしてぇなって話だよ」
どうやら唯姫は日輪陽菜を倒した事を引きずっては居ないみたいだな。
最悪、ラヴィにまた心療治療をお願いするつもりでいたが、大丈夫みたいだ。
ともあれ、これでやっと終わりだ!
こうして俺のAlive In World Onlineの旅は終わりを告げた。
次回更新は3/15になります。
次章エピローグ。




